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追放者の輪舞曲(ロンド)  作者: Cpl.ヴェルナー
9/12

第8節:歩いて、請われて、拒否をして

「お願い、クライド! あたしと遍歴傭兵団(ミグランツ)を組んで!」

「断る」


 目の前に立ちはだかり熱のこもった視線を送りながら鼻息を荒くするセシルの横を、目深に被った帽子の下に不機嫌この上ない表情を覗かせながら、クライドは一言で切り捨てて通り過ぎる。しかし、セシルは機敏に彼の前に再び回り込んでくる。


「即答!? なんで? どうして!? お願いだから!!」

「ダメだ」


 断られる事を考えていなかったのか慌てふためくセシルに、クライドはにべもなく返して足早に過ぎ去る。だが、セシルは身を翻すと素早いステップを踏んでクライドの横に追い付き、小走りに追い縋る。


「お願いィーッ! お願いお願いお願いお願いお願い、お・ね・が・いぃぃぃいいいいッ!!」

「イ・ヤ・だ」


 クライドの速度にぴったりと合わせながら、ジタバタと駄々をこね始めるセシル。

 クライドは徐々に速度を上げながら頑なに拒否するが、その程度ではこの子供じみた勧誘をしつこく繰り返す駆け出し遍歴傭兵(ミグナリー)の少女から逃れる事は無理だと悟って歩調を戻す。


「だいたい、なんでオレなんだよ」


 ぼそりと呟くように、クライドは疑問を投げ掛ける。


 確かにクライドはセシルの命を助けて食事も摂らせた。クライドの常識が通用しないこの少女に単独行動を許せば、昨日からの苦労を全て水の泡にしかねないので、やむを得ず次の街までは同行させる事にはした。


 だが、そこで遍歴傭兵団(ミグランツ)を組もうと持ち掛けてこられても、いささか性急に過ぎると言わざるを得ない。結成理由やタイミングなどはそれこそ団の数だけあるといっていいが、二人はつい昨日出会ったばかりで、互いの事などまったくと言っていいほど知りもしない関係なのだ。


 クライドからしてみれば、セシルがここまで彼に執着している理由も、妙に信用している根拠も見当が付かない。

 

「そんなの決まってるじゃない! あなたが凄い人だからよ!」

「……はぁ?」


 具体性にまるで欠ける理由を自信満々に告げられて、クライドは困惑する。彼にしてみれば助けるまでの数時間、見通しの利かない『帰らずの森』で孤独に晶魔(ウィルド)と戦い続けて生存していたセシルの方が異常であった。


 彼女を襲っていた『ティンダーハウンド』は、本来なら駆け出しの遍歴傭兵(ミグナリー)が単独で相手にしていいような存在ではない。森に踏み込んでしまう前に彼女が討伐していたという『ゴーント』とは、あらゆる面で危険性が違うのだ。

 そもそもゴーント討伐にしても素人が単独で臨むべきではないし、対処法を間違えば危険であった事に違いはないのだが。


 しかしセシルは怪訝そうなクライドには構わず『森』を指差して、その碧い宝石のような瞳を輝かせた。


「だって、あの『帰らずの森』から迷わず真っ直ぐに脱出して見せたじゃない!」

「ああ。ありゃ帝国軍のやり方をマネただけだ」


 クライドは空を眺めながら雑な説明で流しているが、より厳密に言えば帝国軍の特殊戦技兵(レンジャー)中隊が行う、『帰らずの森』の離脱訓練から着想を得たものである。


 実のところ『帰らずの森』の木は、外縁部以外のものが不規則に移動しているのだ。それが森の中で方向感覚を見失いやすい理由の一つであり、目印を地面に置いたりロープを使ったり、樹皮に傷を付けておくなどの方法があまり意味をなさない。


 特殊戦技兵(レンジャー)が訓練する方法にしても、あくまで緊急時の手段である。警笛を長く吹き鳴らした要救助者の元まで隊を『命綱』として一列に伸ばしていき、一番奥の者から相互に声を掛け合いながら、順に離脱していくというものだ。

 

 単身で旅路を行くクライドには同じ方法は取れない。しかし野営地の設営中、『命綱』代わりに使える導具(アイテム)をバックパックの底から発見した。


 かつて調査に入った古代遺跡で、色々と手違いがあって破壊されてしまった防衛機構から回収した小さな箱状の物体と、大まかにその方向が示される折り畳み式の手鏡のような古導具(レガシー)である。本来の用途である防衛機構の回避にはまるで使われず、小箱側も拾ってきたはいいが、大して使い道がない代物だった。それがようやく、本来とは逆の使い方で役立つ時が来たと閃いたのだ。


 とはいえ、あまり距離が離れると反応が途切れてしまう。それまでにセシルが見つからなかった場合は本当に見捨てるしかなかった事も含め、クライドは黙っておく事にした。


「そのあとの戦いも凄かったわ! あれだけ大勢の晶魔(ウィルド)を相手に、あの手この手で身動きを封じて一方的に叩き潰すなんて汚いマネ、あたしなら全然思い付かなかったもの!」

「お前、それで褒めてるつもりか?」


 クライドは苛立ちを隠さず、ジロリとセシルに冷たい目を向ける。彼にしてみれば汚いマネどころか、あの場で取れる最善の方法だった。


 森の外に50匹近くもイヌモドキ達が飛び出してきたのは流石に想定外だったが、それでもクライドには生き延びられる可能性があった。ティンダーハウンドの弱点と対処法が予め分かっており、そのための導具(アイテム)類も残弾もギリギリ足りそうだったからだ。


 しかし、セシルの生存までは保証出来なかった。むしろ消耗し切っていた彼女の行動次第では、クライドの命も危うかったと言っていい。

 幸いにも、セシルの心身を奮い立たせる事が出来た事。彼女の戦闘能力がクライドの想定を超えるものだった事。晶魔(ウィルド)達があまりクライドを脅威と見做しておらず、導具(アイテム)を最大限に活用する猶予が十分あった事。それらが上手く噛み合って運んだからこそ、呆気なく一方的に終わったように思えるだけなのだ。


「あとあと、地図も読めるしごはんも作れるし、便利な導具(アイテム)もいっぱい持ってるし!」

「むしろ、これから遍歴傭兵(ミグナリー)で食っていこうってヤツが、なんでそういう準備だのをしてこねぇのかオレには不思議なんだが」


 これに関してはそれ以上言う事など無いと、クライドは呆れて肩をすくめてみせる。まだ駆け出しのセシルに導具(アイテム)の持ち合わせが無い事は仕方がないと言えよう。食事にしても携帯用の乾物などで凌ぎようがあるので、拘らないならそれでもいい。

 しかし、様々な空大陸を渡り歩く事になる遍歴傭兵(ミグナリー)の道を選んでおきながら、地図の基本的な読み方を学んでいないのは問題しかない。街中を散歩するのとは訳が違うのだ。自分の現在地すら特定出来ないようでは、地図を持っていても何の役にも立たない。


 流石のセシルもこの指摘には自省の念があるらしく、「うぐぅ」などと呻きながら顔をしかめる。3秒ほどしか保たなかったが。


「……とにかく! あなたはあたしの知らない事をいっぱい知ってて、あたしに出来ない事がたくさん出来る人だからよ! だから、あなたと一緒に『冒険』がしたいの! お願い!!」


 再びクライドの前に立ち、胸元で両手を握り締めながらセシルが瞳を潤ませてクライドを見上げてくる。今の状況だけを見るなら、さながら可憐な少女が想いの丈を込めて愛の告白をしているかのようであった。

 だが、クライドは意に介さずセシルに近付くと、彼女の潤む瞳の間に人差し指を突き付ける。


「ひゃう!」

「論外だ。要するに敵をぶっ飛ばす以外、お前は何の役にも立たねぇって事じゃねぇか。何が『冒険』だ、お遊びでやってんじゃねぇんだぞ」


 そのままセシルの眉間を人差し指で押して道を開けさせ、クライドは再び歩き出す。


「……交渉してぇなら自分の要求ばっか押し付けてねぇで、相手にどんな得があると思わせられるか。それを考えな」


 クライドは左手をひらひらと振りながら、眉間をさすっているセシルがすぐに追い付ける程度に先行する。街までは連れて行くと言った手前、はた迷惑に感じてはいても置き去りにする訳にもいかないのだ。

 もっとも、セシルの脚力ならばクライドが全力で走っても追い付くのだろうが。


「そんな事言われても、あたしはお金なんて持ってないし……」

「得ってのは、何もカネに限った話じゃねぇよ。だいたいそんなモン、一丁前なナリして残飯漁ってたような小娘に期待するヤツがいるか」

「むう……」


 ふてくされる様に頬を膨らました後、しばし考え込むように唸っていたセシルが何かを閃いたらしく、「あ!」と声を上げる。その表情は妙に自信あり気だが、クライドにはそれが逆にダメな兆候に思えてならなかった。


「あたしの仲間になってくれたら、いっぱいありがとうって言ってあげる! って、いうのはどう?」


 可愛らしく両の掌を合わせて微笑むセシルの提案は、ある意味でクライドの期待以上だった。数時間前にミシミシと軋まされ、へし折られ掛けた彼のあばら骨が心からの拒絶を平に申し上げている。


「絶対いらねぇ」

「じゃあどうすればいいのよーッ!」


 飛び跳ねて抗議する少女の元気を妬ましく思いながら、眠気で重みが増す体に鞭打って緩やかな丘を登っていくクライド。この丘を越えれば彼らが目指している鉱山都市、『コラルディア』が見えてくる。


 この珍道中にも終わりが近付いている事を感じながら、クライドは一歩、一歩と歩みを進めていく。背後の騒がしい少女を一瞥する自分の口元に、ほんの僅かだが柔らかい感情が浮かんでしまっていた事に、彼は自分でも気づいてはいなかった。

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