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追放者の輪舞曲(ロンド)  作者: Cpl.ヴェルナー
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第5節:追撃

「……出られた」


 クライドの隣で、赤茶色の髪の少女がぽつりとそう呟いた。


 『帰らずの森』から生還した。

 この事実が意味するのは、一生分の幸運を使い果たしたも同然という事だ。

 森の中でどんな目に遭っていたのかは定かではないが、半ば呆然としているのも無理はない。


 ある種の賭けではあったとは言え、森から帰還する手段を事前に準備をしていたクライドはともかく、彼女にとってはそれが奇跡のようにも思えただろう。


 なにせ、クライドは一度として迷う事なく()()()()()()()()()みせたのだから。

 

 森から出た先では二つの月が青白く静かな夜の平野を照らし出しており、満点の星空が生還を祝福するかのように、無数の幻想的な輝きで二人を出迎えてくれた。


 しばらくその星空を見上げていた少女は、ハッとしてクライドを見上げて何事かを告げようと口を動かしたが。

 その直前、クライドは少女の体を左腕で強引に抱き締めた。


「ちょっと!? 何して……」


 頬を僅かに赤く染めて驚きの表情で見上げる少女には目もくれず、クライドは彼女を抱き寄せたまま素早く振り返り右手を振り上げる。

 クライドが構えた拳銃の銃口から発砲音が轟き、夜の静寂を切り裂くとティンダーハウンドが一匹、勢いよくその横を転がっていき、しばし痙攣したのち動かなくなった。


「……クソ、森から距離を取るぞ。来い!」


 毒づきながらも少女を促し、クライドは拳銃を握り締めたまま走り出した。

 森から離れた窪地に二人で身を隠しながら、クライドは視線を森に這わせた。


「ねぇ! あいつら、まだ追ってきてるの!?」


 おっかなびっくりと言った様子でまくしたてる少女の問いには答えず、クライドは監視を続けながら聖晶火筒(フォトントーチ)の灯りを消すと、拳銃のシリンダーを交換する。


「ねぇってば! 無視しないで!」

「静かにしてろ、アホ娘! ヤツらは耳も良いんだよ……!」


 正確に言えば、ティンダーハウンドは耳で聞いているわけではないのだが、今はそんな細かい事はどうでもよかった。


 クライドはまだ何事かを言いたそうな少女の口に人差し指を押し付けて黙らせると、もう一度森を見渡した。

 今のところは先の一匹以外に追撃はない。


「……お前、何時間森にいたか分かるか?」


 クライドの質問に、少女はかぶりを振って分からないと答えた。


「じゃあ質問を変えるぜ。あのワンコロを何匹仕留めた?」

「……多分、15匹くらい」

「マジかよ……」


 クライドは思わず、少女をマジマジと見てしまった。


 見た目は十代中頃で背丈は平均より低い程度。

 月明かりだけでは正確には分かりにくいが、赤茶色の細く柔らかなの髪と透き通るような水色の瞳が印象的な、やや幼げだが可憐に整った目鼻立ち。

 見るからに曰くありげな白いハルバートを得物にしている割に、出るところは出ているが華奢と言ってもいい体つきだ。


 人は見掛けによらない、というのはクライドの経験上でも分かっていた事だった。

 しかし、ともすれば蝶よ花よと愛でられていたであろう少女が、単身であの森を彷徨いながら、神出鬼没のティンダーハウンドを相手取り、何匹も血祭に挙げながら逃走し続けていた、というのはにわかに信じがたい話だった。


「う、嘘じゃないわよ? そこから先は数えてなんかいられなかったから、よく覚えてないけど……」


 その申告が正しいなら、実際には群れ一つ分以上の数を倒している事になる。

 クライドが彼女の存在に気付いたのは一時間ほど前だが、状況から考えると半日近く森を彷徨っていたはずだ。

 彼女の顔に疲労の色が色濃く表れているのは、本当に体力の限界まで自分に鞭を打って耐えていたからだと、クライドは理解した。


「それが事実なら、これから少し……いや、だいぶ面倒な事になるかもしれないぜ」


 静かに予感を伝えながら、クライドは森に目を向け直す。

 そのまま彼は肩から下げたバッグに手を入れて目的のものを探り当てた。

 手にした瓶を、少女に受け取るよう促す。


「飲んでおけ。味はヒデェが、効き目はそれなりに保証する」

「……変な薬じゃないでしょうね?」

「バカな事言ってねぇで、鼻でもつまんで一気に飲み干せ」


 怪訝そうな顔で少女は瓶のフタを開け、言われた通りに飲み干した。

 彼女は口に残る液体薬独特の苦味に顔をしかめながら、瓶をその場に置く。


「おい、瓶をその辺に捨てるな。ちゃんと返せ、野蛮人」


 クライドが横目で見咎めると、少女は不満アリアリと言った顔で睨み返してきた。


「セシルよ」

「……は?」


 クライドは思わず間抜けた声を出してしまった。

 だが、その反応にますます不満を感じたのか、少女は瓶を押し付けて返してきた。


「だから、あたしの名前。バカ女とかアホ娘とか野蛮人とかへちゃむくれとか呼ばないで」

「へちゃむくれは言ってねえよ」


 クライドはセシルと名乗った少女から瓶を受け取り、バッグに戻すと再び森に目を向ける。


「……なに、これ。体の疲れとか痛みが取れたみたい。力が少し戻ってきた感じがするわ」

「そいつは上々だな。向こうもそろそろ、我慢の限界みたいだからな」

「向こうって……」

 

 セシルも窪地から顔を出し、森の切れ目を凝視した。

 すると、月明かりに照らされながら草むらを掻き分けて、ティンダーハウンドの群れが姿を見せた。


「連中、どうあってもお前を見逃すつもりはないらしいな。アイツらが森の外まで追っかけてくるようじゃ相当なモンだ。人気者は辛いってか」


 皮肉を飛ばすクライドだったが、みるみる内にセシルの顔が蒼褪めていくのを見て流石に気まずさを感じてしまう。彼女の肩に手を置き、落ち着かせてやろうと声を掛けた。


「心配すんな。森の外でなら、そこまで怖い相手じゃねぇよ」

「でも、50匹くらいいるじゃない……あんな数で一気に攻められたら、あたし達二人じゃとても」


 先ほどまでの気丈さが急速に萎んでしまい、不安を口にするセシル。

 彼女の指摘は正しく、クライド達が劣勢なのは火を見るより明らかだった。


 しかしこの状況に陥ってさえ、とある事実をそのまま口にする気概をクライドは持ち合わせていなかった。


「おいセシル、とりあえずこの場の指示は任せろ。今は月明かりもある。お前はオレの指示通りに動いて、目の前の敵を倒す事だけに集中していればいい」

「でも……」


 セシルの瞳は不安げに揺れ、縋るようにハルバートを両手で握り締めた。

その細い肩は小刻みに震えており、クライドにも森で刻み込まれた恐怖の記憶に囚われかけているように見えた。


「あのクソ不利な森ン中で大冒険繰り広げてた勇者様が、今更ビビるような相手じゃねぇ。その腕、頼りにしてやるよ」


 オレの出番が口先だけになるくらいにはな、と最後に自嘲を加えながら、クライドなりに励ましを掛ける。


 もう時間は残されていなかった。

 ティンダーハウンド達は既にクライド達の位置を捉えているのか、扇状に群れを広げて迫りつつある。


 恐らくは最初の一匹が襲撃してきた時点で、近くに潜伏していたからだろう。

 窪地に身を潜めたのは正解だった。

 もし平野部へと逃げようものなら、あれら全てにあっという間に追い付かれ、醜悪で無慈悲な殺戮者達の報復の狂宴に飲み込まれてしまっていただろう。


 数の上では圧倒的な多勢に無勢、率直に言えば、決して楽観視出来るような状況ではない。


 だが、それでもまだ策はある。


 出来れば今のセシルには相手をさせたくないが、彼女が数匹でも減らしてくれれば生存率は更に高まるのだ。

 考え得る手段を急いで整理しつつ、クライドは拳銃の撃鉄を親指で引き起こした。


 だが、自分が掛けた何気ない励ましがセシルの心に再び火を付けていた事に、クライドは気付いてはいなかった。

 俯いていたセシルはキッと顔を上げ、ハルバートの柄を握り直した。


「……分かった、やるわ。指示は全部、あなたに任せる」

「あ?ああ……お前、本当に大丈夫か?」


 先ほどまで自信なさげに震えていた少女の突然の様変わりに、クライドは動揺を隠せなかった。


「もう大丈夫。あなたのお陰で、絶対に負けられないって気持ちになれたから!」


 そう言うが早いか、セシルは窪地を飛び出してハルバートを豪快に頭上で振り回し、勇ましく構えの姿勢を取った。


 セシルの姿を舌で捉えたティンダーハウンド達は、一斉に調子外れの弦楽器めいた雄叫びを上げる。


「さあ、もう追いかけっこは終わりよ! 私の冒険は、まだまだこれからなんだから!」

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