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追放者の輪舞曲(ロンド)  作者: Cpl.ヴェルナー
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第3節:不運

 『帰らずの森』に立ち入ってはならない。


 ゼントファーラン帝国市民なら誰でも知っている事であり、異大陸人ですら入国時に必ず警告されている公然の禁止事項である。

 万一これに違反した場合は、身分も国籍も問わず捜索は打ち切られ、遺族への補償もされない。

 迷い込んだ者も、進んで入った者も、捜索に向かった者も、そのことごとくが『帰らず』なのだ。

 ごく稀に生還者が命からがら戻る事もあるが、それは一生分の幸運による奇跡と同義であり、帝国内で大きく取り沙汰されるほどである。


 そんな危険地帯であるからこそ、今は誰とも遭遇したくないクライドにとって、好都合な経路でもあった。


「……相変わらず薄気味悪い森だぜ。こんなのを頼りにするなんざ、出来ればごめん被りたいとこなんだが」


 森の外縁部を進んでいるだけでも、時折気色悪いイヌモドキの晶魔(ウィルド)がクライドの様子を伺っていた。


 このティンダーハウンドと言う晶魔(ウィルド)は、森の外で見る分には大して脅威ではない。だが単独の戦闘能力がそれほど高くない分、見通しが最悪で方向感覚も狂う森の中に獲物を誘い込み、迷い疲れて弱ったところを集団で狩猟する狡猾さを備えている。

 無論、平野でも集団で現れれば油断ならない手合いではあるが、あえて有利な森の外に出るような事は滅多に無い。

 あるとすれば不用意に森に近付いた獲物を追い立てる時、または徐々に退いて後を追わせ、森に引き込もうとする時くらいである。稀に例外はあるらしいが実例に乏しく、仮説の域を出ていないという話である。


 聖晶火筒(フォトントーチ)などの対抗手段があれば、あちらから近付いて追い立ててこようとはせず、森の事を知っていればわざわざと連中を追ったりする必要もない。

 事前の知識と適切な準備があれば、外見とタチが悪い狼のようなもの。森の不愉快な名物という程度の存在である。


 その両者を備えているクライドにとっては、相手にする時間が無駄でしかない。


「とっとと失せろ!」


 だが、クライドはあえて足を止め、手近に転がっていた石をぞんざいに投げ付けた。特に何かを狙った訳でもなく、飛んでいった石は運悪くぶつけられた木の幹に弾かれ、その音と共にティンダーハウンドは森の中に姿を消した。


 のっぺりとした陰険なイヌモドキの顔を見ていると、クライドの胸中に苦々しい思い出が蘇ってきてしまうからであった。


「胸糞ワリィ……」


 傷だらけの使い込まれた胸当てに手を当て、クライドは憎々しげに毒づいた。

 腕がかすかに震え、苦虫を噛み潰したかのように苦悶の色を顔に浮かべるクライドだったが、その赤味掛かった瞳には憎しみと怒り以外の、寂寥(せきりょう)としたものが差し込んでもいた。


 何度か荒く深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻したクライドは流れ出た汗を拭い、既に茜色に染まっている空を見渡した。地平の彼方に消えゆく斜陽は、夕闇の訪れが近付いている事を静かに予告しているようだった。


「……暗くなる前に野営の準備をしねぇとな。ここじゃ、ゆっくり休むなんて出来そうもねぇが」


 森から少し距離を取った所に、野営地に適した場所はないかと視線を巡らせていると――


 森の奥で、何かが轟音を上げた。


「なんだ!?」


 クライドは素早く腰のホルスターから拳銃を抜き出して森の方向を警戒した。音の大きさと伝わり方からすると距離はかなり離れているが、遠目にも驚いた鳥達が飛び立っている姿が確認出来た。


「一体、何が暴れてやがる……?」


 次の瞬間、再び轟音が響いてきた。


 爆発音だ、とクライドは察して思考を巡らす。この森に爆発を引き起こすような晶魔(ウィルド)の情報はない。だとすれば、この爆音の正体が火薬によるものであれ、火の魔導術であれ。


「どこぞの誰かが、森の中に入っちまったって事かよ」


 『帰らずの森』に入る事自体が死亡宣告も同然であるが、こんな爆発音をさせているという事は晶魔(ウィルド)に襲われている可能性が高い。しかし、その爆発で森林火災が起きようものなら、あっという間に自分も火と煙にまかれて死んでしまうのだが。


「……バカなマネをしやがる」


 ただでさえ薄暗い森の中、夜闇の訪れが刻一刻と迫っている事に怯え、冷静さを欠いているのだろう。


 クライドにはその遭難者を助けに行くような理由は無いし、仮に理由があったとして、日没間近のこのタイミングで『帰らずの森』に足を踏み入れてしまったら、今度は自分自身の命が危険に晒される。

 その上、今のクライドには人と関わり合いになりたくない理由があった。


 だから、仕方がないのだ、と。


 この空には、どうにもならない理不尽というものが数え切れないほどひしめいている。相手が人であれ晶魔(ウィルド)であれ、国家や組織、遺跡や古導具(レガシー)であれ、何であれ、太刀打ち出来ないような『運命』というのは必ずどこかに潜んでいる。


 その危険を冒すからこその『冒険』なのだ。


 冒険の末に勝利や栄光を手に出来る者というのは、ほんの一握りに過ぎない。

 そして、自分がその一握りにはなれない存在である事を、クライドは知っていた。


 「……ま、悪いな。運が無かったと諦めてくれや」


 再び爆発音が聞こえてきたが、クライドは銃をホルスターに収め、森から目を逸らした。自分は弱く、臆病で、情けないだけのただの人間だから、と。


 クライドは手頃な台地に背負っていたバックパックを下ろし、今日の野営地の設営を始めた。

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