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追放者の輪舞曲(ロンド)  作者: Cpl.ヴェルナー
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序節:砕かれた空

「……へへ。へへへ……」


 男が一人、両の膝を突いて俯き、淀んだ笑みを浮かべている。


 その喉から漏れ出た笑い声に喜びの色はなく、彼がへたり込んでいる荒野のように乾き切っていた。

 引きつった暗い笑みは嘲笑とも失笑とも付かない歪みをはらみ、彼の頭上に立ち込める暗雲の如く、男の心が千々と乱れている様子がありありと現れている。


「……なんだよ。やっぱり、こんなモンかよ」


 左の二の腕と右の大腿部は服も肌も大きく裂け、流れ出す血でその周囲は紅く滲んでいる。しかし、彼はその傷が与える痛みを、まるで感じていないかのように独りごちた。


 実際のところ、痛みを感じていないはずがない。まとった旅装と防具で外目からは分かりにくいが、体のあちらこちらにも負ったばかりの打撲や細かな裂傷が出来ており、痛みを無視できるような状態ではなかった。


 それでも、男は笑っていた。


 彼は満身創痍と言って差し支えない有様で、人と人ならざるものの屍と機械の残骸が散乱する荒野のただ中で一人、吹き荒ぶ砂塵が容赦なく肌を打ち、口に飛び込む事にも構わず、自らを罵るように醜く笑った。


 しかし、それも長くは続かなかった。喉奥に砂が絡みつき、両手を地に着けて激しく咳き込み、血の混じった唾を荒れ地に吐き飛ばす事となった。

 その姿勢のまま荒く呼吸を繰り返しながら、男は握り締めた右の拳で地面を乱暴に叩く。


「……全部。全部、あいつらの……あいつの言った通りじゃねぇか!!」


 掠れた声を絞り出しながら、男は血と砂塵によって紅黒く染まってしまった小さな犬のぬいぐるみを左手で握り締める。フェルト地の愛らしい顔を悍ましく染めたその血は、彼の左腕から流れ出たものではなかった。


「何が守ってやる、だ……! どのツラ下げて『英雄』だなんて抜かしてんだよ、クソバカ野郎が……ッ!!」


 彼は焦点の定まらない両の目から溢れ出る涙を止める事も出来ないまま体を震わせ、額を地面に打ち付けて奥歯をギリギリと軋ませた。


 そのぬいぐるみを作った少女は、男からそう離れていないところで顔面を喪失し、父親と共に物言わぬ屍となって砂塵に埋もれている。

 そのぬいぐるみが贈られるはずだった新しい命は、ついぞこの世に生まれ出る事すら叶わず、左半身を喰い千切られた母親ごと岩場に叩きつけられていた。


「ちくしょう……ちくしょう、ちくしょうちくしょう……ッ!!すまねぇ……!」


 荒れ地のあちこちから突き出した金属針に目掛け、磁気雷(じきらい)の閃光が迸って周囲を染め上げながら轟音を響かせる。


 男は天を見上げ、己の無力を呪い、憎悪し、憤怒と悔恨と侮蔑を絞り出すかのように込めた全身全霊の叫びを上げようとした。しかし無慈悲な雷鳴がその慟哭を嘲笑うかのように掻き消し、どこへも、誰にも届く事はなかった。



 ――男の名はクライド。


 かつて勇者の最初の友となり、仲間達と数多の『冒険』を乗り越え、最も新しい『英雄』に数えられた者達の一人。


 そして、信頼していた仲間達から追放された薬技士(テクノケミスト)の青年である――

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