88襲う獣あれば…
獣系統は遠距離攻撃を持っている魔物は多くない。動物がもとになっているから、咆哮などはあるとしても、警戒するほどではない。こういうのは仕掛けられる前に仕掛けるに限る。
「魔式一番乱れ打ち!」
矢の形をした魔力を数十本発生させるといつものごとくぶっ放す。これで仕留められたらありがたいが。そんなには甘くない。多少は刺さったものの動きを鈍らせることにも役立たない。
これで周りに散らばられて、向こうに被害が出るということもないだろう。ここで抑えておかないと後から出てくるだろうAクラス魔物でさえも追いついてくることになる。
やっぱりどう考えても一緒に逃げる選択肢はなかったな。さて、真面目に考えよう。
先程の魔式で、注意は十分に引けている。グリフォン2体は上空を滞空し、残りの6体で周りを囲んでくる。想定以上に連携感がある。どれから潰すかは決まっている。
「闘魔纏身!」
一気に強化の切り札を切るとまずは一体目に切りかかる。狙いは嗅覚の発達した双頭狼からだ。
「剣式五番!抜刀一閃!」
「グワオゥ!?」
全力の一撃で前足を日本とも切り裂き、体が崩れたところで頭も一つ切り落とす。横から別の一体の爪が襲ってきたので、避けるために留めまでは刺しきれない。まあこれで戦闘不能が一体だ。
避けたところで上空からグリフォン二体が襲い掛かってくる。一体は避けられたが、もう一体の攻撃は剣で受けるしかなかった。しかし、相手の腕は二本あるし、周りにはまだ攻撃可能なやつらが五体もいる。
「ガアァァ!!」
「こういう状況でも使える技はあるんだよ!円形に囲んでくれてありがとうよ!魔式四番!円刃!!」
体の周り360度に魔力の刃を一気に広げる。矢に変化させたときに刃状にも変形できたから形にした技だ。仲間が近くにいると危険で使えないから使うことは無いと思っていた。
乱れ打ちよりも大きく傷つけることが出来たので、少しは牽制になっただろう。狙って放ったわけではないので、傷を負わせたのはバラバラだ。感覚器官の一つでも潰せていれば良かったのに。
さあ、もう一回行くぞ!
「剣式五番!抜刀一閃!」
「ギャン!!」
先程とは別の双頭狼の首を一つ刈り取り、間を置かずにもう一つの首も落とす。これでようやく一体潰せた。
「グクヮ!!」
息つく暇もなく、コカトリスの体当たりをまともに食らってしまい、吹っ飛んで転がされてしまう。何とか体勢を立て直すが、目の前にもう一体迫ってきている。
ジャンプすると同時に飛翔を発動させて宙に逃げるとグリフォンの目の前に出てしまう。相手も驚いていたから攻撃はされていないが、頭から相手の翼に当たってしまう。
「ついでに落とす!」
翼に一太刀加えることで動きを阻害させる。まあ魔力で浮いてるみたいだから傷つけることにどこまで意味があるのか知らないけど!
地面に落ちたグリフォンは飛び上がることは無さそうだったので、当たりの様だ。
だったらもう一体も落とそうと顔を上げたが、今度は後ろから再度体当たりを食らってしまう。受け身も取れずに吹っ飛んでしまう。生命魔法に闘魔纏身のおかげでダメージはないまま動くことが出来ているが、あまりに攻撃を食らうとMPがなくなってしまう。
余りに減らしてしまうとAクラス魔物に対処できなくなってしまう可能性が高い。これらの魔物はBランクだけど強い部類に入る。本当に命がけで相対しないと危険かもしれないのに、まだ後に控えているとかやめてほしい。
「ずっと発生させるとなるとまだ慣れてないんだけど」
魔力刃を剣に纏わせる。これで今までよりも攻撃が通りやすいだろう。その代わり魔法に使う分のコントロールは全部注ぎこむことになるので、一気に攻撃を仕掛けていくしかない。
「剣式四番!乱れ桜!!」
再度突っ込んできていたコカトリスはバラバラに切り落とし、最初に攻撃してうずくまっていた双頭狼の残っていた首を落とした。これで合計三体。
「やれるもんならやってみろ!!」
最後の双頭狼も切り落として、追跡の芽を潰したことで更に自らを鼓舞した。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「これで、最後っ!!」
同時に出現した8体の最後のコカトリスの首を落としたときにはMPの残りは半分もなかった。魔物の種類はBランクとはいえ、前回最後に出現した一つ目巨人クラスに強かった気がする。
魔力感知で何となく察する程度だが、内包する魔力は大きかった。これより強いのが出て来るとか本当にやめてほしいんだが。
戦っているうちに移動してしまっていたので、魔法陣の方へと戻ってみる。戦っていた跡を辿りながら出現したドロップはありがたくコレクションハウスに収めておく。元の位置まで戻ってくると魔法陣の光は既に治まっていた。
「さっきので終わり…?前は込めた魔力が無くなったら光らなくなっていたし、光ってないってことは終わりだよな?」
周辺を察知系で探っても見回しても特に何かが見つかることはない。気を緩めようと思っても、何かの気配を感じて完全には気を緩められない。むしろ嫌な予感で背中に氷が入ったかのような寒気が止まらない。
ふと森の中にいることもあって、ルウネのことを思い出す。彼女は世界樹の精霊だから、森にいるときに気を付けるべきことの中に要注意の魔物を言っていた。
「深き森の暗殺者、森林虎……?」
たしか、森林にいる限りその姿を見つけることが出来ないと言われるほど隠密に長けた魔物だ。しかも相手が無防備になるまで攻撃してこないと言われるほど慎重さであまり一体では行動しない。相手が疲労や怪我で動けなくなるか、他の魔物で手一杯になって安全を確認してから襲ってくるのが特徴のはずだ。
対策としては周囲を一気に攻撃する方法を取って気づいていることをアピールして追っ払うか、その場から警戒しながら逃げて森を抜けるかのどちらか。森からは出てこないから逃げてしまえば襲われない。
よっぽど強くなるまでは近づくなと言われた。条件さえ整えばSランクの冒険者でも負けるほどの実力だともじいちゃんから聞いたことがある。
周囲を攻撃するにも決定打に欠ける。逃げたところで、この階層はほとんどが森林だ。逃げ切れるわけが無い。というかあいつらのことを考えればこいつに襲われる可能性があるまま逃げるわけにはいかない。
とりあえずは闇雲に攻撃して引き付けた上で場所の確認、その上で一気に仕留めるしかないか。算段さえつけてしまえばあとは腹を括って行動あるのみだ。
緊張を紛らわすように深呼吸して気合を入れる。
「よし!…魔式一番、乱れ打ち!」
魔力の矢を球状に出現させて放つ。気配察知で右後方に動いた気配を感じ取るとそちらに向かって魔力弾丸を一発でも掠らせることを祈ってばら撒く。そこから動きを更に読み取ろうとしたときに、
真後ろから獣の呼吸を聞いた気がした。
よく思い出してみろ。森林虎は、あまり一体では行動しないはず。つまり、こいつは森林虎は一体ではなく、二体で行動している。つまり俺は囮に引っかかってそちら以外への注意を怠った。
唐突に後ろから太い金属の棒で横殴りにされたかのような衝撃を受けてぶっ飛ばされる。殴られながら利き手の右腕の骨が折れたことを感じ取る。
体がバキバキと木々をなぎ倒しながら飛んでいく。既に臨界点を越えたのか痛みは感じない。体に受ける衝撃は気を失わないための気付けにしかなっていない。
意識だけは失っちゃだめだ…。
必死に頭と体の防御に意識を持たせる。木にぶつかって勢いが止まるころには右腕はあるものの既に感覚は無かった。
既に森林虎が姿を現して止めを刺す条件は揃っているだろう。回復さえ間に合えば自分の体だ。まだ動かせる。
まだふらつく視界の中で緑の縞が入った虎柄が見える。既に姿を見せられている時点で、姿を消して控える相手ではないと見なされている。動かないと殺される!
目の前にぼやけて見える森林虎目掛けて魔力弾丸を出来るだけの威力で放つが、後ろに下がられた上で避けられてしまう。
攻撃に魔力を割いてしまったため、意識を保つのがしんどくなる。ダメだ…。目が開けていられない…。
「私の管轄内で創造神様が助けたものも、同胞の子も死なせるわけにはいかないな」
唐突に渋い声が聞こえたところで俺の意識は途絶えた。
お読みいただきありがとうございました。




