86取り押さえただけで油断してはいけない
17階層のボスエリアに到着する前には偵察機で情報も集まったので、途中で方針を変えた。全く移動する気配が無い。というよりも魔法陣を仕掛けている最中だったので移動される心配がない。むしろ現場に行くことが最優先だと判断した。
もうすぐで向こうのテリトリーに到着することを聞きつつ、自分のことを確認する。ここまで魔物を倒しながら進んでいたのでステータスやスキルは伸びている。スキルが伸びるようななったらダンジョンに籠ることは決定だ。伸びが良い。いやいや、それは置いておいて。
目当ての集団はスタンピード魔法陣を仕掛ける女が一人、魔法陣に魔力を供給している男が一人。この二人がサンドバ家の最後の二人で間違いないようだ。
それから見える位置にいる冒険者の格好をした人が12人ほどいる。物資を運ぶと言って、行方が分からないとされている人たちも含まれているかもしれない。この人たちが死なないように気を付けないといけないな。
あとの連中は……切り捨てるつもりでいよう。今までと違って、救助対象が多い上に17階層はBランクからAランクの魔物が出現する。Aランクが複数出現するとさすがにまだ厳しい。
途中で何かあったときに全員の生還にこだわり続けて、助けるべき人を助けられなくなったらダメだ。
スタンピード魔法陣の進捗状況はヨウキも専門家ではないから分からない。怪しいものは完成前に潰してしまうに限る。時間にしてあと30分あれば到着する予定。状況が変わらなければこのまま強襲して殲滅一択だ。
と、いうことで近くまでやってきたが、予想通り邪魔が入った。
あとの連中と称していたやつらがこの先に潜んでいることが分かる。出方を観察するつもりだったが、思ったよりも向こうの索敵能力も有能だったらしい。偵察機はバレていないようだが、黒づくめの怪しい連中が5人ほど勢ぞろいだ。
「この先は立ち入り禁止だ。近寄らないでもらおう」
「そういうわけにもいかないよ。そんな怪しい格好をした人の言うことは聞けないよね。この先に悪いこと考えてる奴がいるでしょ?潰しに来ました。邪魔するなら容赦しませんけど、おじさん達はどうしますか?そもそもサンドバ家なんてもう落ち目じゃないですか。味方する理由なんて無いでしょう?」
10歳が吐くセリフでは無いが、相手の出方は見ておくに限る。のだけれど、反応が何も無い。同じように洗脳されているのかな。
「ここで睨み合いする時間も惜しいので、先に進みますね」
「例え理由は無くても、どうしようもないことはある。巻き込みたくないから戻れ」
「そういうことが言えるってことは頭はまだまともなんだね。でも放っておいた方が危険でしょ。通してもらうよ」
その言葉をきっかけにして、黒づくめの中から2人が襲い掛かってきた。短剣を片手に連携してくる。殺すつもりは無いけれど腕や足は切り落とすことに躊躇いは無いらしい。
二人の動きのスキマを埋めるように森の中からも細い針やナイフが飛んでくる。何かが飛んでくることは分かっていたので、避ける余裕はある。黒づくめも味方に攻撃が当たることを考えて2人だけなのだろうし。
躱されたことで一瞬固まったけどすぐに攻撃を再開してくる。受けた感じで考えるとこのまま身体強化だけで十分かな。こちらもフルメンバーでいこう。
「プル動いて」
頭上にいるプルは本体じゃない。かなり弱めの分裂体だ。黒づくめの潜伏が判明した時点で本体とは別れた。今の指示で森の中にいた黒づくめの残りを順々に戦闘不能にしていく手はずだ。
2分ほど黒づくめの攻撃を凌いでいると、森からの攻撃が減ってきた。森からの援護も邪魔だったのでなくなった分周りに気を使う必要がなくなる。攻めに転じるときが今だと判断して、闘魔纏身に切り替える。
すぐさま相手をしていた1人の顎を裏拳で揺らし、足元がおぼつかなくなったところで足払いにかけて地面に転がした。速度の変化か相方が倒されたことにか、足を止めたもう一人には低い姿勢から腹に掌底を食らわせた。
思ったよりもすごいスピードで飛んで行ってしまったのでやり過ぎたかもしれない。まあこいつらは気にしないと決めたので、次に行こう。
あとの3人は既に動揺を抑えて、襲い掛かってくる。森からの援護が途絶えていることも感づいているのだろう。接近して仕留める気をバンバンに感じる。
俺は大きく真後ろへとバックステップで下がって距離を取る。追いかけるようにそのまま一直線に3人とも追いかけてくる。一人は少し距離を取って中距離からの援護にするつもりなのだろう。
俺って結構今まで魔法押しだったつもりなんだけど無警戒だな。更に後ろへ下がる一歩に力を込めて一言呟く。
「魔力弾丸、打ち上げバージョン」
黒づくめ達が言葉の意味を理解するよりもはやく、黒づくめの足元から魔力弾丸を上向きに放つ。前方にしか注意を払っていなかったので足元からの強襲には無防備だった。とりあえず二人は防御が間に合わず吹っ飛んでしまう。
要は簡単なことで足で地面の上に仕込んでおいて、上向きに発射しただけだ。魔法は何も手からばかり出てくるわけではない。
既に森に潜んでいた8人を沈めたプルがすかさず倒れた2人を抑える。残りの一人だけではもはや打つ手はない。真正面から魔力弾丸を5発も打てば十分だった。
「来る途中にステータスが上がってるから、攻撃の威力も向上してるな。やっぱりダンジョンの方が効率良いわ」
不本意ながら潜ることになったダンジョンだったが、プラスにはたらいた面があるなら嬉しい限りだ。さて、とりあえず救える命なら救っておく。プルに任せることになるが、黒づくめ達を運んでもらおう。全部で13人…か。重いかもしれないけど頼むわ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
スタンピード魔法陣が仕掛けられている地点に到着すると、幸丸の偵察機が既に場を制圧していた。
事前の打ち合わせでは冒険者たちは閃光弾とショック弾で制圧、残りの男女は身動きが取れないように意識は保った上で確保してある。
「マスター。ご無事で何よりです。御覧の通り制圧は完了しています」
「うん。ありがとう。お疲れさま」
「冒険者含めて、この場の敵対勢力に索敵能力が皆無だったため、制圧は速やかに終了しました」
「そうみたいだね。さっきの人たちも出来る範囲で抗っていたみたいだし。ようするに原因はあそこいいる男一人ってことだね」
冒険者たちの生存確認も済んでいるようなので、運搬の準備だけしておけば良いだろう。同意が得られないとコレクションハウスには入れられないし、というか入れたくないし。
「やあやあ。性格最悪のサンドバ家の方ですね。あ~、やっと出会うことが出来たよ」
女の方は呆然とした顔をしている。絶望感というよりは安堵感もあるかな?黙っていれば美人の方に入るんだろうけど、命の保証はしたくない。こいつの技術のせいで人死にがいくつ発生することになったか分からない。
それで男の方だけど、ものすごい形相で睨んでくる。恨まれる要素はあるけれども予想以上だ。それでも理由ならこっちにもある。
「よくもこんなところでスタンピードなんて仕掛けようとしたもんだね。無駄な努力ご苦労様」
「だまれ、このクソガキが!!私をこんなところで止められると思うなよ!」
「こんなところで問答するつもりは無いけどさ。あんたが前世の記憶持ちで、悪意をばら撒き過ぎなのが原因なわけよ」
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!いつもいつも私のすることには邪魔が入る!このクソどもがぁぁぁああ!!!」
こちらとしては正論を言っているつもりでも、もう頭がおかしくなっているんだろう。こんなに冒険者やら部下やら巻き込んで自爆みたいなことしてさ。無事で済ませるわけが無い。
とは言っても魔法陣を仕掛けようとしただけでは罪に問えるのかな。成せば大事だけど、微妙な未遂罪なのかな。こいつがこれまでに犯してきた今までの罪って証明できるのだろうか。私刑にすることしか考えてなかったけどそれで良いのかな。
「私の行うことを邪魔する者が悪なのだ!」
「負け惜しみお疲れ様。こっちも簡単にお前を殺すつもりなんかないよ。散々悪意をばら撒きやがって、報いを受けさせてやるよ」
生命魔法を得てから一つだけ自分で作った魔法陣がある。相手の魔力を使うから俺は魔法をかけるときだけ。こいつみたいな外道のために開発した魔法だ。ありがたく受け取ってほしいものだ。仕掛けるのに頭を出しておかないといけないから仕方ないけどうるさい。
「ドラミラナ!貴様、いつまで呆けているつもりだ!やれ!やってしまうのだ!!」
男の方が叫ぶが女には反応が無い。男の方をぼうっと見ているだけだ。まあ恐らく力で無理矢理押さえつけていたんだろう。情けなくもスライムに頭以外の全部を抑えられたような奴の言うことは聞かないだろう。
男から自分に危害が加えられない状況になったのなら、もう何もする気にはならないだろうな。女の方の身動きはヨウキに抑えてもらうのでも良さそうだ。完全に抜け殻になったようだから自分で動けるなら動いてもらおう。プルが抱えるにも限界がある。
喚く男の顔面をとりあえずボコボコにして頭の保護にとっておきの魔法陣を仕掛ける。後は首と心臓にも仕掛けておこう。
プルには全身の拘束を外してもらい、近づこうとしたら回復が思ったよりも効いていたようで思ったよりも俊敏な動きで立ち上がった。執念が凄い。しかし、この油断が命取りだった。
「神よ!私をこの世界に導いた神よ!私の全てを懸けて行うことに祝福を!!!!」
突然叫んだ言葉に動揺してしまい、自分で固まってしまったことを自覚する。神がこの男をこの世界に導いた?どういうことだ?
動揺している隙に男は胸に付けていたペンダントを引きちぎり、地面に叩きつけた後に踏み砕く。瞬間、後ろから凄まじい音と光が発生する。後ろから吹き付ける熱風を魔力で防御するが何が起きた!?
振り返ってみるとプルが見たことも無い姿に変形していた。先程の原因を悟る。プルが抱えていた黒づくめ達13人が全て爆発したのだ。呼吸のために残していた頭だけが地面に落ちている。
「プルッ!!??」
「兄貴!」
「プル先輩!」
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