71一気に追い詰められる気分ってのはどんな気分なのか
【ヨウキ視点】
「兄貴、本当にご主人大丈夫ですかねぇ。兄貴の本体も分身も全部出てしもうたんでしょう?」
ご主人は部屋に入る前には兄貴とワイに役割通りに動くように言い付けて、扉を蹴り砕いていった。派手なことを好んでやるお人ではないはずやけど、
その背中を見た後に、ご主人が放置した槍の男は分裂兄貴がご主人と同じように引きずって移動していった。
兄貴とワイはこの屋敷の裏口へ向かって移動している。ご主人曰く「後ろめたい奴は裏口から逃げる」そうだ。確かにワイも暗いとこの方が落ち着く。ご主人や兄貴について行くなら明るいとこにも慣れた方がええとは思うけれど。
屋敷の全体像は兄貴が全て把握している。多数の分裂兄貴が監視としてあちこちにいるからだ。聞いたところによるとご主人が乗り込んだ門には野次馬がたかってる状態で、こっちから逃げようとしても人混みがジャマになりそうとのこと。
他にも使用人用に使っているだろう門とかもあるようだが、隠された出口が1つあるそうだ。隠し部屋から地下へと潜り、別のアジトへと通じているそうだ。今向かっているのはそちらを目指している。
「アジトはもう制圧済みですもんね。こちらからの入り口近くまで移動すれば待機完了ですね」
兄貴は、ご主人の心配は全くしてない。修行のときは勝てるけど、実戦となったら今のご主人はホンマに強いらしい。本気を見たことが無いからワイは心配でたまらへん。
ワイを殺した男―ホンマの名前は知らんけどアカグモを名乗ってた男―は慎重かつ執念深い男でもあった。あいつがせっかく手に入れた地位を守るためなら何かしらの策を準備してないわけが無い。傭兵の立場で雇ったやつにも何かしらの手を出しているはずや。ご主人にも伝えたけど、悪い顔しとった。あの顔は良い鍛錬方法を思いついた時の顔や。こんなところで遊ばんとは思うけど。
アジトを潰すのは兄貴が物量で押したらしいから、何かされた感じもなかったらしい。兄貴も大概やと思う。
とりあえず待機場所には着いた。ここでぶつけるのは、ワイにとってどんな感情なんやろうか。殺された恨みか、殺されても発揮したもはや意味の無い正義感か。
ただ、ご主人と兄貴が喜ぶなら動こうとは思う。2人はワイのために怒ってくれたから。気持ちには気持ちで返したいと思う。
待っとったら、2人分の足音が聞こえてきた。久しぶりやなぁ、アカグモさんや。クモを名乗るお前がビッチリ張られた罠にかかりに来てどうするんや。
お前の役割はまだあるから、この場はボコボコにするだけで勘弁したる。
地下へと降りてきたことで安心した2人は、とりあえず立ち止まっとる。アレックスとかいうやつは騎士やからか多少顔色悪いくらいやけど、アカグモは普段荒事の場には出ぇへんから緊張もあるんやろう。
ここからしばらくはワイが好きにして良いことになってる。それ用の準備もした。得物を持って姿を現す。
「アカグモ~。よくもワイを殺してくれたな~」
「なっ!?今の声は!?」
「なんだ?スケルトンか?ゴーストか?」
動揺するアカグモと、まだ落ち着きのあるアレックス。ワイの獲物は背丈ほどある大鎌や。ご主人が、これが一番似合うロマン武器だ!と言って譲らなかった。振りかぶって切るくらいしかできないがエエやろ。何となく気に入った。
アカグモは怯えたが、アレックスは警戒して既に剣を抜いている。ワイの担当はアカグモやからそっちしか見ない。アレックスは絶対に生け捕りや。まだ潜んでる奴を引きずり出す餌になるから。そうなると相手するのは、兄貴や。
2人の出てきた通路から巨大になった兄貴が降りてくる。音に気付いたらさすがにアレックスも動揺する。今の兄貴は監視を最低限にしてほぼ集合状態になった。
なんか2人とも叫んどるが、もう言葉になってない。情けない奴らや。おっきくなった兄貴もキュートやんけ。言うたら怒るから本人には言わんけど。
腰抜けの騎士の攻撃ではダメージにならん。すぐに修復して終いや。何度か切りつけさせたが、変わらずに近寄る兄貴にゆっくりとアレックスは飲み込まれていく。
精神的なダメージを与えとけとご主人に言われたから、良く分かってない兄貴にはワイから説明した。まず服が溶けたら恥ずかしい。ゆっくりと気づくようにやるのがベスト。
兄貴、ちょっと速いです。
そうそう、それくらい。
裸になったら次は毛を溶かしましょう。若い年齢の時分は、ハゲるのは気にします。毛には根っこがあるってご主人言ってたから根こそぎいっときましょう。
粗方なくなったらストップで。はい。あとはお願いします。
ワイはワイの担当の分をやりますんで。兄貴にそう言って標的に向き直った。ガクガクに震えとる。恨みというよりも段々を滑稽に思えて来たわ
大鎌を振りかぶって大きく薙いだ。
泡吹いて気絶しよった。これで終わりか。いや、これから始まるらしいで。ここで死んだ方が良かったと思うんやろうな。ご主人怖いから。
☆ ★ ☆ ★ ☆
【クーロイ視点】
「やぁっと、効いてきたかぁ」
気が付けば足だけではなく、体全体に力が入らなかった。今は何とか膝立ちの状態だ。ガシャンと音がしてが、おそらく剣を取り落としてしまったようだ。体は言うことをきかないが、感覚だけはそのままだ。愉快そうな笑い声が聞こえる。
「いや~、まいった。何か使い方が悪かったのかと思ったわい。効果がいつも通りで安心したよ。状況は飲み込めたか?」
「全く」
「なんじゃ。察しは悪いのか。毒じゃよ」
うっとりした表情を浮かべて、刀を見つめるヤマイダレ。先程までのひょうきんそうな表情はもはやどこにも残っていない。甚振るのが楽しみだと表情に出ている。
足で蹴り倒されて、天井を見上げる状態に倒れる。機嫌の良さそうな顔で覗きこんでくる。
「この刀はすばらしいぞ。いや、切るだけで相手を毒状態に陥れるのは、ここに雇われてからじゃが。それまでは大変だった。相手が動けなくなってから毒を仕込むしかないから二度手間だったのだ」
「体が動けなくなったから麻痺系かな」
「首から上は平気じゃがな。呪いとは面妖ではあるが、便利なものだ。それまでは大変だったのだよ。聞くか?聞くがよい」
何も言ってないのに、楽しそうに話し出す。
「最初はな、刀を極めようと思うっとったのよ。しかし、自らの性分に気が付いた。怯えた表情にこれ以上無い悦びを見出したのだ。ただ、刀で傷をつけすぎると早く死んでしまう。それで目を付けたのが毒だった」
これは何の話を聞かされているんだ。まぁ、俺も他にやることが無いし語らせてあげよう。
「動けない程度に傷をつけて、毒を飲ませる。そのときの表情が良くてなぁ。何度も繰り返しているうちにバレてな。捕まる前に逃げて流れてここに辿り着いたのよ」
半生語りはこれで終わりらしい。もう一回刀を俺に突き刺してくる。そのまま刺したままの方が効果が高いのかな。
「表情が変わらんのう。これでは足りんのか。面白くないのぉ。口は聞けるだろう?」
「動くけどね。じゃあ質問、あんたの国に行けばもっと強い人がいるの?」
「おるぞ。ワシがひっくり返っても勝てぬものがいくらでも。ワシに勝てぬお前が行っても秒も持たぬよ」
「やっぱり上には上がいるのか。楽しみだなぁ」
剣術もいいが、やはり刀を使えるなら学びたい。その希望に思いを馳せる。
「ここで、先程のアカグモ殿に雇われ、様々刀に仕込まれたが、わしが好むのは毒に苦しむ表情よ。今の小僧では何も楽しみが無い。そこに至るまで切り刻むとしよう」
スッと表情を消してそう言うと、倒れ伏した俺に向かって再度刀を突き刺してきた。
ガツッと音がした。刀が床に刺さった音だ。
俺には刺さってない。飛翔で少し浮いて体をずらした。そのまま体を立たせるように操作して、自分の足で立つ。一度屈んで剣を拾う。
それを見ていたヤマイダレが目を大きく見開く。
「何だと……?」
「俺、剣技を見極めたくて魔力使ってなかったんだ。毒は耐性上げたいから少し我慢してただけ。生命魔法でもうバッチリ治したよ」
言葉が長くなるので、闘気操作、魔力操作、纏気を一つにまとめた造語で発動させる。
「闘魔纏身」
ゴォッと音を立てて、体から立ち昇るエネルギーの扱いにもそろそろ慣れてきた。もう少し消費を抑えるのが今後の課題だ。
「じゃあ、これから本気だからね」
お読みいただきありがとうございました。




