70欲しかった情報
先に進む前に外の様子を見ておくと、屋敷が壊れているし轟音を響かせたからかちらほらと人影が見える。これで公にも何か動きがあるだろう。確認したあとは槍の男を引きずって移動を再開する。
2階に上がっても人が見当たらない。適当に進んでみると声が聞こえた気がした。まだここに残っているのだから何か話が聞けるだろうと思って近づくことにした。3階まで上がって近づいていくとわめき声だと言うことが分かる。
「なぜだ!まだ2か月やそこらだぞ!せっかく第3の地位まで上がれたというのに!」
「階下は静かになったのだ。じきに始末完了の知らせも来るだろうよ。そうでなくては俺もこの近辺で目立つのは困る。姿を見られないように配慮したことが無駄だ。」
あ~。門兵がいなかったのは見られたらまずい人が来るからわざといなかったのか。俺は目立つことなく良いタイミングで来れたんだな。部屋の中には気配は3つあるが、声は2つだ。3つ目の気配は強そうな気がする。
「ご主人、わめいとる方はワシを殺した元同僚や」
ヨウキからの言葉を聞いた瞬間、扉を蹴り砕いて中に入る。相当な音が出たので、2人分の視線がこちらに突き刺さる。残り1人はぼーっとしている。
正面には豪勢な机の奥に座った男。ローブの色は赤い。特に何の特徴も感じられない。どちらかという机が大きすぎてそちらの方が気になる。会社にある事務机よりも2回りほど大きい。
次にちょんまげに刀、着物を着流して足元は草履という武士の格好をした男。かなり強いようだ。俺が戦うとしたらこいつだろうな。
最後が問題だ。上等の服を着ているだけだが、体つきが鍛えられた者のそれだ。更に帯剣している剣の柄の先に付いているのは貴族家の家紋。どこの家の者かは知らないけれど、顔も隠さず、証拠が残るものまで持ってこんなところにいるとは頭が残念極まりない。状態異常の元凶に出入りするんだ。アレックス・フォン・ビーガスペードってやつだろう。
「とりあえず順番に声かけようか。あなた、アレックスさんだよね。ブレイム騎士隊長の混乱はもう起こらないよ。俺が潰した」
目を見開いた後は、顔色がうっすらと悪くなるが、まだ諦めきれていないようだ。
「何を言っているのか分からないが、ただの子どもがこんなところに来て世迷言を」
「ただの子どもがこんなところに来るわけが無いでしょ。さるお家の使いです。もうあなたの言葉は誰にも信じてもらえないと思ってくださいね」
次に奥の男に向かって、指を突き付ける。
「俺の仲間を甚振ってくれたみたいだな。楽な余生を過ごせると思うなよ」
「こんなことをして助かるとでも思っているのか!?お前を殺しさえすれば、言い訳なんぞどうにでもなるんだぞ!」
「負けるわけがないから言ってるんだけどね。そこにいるちょんまげさんにも聞きたいことあるから良いかな」
「ふざけるな!ヤマイダレ!あの小僧を殺せ!!」
赤ローブの声に反応して武士の格好をしたおじさんがゆっくりと動き出す。
しかし、赤ローブは無粋だ。異世界に転生したとしても、魂に刻まれるのが和の文化というものだろう。米や刀などについて聞きたいのは当たり前だ!それに繋がっていそうな人物にようやく会うことが出来たのだ。相手は俺の命を狙う人物だとしても、じっくり話を聞く時間をくれても罰は当たらないぞ!
あ、でも、この件が終われば俺が罰を与えるわ。
「じゃあおじさんにも質問するね。出身はどこ?どうやったら行ける?」
「この状況で質問するとか肝が据わっとるのぉ」
「良いから教えてよ」
「出身はこの大陸から西に進んだ大陸の近くにある島国じゃ。船で向かっても2~3か月かかるな」
船で行く必要があるなら準備が必要だな。しかもやっぱり島国なんだなぁ。目安が知れただけでも良しとしよう。
「じゃあ次の質問ね。その刀はどうやったら手に入るの?」
「これが欲しいのか?儂のか?自分のか?」
「自分のに決まってるよ!人のを奪っても合わない場合もあるでしょ!」
「現地に行って腕を認められるしかないのぉ。製法も門外不出のはずなんでな。もう一つあるが、それも聞くか?」
「せっかくならちゃんと教えてよ」
「儂の刀を奪って持って行け。刀は武士の魂と考えられておる。それを奪われて黙っている者などいない。だから別人の刀を持って現れる者がいたら、元の持ち主を超える技量の持っている証となる。刀匠をいくつか回れば話を聞く者もいるだろう」
「殺伐とした世界だね」
「所詮は命を奪う道具だからの。魔物にやられるよりも、確実に強い者に使われる方が刀も喜ぶというものだと考えられておる」
「付喪神みたいな感じ?」
「なんでその言葉を知っておる?坊主も同じ出身か?」
「違うよ!」
話は聞けたけど、結論としては尚更行くしかないかなぁ。門外不出の技術か~。教えてくれるかなぁ。
「一応これで最後ね。米とか醤油、味噌ってある?」
「お~。あるぞ!懐かしい!久しぶりに儂も食いたいのぉ。小僧も食ったことあるのか?」
「あるような、無いような。でも食べたいから探してる」
「これも行けばある、としか言えんのぉ。国を出てから儂も食ぅとらん」
「あとはどんな料理がある?」
「料理か?あんまり洒落たようなものは儂は食うたことはない。白飯にたくあん、塩で味付けした魚があれば充分じゃ」
「話だけで良いからさ。鍋とか出汁の文化とかあるの?」
「ん?冬に山で採れるもので鍋を食うたことはある。味噌が良い味をしておった。出汁は都の方で栄えとるはずだ。話だけで食うたことはない。しかし、小僧。本当に詳しすぎんか?」
「俺にも色々あるんだよ。話を聞けて良かったよ。もう少し聞きたいことがある気はするけど、これくらいで良いや」
「もう問答は終いか。そしたらもう少し速くしていくぞ。ついて来い!」
長々としたやり取りの間、ただ立って話していたわけでは無い。剣術を全開で使わなくてはいけないほどの剣戟を交わしていた。既に何度か刀で傷を負わされている。
ここからもう一段階上がるのか。このヤマイダレとかいう人は冗談抜きで強いな。
更に傷を負わされたが、間合いを離した。ちょっと呼吸を整えようかな。
「ヤマイダレ!何をしている!本気を出せ!さっさと始末しないか!!」
「うるさいのぉ。すっこんどれ」
「なっ!」
「あーあー。言葉が悪かったわい。小僧の相手はしておくから逃げるなりしておれ。ここで死ぬことは無くなるぞ」
そう言うなり、もう一度襲い掛かってくる。刀を受けても取り回しが速い。こちらが攻撃する暇を与えてくれない。しかも致命傷となる場所を狙ってこない。
何度か刀と剣を交えて出来た隙に少しずつ削っていく作戦だ。大人と子どもの体のリーチの差だ。面倒ったらない!
部屋の中で動く範囲を限定されていく。2人を逃がすつもりらしい。意外にも仕事には責任を持つようだ。間合いを離すことも出来ないし、踏み込むと逆に一撃をもらってしまうので押し込まれてしまう。
俺が部屋の奥に押し込まれる形になり、すぐに手を出す位置にならないことを確認すると、赤ローブとアレックスは扉から走って逃げていく。槍の男についての反応が無いってことは、良いことだ。
ヤマイダレはまた攻撃の手を止めて、休憩時間をくれるようだ。いや、足音が聞こえなくなるまでの時間稼ぎか。
「ヤマイダレさん?結局あなたは用心棒的な感じ?」
「こっちの国では傭兵と言われることが多いんじゃがな。坊主、やはり詳しいのぉ。ここで会ってなければ、酒でも飲みながら故郷について語っても良かったんじゃがのぅ」
「それはどうも。まだおれ未成年だから食事でなら付き合うけどね」
向こうも時間を稼ぎたいようだから、少し思惑に乗ってあげた。よし、もうひと頑張りしますか!
もう一度剣を構えて向かい合おうとしたとき、足から力が抜けて膝立ちになってしまった
「あれ?」
「やぁっと、効いてきたかぁ」
歪んだ顔で笑みを浮かべていた。
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