62密かに広がる悪意を掴む
しかし、盗賊の砦だったところには今の俺だと片道で1日はかかる。そのまま探索するのは厳しい。探索に一日かけるとすると往復合わせて3日かかると見る方が良いだろう。
ならばケイトの鍛錬の無い日である初日に出発すれば次の鍛錬の日に間に合うはずだ。万が一来れない可能性も伝えておく方が良いだろう。というわけで本日は鍛錬の日なのだが、ケイトの様子がおかしい。
「はぁ……」
溜息なんて付いて元気がない。聞くべきなのか?こっちを伺う様子はないが…。
「ケイト?」
「はいっ!集中を些か切らしておりました。貴重なお時間ですのに申し訳ございません!」
「えっと、昨日何かあったのか?」
原因はそれしかないだろう。お姉様と会っているはずだが何かあったとしか思えない。他の可能性も全く無いわけではないけど、考えて分からないことは聞く方早い。
「いえ。私のことは気にせずに本日の鍛錬を始めて参りましょう!」
「ケイト。ダメだ」
「はい?」
両拳を前に作ってやる気を見せていたが、意図しないことを言われて返事はするが固まる。
「何かに取り組むときに集中しきれないままやるのは効率が下がる。環境を整えることは最重要事項と言っても良い。ましてや、魔力は何かあれば大怪我をする。そうしないための鍛錬ではあるが」
途中で言葉を切って、右人差し指を立ててハッキリと言う。
「集中しきれないまま取り組むくらいなら解決を図ってからにするべきだ。鍛錬とは本来、毎日取り組むことではあるが、逆に一日取り組まなかったとしても取り戻すことは可能だと俺は考えている。期限があることをやっているわけでもないし」
「先生…。御忠告ありがとうございます」
「何を優先順位の上位に置くかだよ。今はケイトが集中できる環境を作る方が優先されると判断したまでだ」
組手や回避の鍛錬をするときに余計なことを考えられたら危険だからね。とりあえず座って話を聞くことにした。
「で、何があったの?」
「お察しかとは思いますが、ルピネイラお姉様のことです。昨日お帰りになられたのですが、元気が無くて。普段からすごく華やかな笑顔のお姉様なんです。婚姻の直前であるというのにふさぎ込んでいるような印象でして」
「結婚前に理由もなく不安になるということがあると聞いたことがあるな」
「そうなのですね。でも、お姉様は学校に通う3年間必死に努力されていました。直前だからとあんなに元気が無い状態になるとは思えないのです。家族だけでなく、使用人も何かおかしいのではと言うくらいなのです」
お姉様はものすごく元気であることが普通で、落ち込むことがほぼない方であるという認識で良いみたいだな。結婚前に幸せオーラ全開のはずなのに、おかしいということか。
で、出会いは学校で一目ぼれでもしたのかな?貴族って政略結婚ばかりかと思ってたけど違うみたいだ。
「エルンハート家派閥の方ですから、特に問題が無かったのです。お相手も上兄様の同級生でしたし」
貴族特有の読心術を使いこなしている。俺って読まれやすいのかな。3か月でケイトも俺を見ていたということか。
「ですから、上兄様に聞いてきました。お姉様の元気がない理由を!」
「行動力が爆増したね、ケイト。良いことなのかな…」
「良いことです。で、お相手の方なんですけど、最近様子が時々おかしくなってしまうことがあるとのことです。いつも通りのときもあれば、そうでないときもあると…」
ふむふむ。心当たりがあるような無いような…。いや、あるんだけど。
「事情は分かった。その、現状は婚約者という立場かな。その人と会うことは出来るか?」
「えっ?もう解決の糸口が分かったのですか?」
「おそらくだが」
「さすが先生です!それなら本日のお昼過ぎに我が家に来訪の予定です。お父様、お母様、お兄様にもご挨拶に来られますから。先生も参加されますか?」
その中に俺が入るのは激しく嫌な予感がします。
「侍従の服を貸してよ。見て確認することから始めたい。もし心当たり通りの可能性も高いけど、その場合のことも考えてマキシ様と先に相談させてほしい」
「わかりました。午前中は全員屋敷内におりますから、説明してしまいましょう」
若干不服そうな顔はしつつも、善は急げと走って行った。ただ、心当たり通りなら、ややこしい話になるかもしれないと心配になった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「改めてご挨拶に参りました。アラン・フォン・ダスブレイトでございます」
「うん。アラン君久方ぶりに会えて嬉しいよ。今日は堅苦しい言い回しは無しで構わないよ」
「はっ。ありがとうございます」
要望通りの服装で混ぜてもらった。応接室の上手のソファにはまずマキシ様とセレナ様が一緒に座っており、その対面にはルピネイラお嬢様と婚約者のアラン様が座っている。
上兄様とケイトは後で顔合わせの様でこの場にはいない。あと部屋にいるのは安定のセバスさんと俺だ。セバスさんってケイト付きじゃなかったのかな。ケイトも落ち着いたから役割変更したのだろうか。
少し関係ないことを考えているとマキシ様がジッと見ていることに気づく。どうなのかと確かめている視線だ。応えるように左手首を右手で触る。そこにあるものについて聞くようにという合図だ。
「ところでアラン君、その左手首に付けているのはあまり見ないデザインの腕輪だが。何か効果があるものなのかな?」
「さすが公爵様、お目が高いですね。こちらは私も蚤の市で購入したものではあるのですが、魔力が非常に込められているブレスレットなのです」
「そんな良いものを見つけるとは、良い見識と眼を持っているね。いつ頃見つけたものだい?」
「そうですね。ざっと…、1か月ほど前でしょうか」
その言葉にビクッと反応したのはルピネイラお嬢様だ。時期も一致ということで確定だな。
マキシ様と目を合わせてお互いに頷く。切り出すのもマキシ様にお願いしている。
「アラン君。そのブレスレットを見せてもらうわけにはいかないかな?」
「それは出来ません。購入するときに、決して他の人には渡してはいけないと言われているのです」
「ふむ。渡さなければ君の手でルピーを傷つけることになってもかね?」
「なんですって!?それは、どういうことですか?」
そこで俺は一歩先に進み出る。
「アラン様、失礼致します。そこから先は私から説明させていただいてもよろしいでしょうか」
「公爵様どういうことですか?彼は?」
「ケイトの指導役をお願いしているクーロイ君だ。先日の盗賊団の大捕縛の一番の功労者だよ」
「あの事件の!こんなに幼い子だったんですね。…そ、それで私の手でルピーを傷つけるとはどういうことでしょうか」
名前と素性を明らかにしたところで、とりあえずアラン様の隣まで移動する。ちなみに今の俺は丸腰だ。
「こちらのブレスレットをお預かりしても良いでしょうか。お手元に戻らなくなりますが、ご了承いただきたいです。おそらく冒険者ギルド預かりになります」
「ルピーを傷つけるくらいなら構わないよ」
「ありがとうございます」
外したブレスレットを受け取る。手に持ってようやく確信となる。久しぶりにヤル気が出て来たぞ。待ってろよ。全ての報いを受けさせてやる。
「確定です。アラン様にもご協力頂ければ助かります」
「そうか。王都に危険人物、もしくは危険な組織が潜んでいることになるな」
「既に3か月ほど経過していますが、まだまだ手がかりが少なすぎました。しかし、これでまた1つ手がかりが掴めましたね」
アラン様が説明がいつまでも無いことに不安と苛立ちを見せていることに気づき、アラン様の方に向き直る。
「アラン様」
「な、なんだい」
「このブレスレットには混乱の状態異常がかかっています」
お読みいただきありがとうございました。




