56剣術もちゃんと使えます
はい。というわけで、オステンタさんと対峙しています。彼にとっては既に処刑場になっています。
様子を見ていた人たちがほぼ来ています。受付嬢さんの横には婚約者の彼がいますが、オステンタさんには見えていない模様!ギルドマスターは審判として一緒に鍛錬場の真ん中に来ています。この待遇がまずおかしいところ。
「まさか頼んですぐこんなことになるとはな…」
「何を言ってるんだ?ライアード」
「イヤ、ナンデモナイ…」
大根役者か!こっちが必死に引き攣る顔を不敵な笑みに見せてるんだから真面目にやってくれ。
「さあ、おせっかいおじさん。余計なことばっかりしてるらしいね。俺が勝ったらもう余計なことはしないと約束してもらうよ」
「何を言っているのかな。親切心で行っていることをそんな風に言われても困るよ」
「現状で一番困ってるのはこんな状況にされてる俺だよ!」
心の叫びもオステンタさんには通じない。
「素直に俺のアドバイスを聞けば良かったのだ」
「本当の親切心からだったら聞くけど」
「…………ナンノコトカナ」
こいつも大根役者か!勘弁してくれ!
「クーロイ、はじめよう…」
「そうですね。やりましょう」
お互いに距離を取って離れる。オステンタさんが木剣をもっているので、合わせて同じ木剣を使うことにする。
「三本先制勝負だ。終わった後には一切受け付けない。二人とも良いな」
「はい」
「言い訳なんてするわけないだろう」
言質いただきました。では参りましょう。
「はじめ!」
初手は全速で踏み込んで剣の柄を下から打ち上げる。手からすっぽ抜けて飛んでいく木剣を見送り、呆気にとられたオステンタさんの首元に切っ先を当てる。
「一本!クーロイ!」
観客は一瞬置いてからどよめきだす。それと同時にオステンタさんも動き出す。木剣を拾いに行き、戻ってきたときには顔が赤くなっている。
「油断させておいて攻撃するとは。卑怯者め!」
「冒険者が気を抜いてもいけないし、卑怯とかもないでしょうに」
「うるさい!」
頭に良い感じに血が上ったので、二本目を始める。
始まると同時に攻めて来たので、打ち合いに応じる。ゴザルさんに比べると両腕の割に遅い。あの人が鋭すぎるだけか。木剣で薪を切ったときは引いたな。思い出に浸って現実逃避をする。そのまま3分ほど打ち合った。
さすがに頭が冷えて、動揺が見えてきたところで距離を取り、一本目と同じく全速力で近づく。下に潜られないように木剣を下げたことを確認して、跳びこすほどのジャンプ中に左の肩当に当てた。
「一本!クーロイ!」
今回は観客はすぐに反応した。オステンタさんは逆に表情が引き締まった。
「ふー。俺の目がここまで曇っていたとはな。浮かれて曇っていたのか。頭がすっきりした」
「オステンタ。頭は冷えたか?」
「少年、名は?」
「クーロイと言います。さっきからギルドマスターが言ってますよ」
笑顔で自己紹介だ。先程までと表情が違う。
「ライアード、迷惑をかけていたようだな」
「構わない。それも含めて俺の仕事だ」
なんか友情シーン始まったぞ。でも俺もこんな友達ほしいかもしれない。
いや、42歳にもなってこんなに周りを巻き込む友達か。やっぱりいらない。
「クーロイよ。ここまで付き合わせてしまって申し訳ないな。せっかくだ。キミの全力の技を見せてもらっても良いだろうか。もちろん俺も全力で向き合わせてもらう」
「全力ですか?良いですけど。剣術で本気ってことで良いですか?」
「ああ。頼む」
では、ゴザルさんに伝授してもらった剣術を披露いたしましょう!
「三本目始め!」
今回は俺から大きく後ろに下がる。オステンタさんはその場に留まり、その場で身体強化を発動している。何となく察するが、何も言わずにこちらは進めよう。
助走の上で今回は最初から跳ぶつもりだ。大きく踏み込んで跳び上がる。
「剣式二番!!降御雷!!!」
右の肩を目掛けて思いっきり振り下ろす!途中でオステンタさんの木剣が軌道に入るが、音もなく切り裂き肩に一撃が入る。
肩当を砕き、そのままの勢いでオステンタさんが膝をついた。
着地すると急いで怪我の具合を確認するが、骨を砕くなんて事態にはなっていなかった。肩当は粉々に砕けている。念のためこっそり生命魔法で回復しておく。バレる人にはバレるが、それはまた今度考えよう。
「一本!クーロイ!三本先取!クーロイの勝利とする!」
観客席からどよめきと拍手が巻き起こる。始まりはものすごくしょっぱい事件からだったが、まあまあの終わりになったのではないだろうか。
☆ ★ ☆ ★ ☆
鍛錬場から移動して、ここは冒険者ギルドの医務室だ。ベッドに横たわりながらも表情が死んで顔色が白くなった男が一人いる。
「それでは、すみません。失礼します…」
一組の男女が居たたまれなくなった部屋から退室していった。促したのはギルドマスターのライアードさんだ。残されたのは人物は4人だ。
ライアードさんとオステンタさん、医務室の担当者、そして俺だ。
今のタイミングで一緒に出れば良かったと気づいたが、時既に遅し。そんな雰囲気ではない。
冷静になったオステンタさんは沈んていた。
三本目が始まる前には受付嬢さんの横の婚約者を見て関係に気づいた。俺の一撃を受けて自分への罰にしようと考えたそうだ。
せっかくギルドに来た新人に迷惑をかけ、旧友とも言うべきベテラン冒険者に迷惑をかけ、ギルドマスターを始め職員たちの業務の邪魔をした。
そして、自分を完膚なきまで叩きのめすことができる新人(俺のことね)の実力に気づきもせずに、指導という名の暴力をはたらこうとした。
「俺の冒険者資格を剥奪してくれ」
「何を呆けたことを言ってるんだ。後輩を気にかけるのはお前の良いところだろう。少し暴走しただけだ」
「いや。こんなに前後不覚で周りに迷惑をかけたんだ。そのままでは許されない。俺が一番俺を許したくない」
オステンタさんの引退の意思は固いようだ。自主的な引退はただやめるだけだから復帰も可能だが、剥奪は再登録からになる。年齢から考えて厳しいだろう。
それだけ今回の件は彼の心を折ってしまったようだ。表情を見ていてライアードさんも止められないのだと感じ取ったようだ。
「剥奪はしない。たしかに周りを振り回したが、新人のクエスト達成率はお前が来てからの2か月で20%ほど高くなった。損耗率も明らかに低くなった。まだギルドにもやるべきことがあったということだ。これは感謝すべき数字だ」
ライアードさんがギルドマスターとして把握している数字を告げている。ただの迷惑行為を止めなかったことにも理由があったようで良かった。
「ここ一週間の様子がおかしかったことと、あいつらの婚約の報告があったから止めることにはなったが。お前は確かに一石を投じた。これだけは覚えておいてくれ」
そう言って立ち上がった。このタイミングしかないだろう。おれも一緒に立ち上がった。
「クーロイ君」
オステンタさんが声をかけてきた。恐る恐る振り返ると穏やかな顔をしていた。依頼書を見ていた時に声をかけてきたときの顔とは全く違う表情だった。
「止めてくれてありがとう」
何も言葉を発することができずに、ただ頭を下げてギルドマスターと一緒に医務室を出た。
「クーロイ、君が心配することはない。あとは俺の仕事だ。最悪でも地元に帰るくらいになるさ」
笑いながら肩に手を置いて励ましてくれた。ギルドマスターにお願いを1つすることにした。
「見せてほしいものが1つあるんですけど」




