54昇級
「エルンハート家のお嬢様だったとはね。そのままお世話になるのが一番だと思うがね」
「上手くいけば貴族の仲間入りってのは冒険者の一つの夢だと思うけどなぁ」
「冒険者の方が良いですよ。窮屈そうな印象なので。それよりも獲れたての魚を食べてみたくなりました」
「クーロイ君らしくて良いと思いますよ」
「俺もヤシタと同じ意見だ」
汗だくで辿りついたため、宿の手配の後すぐに汗を流した。王都には公衆浴場があって良かった。壁の絵からして以前に日本人が来ていたのだと思う。あの山と太陽の絵が描かれていた。
今は『美食の奇跡』が王都で一番お勧めの食事処で夕食を食べていた。とろとろになるまで煮込まれた肉がたまらないシチュー。海が近くにあるわけでもないのにちょうど良い具合に火が入った焼き魚。サラダは村の方が新鮮さが上だからこれは良いとして。
さすがに『美食の奇跡』が王都に来たら必ず一番最初に訪れる店だ。半端ない。王都を旅立つ直前の食事もここにするのも納得だ。その分お値段も高いようだが、今回は盗賊団捕縛の報奨金がある。いつもは頼まない貴重な肉の部位や、魚卵なども頼んでいる。
良いときに呼ばれたものだ。遠慮なく頂いておく。普通よりは食べられるといってもまだ子ども。大人の胃袋を持つ7人の食事量には圧倒された。文字通り山のように並べられた料理たちは皿だけになっている。見た目も壮観だ。食後のドリンクで休憩している。
「まあとりあえず明日の冒険者ギルドに一緒に行ったらしばらくは王都にいるぞ。クーロイはどうするんだ?」
「冒険者の昇級試験を受けられるくらいにはクエストをこなしていこうと思います。色々ありそうなので、経験になります」
「お前ならとりあえずBランクくらいまでなら余裕だろうな」
「数が必要なのでそう簡単ではないのでは?」
「同時受注で一気に数をこなせば良いだろう。お前は既にマジックバッグを持ってるから採集系クエストも同時に出来るし、プルがいるからソロで達成していることになるし。俺らよりもすぐに上に行くよ」
「だったら我々の師匠だと触れ回っておきましょうかね」
「それはちょっと…。皆さんの株が下がりませんか?」
「闇クエスト受注が公になった時点でどっちでも良いよ」
「ぐっ。皆、すまない」
「もう良いですってば。これから名誉挽回ですね。盗賊団捕縛はその一歩目としてとても良かったですよ」
今後の相談や、からかいなどを入れつつ、ゆっくりと休憩した。
「それじゃあまた明日な。まだ公爵家でお世話になるのか?」
「今日まではそうですけど、明日以降はまだ決めてません。お嬢様の依頼も受けるかどうか悩んでますし」
「冒険者ギルドを通してクエストにしてもらえよ。公爵家の依頼だから結構良いポイントになると思うぞ」
「それは確かにそうですけど」
「今日も返事を聞かれるだろうから、しっかりと相談してこい。エルンハート家は貴族の中でも有数の庶民の味方だ。繋がりを持てたことは本当にラッキーだよ」
そう言われつつ食事処を出た。出たらセバスさんが馬車と一緒に待っていた。一体いつの間に来ていたのだろうか。
「『美食の奇跡』の皆様も先日はありがとうございました。また個人的にではございますが、感謝を伝える場にご招待させていただきたく思っております」
「俺たちは気にしないでくれよ。全部クーロイに返しておいてくれ。俺たちもこいつへの借金が残っていてね」
「左様でございますか。では、冒険者の流儀に則ってクエストをまたお願いさせていただきます」
「あぁ。それで頼むよ」
ボクジさんとセバスさんの間で堂々と取引が行われた。『美食の奇跡』にとってはエルンハート家との繋がりで充分らしい。
「では、クーロイ様。本日もお屋敷迄ご案内させていただきます」
「は、はい。よろしくお願いします」
気分は連れ去られていく動物のようだが、内装はとても相変わらず豪華だ。笑顔の『美食の奇跡』に見送られてお屋敷まで乗せられた。
着いたら、すぐに案内されて夫妻と話す部屋へ。馬車の中で結論は出していたからそれを伝えるだけで良いか。
「単刀直入に聞くけれど、ケイトへの指導の件はどうだろうか」
「冒険者ギルドを通してクエストにしてもらえますか。期間はお嬢様が納得するまで、ただし、僕も他のクエストを受けたいですから毎日長時間の拘束は勘弁してもらいたいです」
返事を聞いて一気に夫妻の表情に喜びが満ちた。良い人たちだな。
「本当かい!受けてくれるのか。ありがとう!」
「クーロイ君、感謝するわ!」
「貴族としての学習もあるから毎日にはならないよ。週6日のうち、3日は貴族学校に向けての勉強があるしね」
この世界の暦は1年360日、12か月で1か月は30日、週6日で5週間だ。季節は一応春夏秋冬あるけど、極端にハッキリしてるところもあれば一定の気温が保たれるところもある。
曜日は地水火風闇光のうち、地水火が貴族学校の勉強をして、あと3日間は個人での学びや、貴族としての勉強・交流があるそうだ。現場で学ぶことも必要と考えているそうだ。どこまで学ぶかは各家の采配に任されている。
「ケイトは末っ子だからね。好きなようにして良いと言っているんだが、気負ってしまっていてね」
「この人も私も才能持ち、上の子3人も才能を持って生まれてきて、あの子だけが無いの。才能は授かりものだから、貴族でも持っていない方が多いわ。でも家族で一人だけ持っていないことをすごく気にしているの」
「謹慎期間は2週間とした。始めるとしてもまだ10日以上先のことだ。家で出来る学習などを先に進めさせておくからクーロイ君は先に自分のクエストは計画を立てるのをお願いして良いかな」
「分かりました」
細かい情報はクエストの依頼書にまとめてもらうことにした。指導は何時間であっても一日大銀貨1枚、前世の価値なら10万円だな。もらい過ぎだと言ったが、これでも少ないそうだ。俺の実力を考えればもっと多くても良いが、俺が嫌がるだろうからとこれでも抑えたと言われた。
お嬢様の様子を見て成果報酬も約束された。宿も公爵家の部屋にされそうになったが、断固固辞した。指導が食事時間をまたぐときは頂戴することにして、基本宿暮らしにした。あの布団は怖い。離れられなくなりそうだ。
馬車の送り迎えもやめてもらった。セバスさんほど有能な人をいつまでも俺の対応に付けられては申し訳ない気分になる。冒険者とは自由気ままなはずだと主張したら、元冒険者の二人は渋々納得してくれた。
これでしばらくの定期収入を得ることが出来た。王都を堪能しつつ、冒険者として生活していこう。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ナーベヌの盗賊団捕縛、並びに国際指名手配のザンガンを捕らえたことで実力の証明は十分に出来たと判断する。ギルドマスター権限によりクーロイを特別Bランクとする」
パチパチパチパチ!
翌日の冒険者ギルドの応接室に『美食の奇跡』と一緒に顔を出した。まず、闇クエストの件を不問とされた。犯罪行為を犯す前の未遂だし、盗賊団捕縛の成果も認められたからだ。
そして、なぜかそれらの活動を未然に防いだうえに盗賊団捕縛の一番の功労者となったのは俺だった。たしかに思い返せばそうかもしれない。
エルンハート家からの感謝状と、騎士団から全員捕縛の証明書、『美食の奇跡』全員からの証言、おまけに捕まっていた人たちからの声が全て俺に向いていた。
笑いをこらえる『美食の奇跡』の面々にはあとで全力の模擬戦を挑むことを決め、今はさすがに頭の上ではないプルからも拍手をもらいながら特別Bランクの判を押されたカードをもらうことになった。
もう少し、ゆっくりとした生活を送りたかったのに、どうしてこうなった!?
お読みいただきありがとうございました。




