53上から目線に反抗するのと体力作りに走るのは基本
「とりあえず概要だけ聞いておいてよ。単純に指導をしてほしいんだ。あの子は才能を授かれなくてね。無理をしがちなんだ。」
「今まではそれとなく止めていたのよ。でも今回の行動は余りにも大きすぎたわ。それならキチンと分からせる方が良いんじゃないかという話になったの」
「親が子どもを止めるのは心配だからだよ。しかし、今回はあまりにも危険が過ぎた。謹慎期間を設けはしたが何度も同じことをされるのは避けたい」
「つまり、鍛えることを名目に諦めさせろってことですか。才能がなくても強い人はいますよ?」
じいちゃんも確か才能は無いはずだ。それでも国中に二つ名が轟くほど強い。
「そこまで努力出来るなら構わない。すぐに諦めるようならそれで納得するだろうし」
「今回の件でお嬢様とは二度と話したくないと思ったくらいです。ですが、お二人が村のことを守ってくださるなら我慢しようと思います。ただ、正式に受けるかは考えさせてください。一緒にここまで来たパーティとも相談したいです」
「無理を言っているのはこちらだ。構わないよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。それでは長い時間引っ張ってしまって悪かったね。そろそろ休んでおくれよ」
「はい。では失礼します」
「「おやすみ」なさいね」
まあ思ったよりも悪く人たちでは無かった。エルンハート家は医術・回復・治療を司る家系で実直であることを家訓としていると言っていた。
こんな子ども相手に策を巡らしたりはしないんだろう。村では質の良い薬草や果実なども手に入りやすくなった。ルウネのおかげで。世界樹があることも国の中枢だし知っているのかも。
そういう意味では俺から村との繋がりだ出来るだけで充分なのだろう。相手の手札が読めただけマシか。
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【マキシレム視点】
あの子は思っているよりも強そうだ。セバスからは内密にとは言われたが、嵐竜王にも目をかけられている。出来る限り国の守りとして捕まえておきたいところだ。
「あなた」
「っと!考え事をしていたよ。何だい?」
「先程もお伝えしたでしょう?クーロイ君は捕まえようとすれば逃げるタイプよ。主従関係よりも友好関係、もっと砕けた言い方をするならお友達になった方がきっと良いわ」
「すまないね。どうも国を守る立場になると、利用するべく確保しようと考えてしまう」
もう職業病だ。若いころは束縛されるのが嫌で家を飛び出したくせに、妻と出会い、家に戻り、子どもが出来るとどうしても守ることに頭が向かってしまう。世の男のサガというものだと思うね。
「彼に関してはゆっくりと焦ることなく、が一番良いということだね」
「本当にその通りよ。焦って逃すことなんてしないように気を付けてね」
「分かったよ。それで彼は受けてくれると思うかい?」
「ユーシル村だったかしら?世界樹があるとされているのよね?」
「そうだ。恐らく間違いないだろう。クーロイ君が関係しているのではないかと思うのだが」
劇的な変化をもたらした原因は3年前の事件ではあると思うが、そこから解決に持っていけそうな人物は彼だと勘が告げている。
「それなら大丈夫じゃないかしら。獣人しかいないのに村の事件を解決するのに尽力したのはあの子が優しいからよ。理由を話しさえすれば、困っている人は助ける子だと思うわ。警戒してはいたけど、子どもたちを見る目は優しかったもの。ケイトも同じタイミングで出会ったのでしょう?きっと大丈夫」
「なら良いのだけど。キミの勘は大丈夫だと言っているんだね?」
微笑む妻は今晩も美しかった。
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【クーロイ視点】
布団がものすごい柔らかかった。ナニコレ。洒落にならないんだけど。村の生活で大丈夫だと思ってたけど、ふわふわの布団たまらねぇ。一緒に来た子たちも大丈夫か。村に戻ったら眠れなくなるんじゃないだろうか。
お金貯めたらこれ買おう。生活用品一式やっぱり高いもので揃えた方が良いかもしれない。今コレクションルームにあるものを売れば手に入るかな。
思考の暴走は止めたのはノックだった。
「クーロイ様、ご起床されておられますか」
「はい!起きてます!」
呼びに来たのはセバスさんだった。ベッドから飛び出し急いで準備する。騎士団の出発も夜明けすぐの時間だったので、まだ太陽は昇っていない。
朝食の代わりとして作ってもらった軽食を受け取り、王都の門まで馬車を出してもらう。プルもいつもの位置だ。
王都の門に着くと馬車から降りた。セバスさんはすぐに屋敷へと戻っていった。
門は開いており、外には大きな鉄格子の付いた檻を乗せた馬車が20台ほどあるようだ。その周りには数えられないくらいの騎士が整列している。全員鎧と頭までカバーできる兜だが、面を上げれば辛うじて顔は分かる。お金かかってそうだな。布団はどれくらい買えるだろうか。
到着すると門の内側で待機していた騎士が話しかけてきた。他の人とは鎧の意匠が違う。豪華な感じだ。隊長クラスのようだが、顔が嫌味に歪んでいる。
「キミがザンガンを倒したという少年か?見た目はただの平民の少年だというのに、強さはAクラスに匹敵するのか。どうだ?冒険者風情などはもう良いだろう。騎士団に入る気は無いか?私のもとで買ってやっても良いぞ」
何だこいつ。冒険者馬鹿にしてんのか。気に入らない。いつものよういお引き取り願おう。
「世界を自分で見て回るために村を出てきましたので。一か月で定住する気は無いです。この国の貴族階級に村の友達殺されかけてるんで。自分が貴族になるとか絶対嫌です。」
話しかけてきた騎士は言葉が途切れている。向こうの門を向いて立っていた騎士が後ろを振り返っていた。
昨日のエルンハート公爵夫妻と違って、俺の事情を何も考えてくれてないんだもの。こっちだってイラっとするよ。
騎士隊長からは怒りの表情が見えるし、声は震えている。
「そ、そうか。まだこどもだものな。騎士という崇高な在り方を理解できないか」
「騎士だから偉いんですか。ただいるだけで敬われたいとか楽で良いですね。僕は冒険者の方が性に合っているんで。人の生き方に口出し出来るほど偉いとも思えない顔ですけど鏡見てきた方が良いのではないですか」
いかん。また上から目線に反応してしまった。この人とは合わないな。
「出発しないんですか?」
「私が指示する!黙っているように!」
自分から喧嘩吹っ掛けておいて怒るなんて…。まぁいいか。この行き帰りだけの付き合いだろう。
俺のための馬も用意されていたが、ここ1か月は馬車で体を思い切り動かせていなかったので走ることにさせてもらった。
乗っていた馬は馬車に繋ぎ直して、疲れたら乗れるようにと連れてきていた。隊長以外の騎士は良い人らしい。
「坊主。よく言ったな。あいつ偉そうにしてるばかりで人気無いんだ。今日の任務もいつも成果足りないからその点数稼ぎで割り振られてるんだよ。朝早くから行きたくない仕事に行くから苛立ってるんだ。お前のおかげでスッとしたぜ。ありがとうよ。だから疲れたら言えよ。馬くらいいつでも乗せてやるからな」
騎士の鑑はここにいたか。今の人は格好良いぞ。肩書だけで決めつけていたのは俺もだった。反省しよう。さあ、出発だ。
しかし、馬のお世話になることはなかった。生命魔法を常時発動させているんだから疲れて止まるわけがない。何のためにMPの成長をアホみたいに促したと思っているのだ。
予定よりも進んだようで、あと3時間あれば砦まで辿りつけるところだが、人と馬の休憩ということで今日はここまで。野営を挟むことになった。途中の休憩も挟んでいるので馬がしんどいことはないよ。念のため。
でも出発前に比べると騎士から受ける視線が恐れに変わっている。化け物の体力とか聞こえる。さすがに野営時は兜を脱ぐようで表情が見える。
とはいえ、晩ご飯も騎士に紛れて頂いた。先程の騎士の鑑のお兄さんが誘ってくれた。といっても、パンと干し肉と温めたお湯だ。移動中はそこまで贅沢を言えないそうだ。マジックバッグすら支給されないとは。公的権力はお金が無いね。
世知辛さを感じながら、満たされないお腹へ以前に購入した串肉をコレクションルームから取り出して満たした。においをかがせると拷問だから、隠れて食べた。
隊長さんは近くには来なかったので、決められたテントでさっさと就寝させてもらった。
翌日には砦に到着した。数日でさらに痩せた、とういうよりも老けた盗賊たちと、自主的に鍛錬をしていた『美食の奇跡』が出迎えてくれた。
「まさかお前走ってきたのか!?」
「俺たちも走らせる気じゃないだろうな!」
「後衛まで走らせないよな?」
ボクジさんが驚き、ニケンさんがいらないことを言い、イートさんが恐怖の表情で聞いてくる。自分だけのつもりだったけど、体力が必要である冒険者には走るのは基本だな。
知らず知らずに笑っていたようで、その笑みの理由に気づいたフーズさんとヤシタさんが慌てている。
「クーロイ君、待ってましたよ!見せたいものが!出来ましたよ!!」
俺を止める意味もあったのだろう。ヤシタさんが声をかけてきた。この表情は!
やられた!先に実現されたか!
「見ててくださいね」
騎士は既に作業に入っているので、少し離れたところへ移動した。目標とした岩から距離を取って、弓を構える。しかしその手には矢は持っていない。弦を引きながら呟く。
「我が手に集いて穿ちたまえ、炎の矢」
炎が矢の形に収束して、構えにちょうど収まるように現れる。そのまま狙いを定めて射ち出すと岩に命中して真っ二つに割る。
「どうです!?連続ではまだ難しいですが、狙い通りに行きました。実際の矢と違って飛んでからもコントロールできるので命中率も上がるでしょう。今は火だけですが、他の可能性も探っていきますよ!」
成果が結実したのは良いけど、他の属性のことまで口走ってる。それだけ嬉しかったのだろう。
賭けは俺の負けか。世界樹の葉と樹液のセットを渡すことになるが、ここでは人目があるので王都に帰ってからにした。ヤシタさんの失言に関しては、気づかなかったのかそのフリをしているのか誰も何も言ってこなかった。
わいわいやっているが、盗賊の引き渡しはマチェルさんとウォルさんの二人が行ってくれた。
俺は免除されたが、他のメンバーはマチェルさんからお説教をされている。俺が教えた正座になっている。足の痺れを堪能しながらしっかりと怒られてくれ。
騎士団は砦を検分する部隊と移送を始める部隊と別れている。荷物が多いため行きよりもペースが遅いので移送部隊が先に出ても追いつけるだろうとのことだ。
引き渡しが終われば、『美食の奇跡』も待機終了だ。一緒に王都に帰ることになる。
そして帰りはリクエスト通り走って王都まで帰ることになった。と言っても走るのはボクジさんとヤシタさんと俺だけだ。王都まではさすがに他のメンバーには長すぎる。
移送部隊よりも先に進んで、野営になった。ランニングの二人は食べたらすぐに寝た。
翌日は自主的にウォルさんとヤシタさんもランニングに加わり、昼前には王都に到着した。
切りどころが見つからず長くなりました。
お読みいただきありがとうございました。




