50生きてるって素晴らしい
次から章が変わります。
竜というからには体は太いし、短いが手も付いてるし足もある。願いを叶えてくれる東洋系の龍というよりは、一作目のラスボスが王の竜の方の竜だ。これで俺が見ているものが伝わるだろうか。
疲労気味の俺は倒せてBランク、実力的に全快状態でもAランク魔物の下位までだ。Sランクなんてどう足掻いたって勝てるわけがない。一人で全力で逃げても逃げきれない可能性の方が高い。今の『美食の奇跡』ですら戦力として数えられない。
はっきり言って全滅確定だ。おいおい、死ぬのが早すぎないか。
生き残れる可能性は意思疎通が可能かどうかだけど、目の前の嵐竜から感じる魔力とお嬢様から感じるお嬢様ではない微弱な魔力は似ている。たぶんプルの言ってた卵は嵐竜の卵だ。
何かの理由でお嬢様の手にある。渡さないところを考えると、偶然ではなく意図的に手に入れているんだ。そしてそれが親嵐竜の逆鱗に触れている。早いところお返ししたいところだ。
どっちに非があるかって言ったら、子どもを攫ったわけだからお嬢様が悪い。連れていかれる恐怖とか味わったくせに自分も子どもを攫っているなんて、このお嬢様最低だ。天罰を食らっていたところを助けたことになるのか。こいつだけは助けるんじゃなかった。
「おい、お嬢様。この嵐竜はお前が卵を攫ったからここまで探しに来ているんだ。地下から出たからここを見つけたんだ。返さないと死ぬぞ」
「だって…、だって…!」
ダメだ。こいつは話にならない。
「おじいさん、そっちの人でも良い。あんたらがやらないなら、このお嬢様を殺してでも返すぞ」
その言葉にお嬢様は反応する。おじいさんが溜息を吐きつつ、お嬢様に声をかける。
「ここで死んでは意味がありません。怒り狂ったSランクでは王都まで被害にあう可能性が高くなります。その少年の言うとおりにしましょう」
お嬢様はグッと言葉を呑み込むと、ポケットから巾着袋を取り出した。中から手のひら大の石(にしか見えない卵?)を取り出す。瞬間、今まで抑えられていた魔力が吹きだす。巾着袋は魔力を外に出ない効果でもあるようだ。巾着袋ごと奪い取る。
今まで様子をじっと見ていた親嵐竜が動いた。俺も恐怖で逃げ出したい衝動に駆られる。盗賊のほとんどが気絶している。
それはそうだ。普通Sランクなんて姿を見た瞬間に死ぬって話らしいし。そばでじっと立ってるだけでも相当の圧力だ。ってよく考えたら人質組は誰も気絶しないな。あ、男装メイドさんが防御魔法使ってるっぽい。
「感謝します。人族の子よ」
聞き覚えの無い声が聞こえた。目だけで声の主を探すが、上空以外にいなさそうだ。
「聞こえませんでしたか。そこの黒髪の人族の子よ」
「やっぱり親嵐竜さんですか?」
「そうです。我が子が返ってくるように交渉しているのを聞いていました。私もそろそろ地上に降りたいので、もう少し広いところでお話しませんか」
ちょっと叫ばせて。
「ふぁーーーーーー」
☆ ★ ☆ ★ ☆
変な声出た。あれからお嬢様から卵を取り上げた俺は、一人だけ移動した。魔力弾丸で木を無理矢理倒して少し広めのスペースを作った。
着地した親嵐竜は半端に残っていた木の根を手で掘り起こして自分が座るスペースを作る。動きだけ見たら可愛いかもしれない。
いや、既に『美食の奇跡』の面々が『あいつ、すげぇ!』って目で見てくる。キラキラではない。人外のものを見た顔をしている。
俺も竜と話してる人間を見たらそういう目をしてたかもしれない。でもそれが自分の立場になるとそんな目をしてられない。
敵意は無いけど圧が凄いんだもの。生きてる心地がしない。肝が冷えるってこういうことだろうな。
「少し話をしたいのですが、良いですか?」
「ハイッ!ダイジョウブデス!」
「何か不都合があるなら言ってください。要望には応えますよ」
なんかこの人、じゃないこの竜優しい?
「では、もう少しだけ魔力を抑えてもらえますか?ちょっと辛くて」
「良いでしょう」
あ、圧が減った。
「このくらいでないと人の子は辛いのですね。失礼しました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
なんだろう。普通に会話してて良いのだろうか。
「不躾ではありますが、私もしばらく棲み処から離れてしばらくです。戻りたい用があるので、お話をさせてもらっても良いですか」
「いつでもどうぞ!」
こっちに拒否権あるって思ってないから!
「あなたには私の卵を預けたいのです」
「……………」
「…?どうしましたか」
「はっ!いえ、幻聴がした気がしまして。卵を預けるとか嘘ですよね?」
「言いましたよ」
「……本気ですか?」
「ええ」
本気らしいぞ。頭を抱えるよりも話を聞いておこう。
「理由をお伺いしても?」
「あなたの近くにいれば、様々な良質の魔力を吸収できそうですから。実際そちらの方も一緒にいるでしょう?」
「そちらの方?プルのこと?」
「プル様と仰るのですね。あなたも同じ理由では?」
それもあったけど、今は楽しいからだって。プルが自分の意思で一緒にいてくれるのは嬉しいよ。
ほっこりしたところで、イエスしか選択肢が無いので話を進めてしまおう。
「わかりました。その件引き受けさせて頂きます。何か注意点はありますか?」
「普通に所持していてもらうだけで結構です。それなりに固いですから雑に扱っても割れません。ただ、弱い者に託しても子が弱くなるのであなたが所持してください」
「かしこまりました」
それっぽく頭を下げておく。
「感謝します。頼みごとをするのですから、何かお渡しした方が良いですね。また用意してきますから受け取ってくださいね。嵐竜王の名のもとに約束しますので。ではまた」
言いたいこと言ったらさっさと飛び立って去って行った。
「SSクラスだったのね…」
生きてて良かったな…。
話を終えたので、皆の元に帰った。嵐竜王が圧を抑えたこと盗賊の何人かは目を覚ましていた。俺が話していたところも目撃していたことになる。もう今は面倒そうな話からは目を背けよう。
「何かえらいことになったな」
「もう本当になんてこったって感じですよ」
ボクジさんの慰めですらありがたい。何も考えずに没入できることをしたい。
「人質になっていた人たちにご飯作ってて良いですか」
「ああ。構わないよ。あとはこっちでやっておくから」
許可が出たので、料理を作ることにする。死なれても困るから盗賊用にも手抜きのスープとパンを用意しよう。あぁ、砦の中のものも回収してこの先の食料として有効活用するのが先か。
とりあえず、大人数の食事を外で作ることも出来ないので、砦の中の厨房に向かう。食料は人数が人数だけど、数日くらいは持つかな。こんな量で数日も作ることになるのは初めてだから目安が分からないな。傷んでも嫌だからコレクションルームに全て入れておこう。
結局、盗賊は100名くらいいたのか。捕まっていた人たちが10人少し。『美食の奇跡』と俺とプルで8人と1匹。120人分か。祭りのときの準備を毎食作るのか。多すぎない?とにかく始めるか。
作り出してしばらくすると、捕まっていたお姉さんたちが手伝いをしに来てくれた。今は手伝いがあるだけでも嬉しい。材料を切る、お湯を沸かす、パンを焼くをそれぞれ手伝ってもらうことにした。簡単な材料で作ったものだが、魔物肉とか魔物野菜、香辛料で味付けしたからとても好評だった。盗賊たちには味のうすいスープだ。肉なんて入れてない。食べられるだけで感謝してほしい。
そういえば、街道で別れていたウォルさんとイートさんと最初の盗賊たちもここにいる。合流して動く方が良いということが理由の一つ。ボコボコにしたザンガンを磔にしてさらすことで抵抗が無駄だと知らしめることが一つ。どちらかというと後者の理由を優先した。管理は分裂プルに一任した。俺と思考が似てしまったので、こういった時の対応は辛らつだ。生きてるだけでも感謝してほしい。
晩ご飯を食べるころには衝撃から立ち直っていたので、今後の動きについて確認をした。
王都で影響力のあるお嬢様グループを始め、こんなところに置いておくわけにはいかない人質組をまず連れていく。護衛は何が来ても対応可能な俺と本体プル。盗賊の頭目とザンガンを確保した証明として連れていく。馬車は盗賊の砦にあったものを接収させてもらう。あとで騎士団に渡せば構わないとおじいさんが言ってくれた。その他大勢の見張りを砦で『美食の奇跡』が行う。
王都で騎士団の手配が完了したら、俺が砦まで案内して盗賊を引き渡す。『美食の奇跡』と合流して王都へ引き返す。
明日の朝に動き出せば、次の日の夕方には王都に着くだろう距離だそうだ。今日は見張りは免除されたので、さっさと寝よう。プルはまた分裂して子どもたちに抱かれて寝るそうだ。それはそれで構わない。いってらっしゃい。
寝ようとしたところで近づいてくる人物が二人。めんどくさい。
「俺からは何も話すことは無い。疲れてるんだ。近寄らないでくれ」
「私の話を聞いてほしいの!」
お嬢様と男装をやめたメイドさんが近づいてきていた。
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