40男の価値は必要な時に頭を下げられるかどうか(だけでもない)
「いや~。驚いた」
「その一言で済ませるお前が俺は怖い」
「あれは恐怖でしたよ。俺は速すぎるのは無理です」
同行の約束をしてから4日後、ホーグラッドを旅立つことになった。『美食の奇跡』は全員が奴隷契約を破棄できた。左手に刻まれた紋が消えている。サンドバ家に保管されている契約書の文字も消えているだろう。
何に驚いたかとはもうすぐ帰り付く地点で車輪が外れ、そこからは歩きになったそうだ。
シェートさんの速度に馬車がまだ追いついていないことが分かった。壊れる可能性があるとは聞いていたので文句を言うことも出来ず、車輪が外れたときの衝撃が恐怖体験だったそうだ。
往復の時間短縮、村での珍しい食材に食事、奴隷契約の破棄とプラス面も多かっただけに、到着直前の出来事は不意を突かれた相当の恐怖体験だったと興奮状態で話をされた。
準備と休憩で1日時間を置いた後、出発することになった。
俺は準備なんてコレクションルームのおかげで困らないので、ひたすらクエストをこなして実績を積んでいた。まだ達成クエスト数が不足しているので昇級は先だ。
本来は飛び級してもおかしくない実力だと太鼓判を押されているが、昇級の認可を出す人は現在権限を失っているのでE級のままだ。
『美食の奇跡』もベテランのパーティだ。準備くらいは余裕で済ませていた。
準備中に呼び出され、冒険者ギルドの決定を領主様からこっそりと教えられた。ギルドに情報共有が出来る魔道具があって、本部に連絡を取った。今回に関しては無制限で利用可能で領主様も助かると喜んでいる。
ガンドは冒険者ギルド専属となりこき使われることになり、権力からは切り離されるようだ。ギルドから信用あるパーティに貸し出されたり、監視付きで不人気の依頼に取り組むことになるそうだ。コネでねじ込んできた貴族にも責任問題として扱うことにすると決まった。貴族への牽制となるそうで喜んでいたそうだ。
ネイスは賄賂というフィリルさんの話が正解だった。後ろ盾になっていたのもサンドバ家で、そんなやつは知らん、と逃げられた。そのためネイスは世界的組織に単独で喧嘩を売った人物となった。文言だけ見ればすごい話だが、真似したくはない。金の使い方と口先しか使えるところが無かったようで、これからの扱いはまだ決まっていないそうだ。まあ興味は無い。
ディースについては話が長くなる。牢番が気づいた時にはギルドの牢からいなくなっていたらしい。ギルド内で一時騒然となったそうだが、領主様が様子を見るように治めたそうだ。丸一日経過したところで元の牢に戻っていた。
頭の毛だけでなく眉毛まで白くなり、老人かと見間違うほど顔には皺を刻んだ。よほど恐怖体験だったようで常にガタガタと震えていて、気絶させないと運ぶのが大変だった。
一緒に置いたメモには、ある2つの特徴的なものに特に恐怖を示すようになっていると書かれていて、本部と相談の上で用意が簡単な方でまず確認することになった。
簡単に検証できたそうだ。少年に扮した職員を見せたところ、牢屋全体に響き渡るほどの絶叫を出した後に気絶した。もう1つのスライムでも確認するかは検討してからだそうだ。
回復の手段に見当もつかない場合は、メモの2つに出会う可能性の低い鉱山労働をさせることになるそうだ。
また、ギルド本部からの手紙も受け取った。丁寧な謝罪文と王都でも直接謝罪させてもらうので、目的地としているならぜひ来てほしいという内容だった。
それでは行きます、と返信をお願いした。領主様には次に来た時に、人の感情の扱い方について教えてほしいと言われたがとぼけておいた。
王都が今回の目標地点だが、予定はおよそ1か月はかかる。移動手段としては動物の馬に曳かせる馬車にした。『馬鹿果報』で旅をするためにはまだ改良が必要だ。
馬車の大きさとしては男の大人7人と子ども1人とスライム1匹は余裕で入る馬車を買い取った。『美食の奇跡』も装備品は死守したが、備品は奪われていたのでこれからまた揃えていく。その第一歩が馬車一式となった。
一緒に旅をするのは馬4頭だが、パワーホースという魔物なのでこちらが強ければ言うことを聞く。それくらいには強いパーティであることも確認できた。
『馬鹿果報』とギルド職員で非番の人たちが街の入り口で見送りに来てくれた。
「わざわざありがとうございます」
「気をつけてね」「また来てね」「旅先で会うこともあるだろうから、そのときはまた飯を食わせてくれな」
口々に旅の無事を祈る言葉をもらい、ホーグラッドの街を後にした。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ガタゴトと馬車が進んでいく。今御者をしているのは、戦士のウォルさんと剣を2つ使用するニケンさん。ウォルさんは無口のため、一方的にニケンさんが話している声が聞こえる。
逆に馬車の中は妙な緊張感がある。俺は魔力操作の訓練をバレないようにやっているが、話しかけづらいのだろうか。旅の同行は目的地以外にもあったということだろうか。ずっとこれでは困るな。
「あの~。落ち着かないので何かあるなら早めに話し合いませんか?」
「そ、そうだな。年下にお願いするのに気が引けていたんだ…」
「これだけ落ち着かない空気であれば、誰でも気が付きますよ」
「それは済まない」
パーティ全体の話なのか、ボクジさんがリーダーとして交渉してくるようだ。心当たりは無いわけでは無いが。
「既に一度敗北した身だ。恥を忍んで頼みたいことがある!」
「出来る範囲で良いなら」
「そう簡単に良し、と言ってもらえるとは思っていない。旅の間の食事と安全を引き換えに……っていいのか?」
交渉する迄もなく、俺が了承の意を示したことに驚くというよりも拍子抜けをしている。周りのメンバーもそうだ。御者をしていた二人も半分振り返って驚いている。聞いてたんだね。
「美味しいもの食べたいがためにパーティ組む人たちが悪いこと考えると思えないですし。プルが信用しても良いと言ってるので。こういう時の相棒の勘は外れません」
「信頼感が凄いな」
「当たり前です」
二人で胸を張る。それはおかしな光景だったようで、緊張していた空間が和らいだ。
「では、この移動の間だけでも構わない。俺たちが強くなるように指導してもらえないか?」
「指導は構わないですけどそんなにおかしなことは鍛錬はしてませんよ」
「いや、そんなことは無い!」
そう声をあげたのは風魔法が得意なマチェルさんだ。
「そう言いつつ、魔力操作の訓練を行っているだろう。その隠密性と感じる力強さは魔法学校を卒業した僕らよりも遥か上の緻密さだ。その境地からの見地を聞くだけでも価値がある!」
「魔力操作の鍛錬してるのバレました?」
「魔力は感じないが、何かこの馬車内の空気に魔力の動きを感じた。風で感知することが得意な僕くらいしか気づかないだろう」
「本当に?僕でも気づかなかったよ。斥候なのに自信なくなるな~…。今更プライドも何もないか~…」
自信をなくしたのは斥候のヤシタさんだ。魔力弾の初撃を躱すくらいには魔力の扱いにも自信はあったらしく、それだけに気づかなかったことはプライドに傷がついたようだ。
「移動にかかるのは最短の道を行くので約1か月ほどだ。可能な範囲で構わない。一言のアドバイスでも結構だ。今回の件は俺たちが最初からサンドバ家に騙されなければ起こらなかった」
まあ闇依頼を失敗扱いされなければ良かったわけだし、そうとも言えるかもしれない。
「同じ目に合わないように、ということですか」
「そうだ。やはり一瞬でクーロイ君一人に負けたのは危機感を感じた。このままでは本当に命の危険を感じたときにそのまま終わってしまうかもしれない。自分の年齢の半分にも満たない子どもだろうが、登録したての新人だろうが、君は強者だ。教えを請えるチャンスに飛びつかないほど阿呆ではないつもりだ」
同じ意見なのかボクジさん以外の皆さんの顔をチラッと見てみる。全員がじっと見ており、全員とそれぞれ目が合う。…御者は前を見てください。
「わかりました。引き受けます」
「そうか。ありがたい!」
「ちょうどやってみたかったんですよ」
「え?」
「冒険者育成学校があるのは聞いてたんですけど、冒険者『強化』学校とか作ってみたかったんですよね」
笑顔で言ったつもりだったが、皆の顔が引きつっていた。
お読みいただきありがとうございました。
名前が被るので、ガッドー→ウォルに変更しました。




