39裏方の気持ちを掴むことは大事
「本当に大丈夫なのか?」
「あの『馬鹿果報』だし大丈夫なんじゃないのか」
「今更言ってもどうにもならんだろ。祈ってろ」
『美食の奇跡』が口々に不安と諦めを口にしながらドナドナされていく。
シェートさんの良い話は最速で往復する手段として、『馬鹿果報』の新作馬車(大人数用)の試乗だった。シェートさんが本気で走ったときに車輪の強度が心配だそうだ。
ユーシルの村に宿泊も出来るので夕食は村で、しかも俺と顔見知りになったことで歓迎されるメリットも見込まれると話しをされると即決で話に乗っていた。
見込みはシェートさんの予想だから、俺は知らない。
「いってらっしゃーい」
見送りにだけ来ておいた。街の入り口なので常識的なスピードだ。見送られる方にも余裕がある。
行きのバラガさんに俺が耐えられたのは、前世にもっと速い乗り物があったからだ。クッションを持ち込んだし、心の準備も出来ていた。
自分で走っている方は何も思わなくても、乗っているだけの方は体験したことに無いスピードは辛い。彼らの腰が心配だ。
今日着いたところで明日出発になるかどうかは不明だな。帰ってきてからも休日の余裕を見た方が良いだろうな。
「せっかく故郷に帰れるのに良かったの?」
「あれに乗るくらいなら別の手段を自分で準備します」
「そうなの。確かに荷物運びには引く手あまただけど、人を乗せるのはあんまり聞かないのよね」
横で話しているのはフィリルさんだ。悪意のサブマスターによってギルドの牢に入れられていた。ご丁寧なことにサブマスターの部屋にこっそり作られた隠し部屋で誰も知らなかった。
あんな茶番が繰り広げられていたのに、責任感の強そうなフィリルさんがどこにもいないのはおかしいとプルと二人がかりでギルド内の捜索を行ったのだ。
ギルド職員たちの話を横耳で聞いていると、昼過ぎから急に姿が見えなくなったとのことだったし、その時点でほぼ確定だった。
目を覚ましたフィリルさんに聞いたところサブマスターに呼び出され、出された飲み物には手を付けずに話をしていたら急に気が遠くなってしまったそうだ。直前に座っていたところを調べてみると魔道具が見つかった。
詳しいことは調べないと分からないが、これが原因だろうとのことだった。大事を取って彼女はしばらく休暇を取ることになった。
今日は彼女にギルド職員から見た良いクエストや冒険者について教えてもらうことになっていた。
助けてもらったお礼がしたいと言われて思いついたことがこれくらいしか無かったのだ。実際に冒険者活動をしていたじいちゃんとばあちゃんに教えてもらっているので不足があるとは思わない。
立場が変われば見方が変わるように、知識を蓄えることにしておいたのだ。
「道具に関しては言うことは無いわね。色々と多めに持てるんだもの。その年齢でマジックバッグを持ってるなんて規格外だわ。おせっかいだったわね」
「これに関してはじいちゃんとばあちゃんのおかげです。感謝以外何も無いですよ」
「容量はどれくらい入るの?」
バレたらまず最初に聞かれる内容だ。事前に考えた今だから使える答え方をしておこう。
「結構入りますよ。詳しくは自分で試せ、と言われてまだ試してないです。もらったのも出発前日ですし」
「そうなのね。十分注意するようにね。目の色を変えて奪いにくるやつがいてもおかしくないものよ」
「ありがとうございます。渡される前にも言われました」
「この分じゃ私があなたに教えられることなんて無さそうね」
「そんなことないと思いますよ。ギルド職員から見た~ってのを教えてください」
そっちの方がメインなんだからそっちを教えてくれよ。視点が違う人の意見を聞きたいんだから。
「そうね。ギルド職員が優先してほしいのは食料と治療薬関連ね。いつ何が街に起こるか分からない。治安関係は領主の衛兵部隊が見回るかもしれないけど、非常時は冒険者がどう動くか分からないの」
「冒険者がどう動くか分からないって?」
「スタンピードは知ってるわよね?」
「魔物の氾濫ですよね」
「そうよ」
冒険者として知っておくべきことだとばあちゃんから教えられた。理由は様々だ。ダンジョンから溢れる。何らかの理由による強い魔物の移動。討伐の失敗での魔物の反抗。召喚魔術の失敗。異世界の神の侵攻。
理由として本当にそうだと判明していることから、疑わしいものまで。こればかりは確かめる方法がないので言い伝えしかない。
「スタンピードになったときにね。冒険者ギルドも街の防衛として緊急依頼をランク関係なくかけるの。人手はいくらあっても足りないから。それなのに脱走する奴がいるのよ。勝手知ったる何とやらで、どこに何があるか把握して、物資を奪って逃げるの」
「逃げ切れるものですか?」
魔物が数百から数千単位で押し寄せると聞いた。下手に逃げても捕まるのではないだろうか。
「余程のことがない限り街にいた方が助かるわ」
「それなのに逃げるんですか?」
「そうよ。浅いわよね。冒険者ギルドもちゃんと考えてるんだから」
他にも色々と教えてもらった。
☆クエスト系の会話☆
「常設ってあるけど、ずっと同じ値段ではないのよ」
「値段って変わるんですか?」
「冒険者になりたてだと知らないわよね。大量に納品があると下げざるを得ないのよね」
「その町の特産品は常設を見ると分かるわ。いつでも欲しいってことはそれだけ消費してるってことだから」
「たしかに。ばあちゃんは薬草持って帰ったらいつでも喜んでくれました」
「薬を作る方なのね。あなたも調合できるの?」
「それなりには習いました」
「常設だけに限らないけど、依頼書って依頼番号が書いてあるの」
「それは確かにありましたね」
「古くからあるものはそれだけ番号が小さいの。そういうクエストを受けてくれると冒険者ギルドは凄く助かるわ」
「F級クエストでもそういう場合は受けても良いんですか?」
「時と場合によるわね。受付で確認してもらうほうが良いわ」
☆素材系の会話☆
「解体の持ち込み限度ってあります?」
「もうそんなに狩ってるの?」
「今後の参考に…」
「解体担当の責任者が音を上げるまでは大丈夫。受付側は計算通りに計上するわ」
「マジックバッグがあるなら大丈夫だと思うけど、下手に解体を自分でするよりも丸々持ち込んでくれる方が助かるわ」
「プロに任せる方が良いってやつですね」
「そう!数を稼ぐために解体して持ち込まれても、依頼人が引き取ってくれないこともあるの。それなのに納得しない冒険者とかがいて迷惑だわ。そういうときは私が出ることになってるの」
「査定に納得いかないと何すると思う?受付前で脅してくるのよ」
「それって現行犯ですよね」
「そう!冒険者ギルド内でよ。強い人材ならいくらでもいるってことも想像できないの。困るわ」
「一番困るのは指定した植物の『根』が欲しいって書いてあるのに、『葉』だけ持ってきたり、『根だけ』持って来なかったり」
「植物の名前だけ見て判断してるんですね」
「ちゃんと依頼書を読んでほしいわ。どんなことすると思う?そういうやつほど!」
「受付でうるさい…」
「そう!」
☆10歳にする話じゃないよ?って会話☆
「ギルド職員になるためには試験があるのよ」
「…そういうのって俺に言っていいんですか?」
「試験があるとしか言ってないもの。全員ではないけど冒険者だった時の実績と人柄ね。冒険者時代からキチンとしてないと就職できないわ。それにクーロイ君は事務も出来そうだし、ギルド職員になってほしいと思うな」
「まあまだ先ですね。で、なぜギルド責任者になれたか分からない奴らを2人ほどいたんですけど」
「あれは2人とも特殊例よ。ガンドは実力はあった上に血縁のコネで、ネイスはきっと賄賂よ。仕事が出来れば文句は言わないんだけどね」
「クーロイ君10歳だっけ?」
「そうです」
「10歳か~~…」
「受付嬢って冒険者のやる気を引き出すために可愛い子とか美人を置くことが多いんだけど」
(自慢か…?)
「女は表情読むからね。今のはアウトよ」
(ヒッ…!)
「クーロイ君は10歳だから大目に見てあげる。何が言いたいかっていうと、顔だけ見て近づいてくる馬鹿がいるのよ、そういう時はね…」
(いつのまにかフィリルさんが酒を飲んでいる件について。いつから酒になっていた?)
「休みの日のお酒って美味しいのよ。しかも昼から飲むのってたまらないわ~」
フィリルさんもさすがに子どもの前で前後不覚になるまでは飲まなかった。良い気分になったところで解散となった。
帰途に着きながら内容を思い出すと色々とおもしろい話を聞くことが出来たと思う。悪いことをしない限りは冒険者ギルドは助けてくれる。正直信用度が下がってたけど、少し安心した。
あと、女性は怖いことと決して調子に乗ってはいけないということは良く分かった。
奢ってもらった昼ご飯にはユーシル村の野菜が使われていた。故郷のものは心安らぐね。
あれ?途中から愚痴聞くだけになってなかった?
お読みいただきありがとうございました。




