30ある男の独白
俺の名前は…。いや俺のことは気にしないでくれ。ホーグラッドの街で冒険者をしていた若造だと思ってくれたらいい。一応成人はしてたんだぜ。だが、自分で言うのもなんだがあまり強くなかった。
そんな俺の今まで、特に変われた日の話を聞いてくれるかい。
☆ ★ ☆ ★ ☆
家業を手伝うのが嫌で家を飛び出してきた。親父も兄貴も才能があるから俺が継げとか言ってきた。俺は才能があるって言われても嫌いだった。
いつも鉄を叩くばっかりで家のことなんか全くしない親父に、鈍らしか打てないのに楽しそうにする兄貴。お袋も説得してきたけど受け入れられなかった。だから俺は家を飛び出した。
家を飛び出してまで家業と同じことはしたくない。商人になるほど賢くもない。他に選択肢もないから冒険者で日帰りで出来る仕事で何とか生きていた。
前日に割と珍しい薬草を見つけることが出来たから一日休みを取ることにした。毎日働いていてしんどかったんだ。
でも、一日休むからって寝ているだけでは何も変わらない。だからギルドの鍛錬場で剣を振ることにした。
ここには嫌な思い出がある。ディース・サンドバにボコボコにされたからだ。あれで恐怖を植え付けられてしまった。
今日は講習会がないようで、誰も使っていなかった。剣を振るだけなら無料で良いと許可を受付でもらって鍛錬場に入った。
まだ余裕があったときに、ギルド主催の剣術講習のときに一通りは剣の振り方は習った。貸し出しの木刀だが重さもしっかりしている良いものだ。
そう思いながらひたすら振っていた。講習会では「今までの中で一番へっぴり腰だ」と言われてしまった。
剣を作らせたら才能はあるが、使う才能は俺には無いらしい。ただ、無くても成長すればいつかは強くなるはずだ。強くなってやる!
昼前から始めたが、気づけば夕方前の時間になっていた。金があまりないから昼飯は食わない。
ただ、さすがにずっと動いていたから腹が減ってきた。少し早めに晩飯にするのも良いかもしれない。
依頼書を見て明日以降のクエストを何を受けるかを決めていくのも良いだろう。
ずっと剣のある環境で育ってきた。木刀とはいえずっと触っていると気分転換はできるもんだ。また明日からがんばろう。このままで良いかは分からないが…。
さすがにそろそろ切り上げようと、体の汗を拭きとり、木刀を戻した時だった。
聞き覚えのある声が入り口から聞こえてきた。ギルドの受付にいるはずなのに、ここまで声が聞こえてくる。
この声はあいつだ。俺の心を折ったやつ、ディース・サンドバ!
こちらに来ないように願っていると、子どもを片手で持ち上げたまま鍛錬場に入ってきた。
「ビビるなよ。ガキが。ここのギルドに来たらこの俺様に挨拶に来るのが習わしなんだ」
「そんなことは知りません。知り合いが登録だけならすぐに出来るからと連れてきてくれただけなので」
「じゃあ、その知り合いを恨むんだな。常識を知らないやつには優しく教えてやるのが俺の役割なんだ。そこのお前!大太刀を持ってこい!」
お、俺のことか。気が付いた時には震えながら言われた通りに渡してしまった。
何をしているんだ…?
自分の身の可愛さのためにあんな子どもを打ち倒すための棒を渡してしまった。こんなことをするために冒険者になったわけじゃないぞ!
始まる前に止めなくては、と思って声を出そうとしたときにはディースが振りかぶって子どもに襲い掛かった。
当たると思って声を出そうとしたときには振り下ろされていた。
子どもは立っていた。
何だ?俺は避けられなくて、そこから滅多打ちにされた。あの時の痛みは覚えている。忘れられるものか。
その痛みを与えるはずの大太刀は一度も当たることなく、するすると避けられている。あの子どもは何者なんだろう。心配などする必要が分かったころには5分ほど経っていた。
呆然と見ていた。ディースはこの街の冒険者では3本の指には入る強さだ。だが、乱暴者で制御が効かない。サンドバと言えば有力な貴族の家だと聞いたことがある。
暴力と権力を持った奴になんて逆らえるはずがない。そのはずなのにあの子どもは立ち向かっている。
しかも俺でも分かる。あれは厳しい鍛錬を積んだ動きだ。才能もあったかもしれないが、あの動きは簡単に身に付くものではない。
強い冒険者の動きは親父の店に来た客を見て知っている。試しに振り回していた姿をみて憧れたんだ。だから冒険者になってみたんだ。
あの子は…すごい。
入り口から叫び声が聞こえたとき、ちょうど子どもはディースを倒した。一撃だった。
ああいう強い男になれるか?一度本物を見てしまうと、自分では届かないことは分かってしまう。あがいた後だから分かる。
あのかわす動きも、一撃の重さも俺には真似できそうもない。
ならば、俺には何が出来るかを考えたとき、親父と兄貴のことを思い出した。
そうだ!本物の冒険者が使う武器を作れる男に俺はなる!いつかあの子どもが俺の店に来るくらいに俺は世界一の鍛冶師になってやる!
はっと気が付いた時には子どもはいなくなっていた。受付嬢のフィリルさんが連れて行ったのだろう。だが、今は俺は何者でもない。
あの子と話す資格などない。一刻も早くあの子の強さに見合う鍛冶師になるべく、一度でも多く鎚を振るわなければ!
そう決めた俺はすぐに荷物をまとめて家に帰ろうとした。しかし、
「夜中に出発する奴があるか。せめて明日の朝になってからにしろ」
と宿のおやじさんに怒られた。
実家に帰ってからは、まずは親父にも兄貴にもお袋にも土下座した。三人とも待っていたと喜んでくれた。俺はこんな人たちの言葉を聞かなかったのかと涙があふれてしまった。頭をすぐには上げられなかった。
翌日から必要なことからまずは学んでいった。毎日腕が上がらなくなるほど鎚を振るった。もらった給料は全て材料や研究のために使った。何かする時間があればどうすればあの子に見合う武器が作れるかを考えた。
あの子が使うのは剣とは限らない。確かに剣は持っていたが、まだ成人前の年齢だ。成長するにつれて扱う武器を変えることもあるかもしれない。あれだけ強い子だ。仲間になる者もきっと強いに違いない。
あの子だけでなく、あの子の仲間にどんな武器を注文されても良いように研究しておこう。
防具も注文されるかもしれない。自分が作れなくても、どんな戦闘スタイルかを選択するかは分からない。防具からお勧めの武器を伝えられるように研究しておこう。
身に付けるアクセサリーにも能力が強化されるものがある。ダンジョンから見つけ出されたものが多いらしい。どんなものがあるのか研究しておこう。
いくら時間があっても足りなかった。
そうやって、毎日を過ごしていた。親父にも腕を認めてもらった。材料の調達や売買については兄貴ががんばってくれた。お袋は兄貴の嫁さんと俺の嫁の当てがないかをよく相談していた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「あの子は冒険者として活躍しているだろうか」
ふと一言漏らしてしまった。休みの日だって看板を出しているのに入ってきた客が来た。少しだけ見させてくれと請われているうちに、武器ではなくするすると話を引き出されてしまった。面白かったと言って出ていった後に久々にあの子のことを思い出していた。
あのとき、名前を全く聞かなかったことを後悔していた。覚えているのは黒髪であることとスライムを連れていたことだけだ。
よく考えたら冒険者の情報に関しては全く集めに行こうとしていなかった。
いつも鍛冶のことばかりで、直接冒険者と話すことは少なかった。話してもその冒険者にどの武器が良いのかという相談だけだった。
あれだけ強いのだ。有名になっているに違いない。そうに違いない。今日は店が休みだ。俺も久しぶりに鍛冶以外のことをしよう。黒髪でスライムを連れた冒険者がいないか聞いてみよう。
そう思った時、店の扉が開いた。
「すいませ~ん。お休みって看板が出てたんですけど大丈夫ですかね。このお店の鍛冶師さんがすごく腕が良いって聞きまして。中に人がいたんで予約だけでもと思ったんですけど良いですかね」
頭にスライムを乗せた黒髪の冒険者が店に入ってきた。
書き出したら止まらなくなった大太刀を渡したお兄さんの話。今までで一番短い時間で書けました。いつ再会するかは不明ですが、すぐではないですね。
お読みいただきありがとうございました。




