21ルウネ
森に入って4日目の朝。今朝の天気は霧が深い。せいぜい10メートル先が見えるくらいだ。空気が冷えて寒いくらいだ。高度も上がっているのだろうか。山を登っている感じはしなかったが。
正直、だんだん焦ってきている。全く手がかりが無い。周りを確認して魔物が近くにいないことを確認する。プルが眠る必要が無いので見張りをしてくれているが自分でも再度確認した。
生えてきている木は直径が10メートルを超えるものがちらほらそびえたっている。多少離れて見上げても先が見えない。
魔力を含んでいるのは分かるが、世界樹が群生しているとも思えないのでここらにあるものは違うのだろうと思う。
「おはよう、プル」
少なくとも三日三晩は活動しているはずだが、全く衰えた様子が無い。きれいな青色にも変化無しだ。……本当にすごい奴だ。
その分魔石は欲しいと言われるまま与えている。といっても一日一個が三個になっただけなので、大きな変化は無い。省エネが過ぎる。
頭の中でプルを褒めていると、触手の一本を出して指し示していた。
「そっちの方向に何かを感じるってことだな。俺よりも察知が得意だからな。それでいこう」
いつまでも同じ場所にいても面倒なことになるので、さっさと出発だ。コレクションルーム超便利。
荷物をまとめて走って移動する。しばらく進んでいくとようやく手がかりが掴めた感覚がしてきていた。
「なんかスッキリした魔力を感じて来たぞ。しかし霧が深い」
足元の確認は出来るが手の届く範囲ですら霧で真っ白になっている。霧と表現するしかないが、全く服は濡れていない。
確信をもって近づいてきている分、止まる気がしないだけマシだった。
「3日間がんばって良かったよな」
プルが頭の上で相槌を打っているのを感じながら歩いていくと、スッと霧が晴れた。その先には今朝見た木よりもパッと見ただけで幹も太く、高さは変わらず天にも届こうかという高さで聳え立っている。
目的のものをようやく探し当てることが出来たようだった。
「やった~。……って帰りも同じだけかかるなら早いところまとめた方が良いな」
「その心配はない」
「誰だ!?」
気配も敵意も魔力も感じなかったため、いきなりかけられた声に驚いた。プルも同じようだった臨戦態勢に入っている。
「いきなり声をかけてすまないね。久しぶりの話し相手なんだ。落ち着いて話していかないか?」
話しかけてきたのは鮮やかなエメラルドグリーンの髪を肩までの長さをしており、眼は切れ長で色は髪と同じエメラルドグリーンをしていた。顔の感じからは人族だがかなりの美形だ。
表情は人好きのする笑顔を浮かべている。服装は村で着ているのとデザインは変わらないが、生地は質の高そうなものを使っている。
身長は人間としては普通くらいだろう。こんなところにいるのが普通の人間なわけがない。とはいえ6歳のクーロイよりも頭2つ分くらいは高い。
いきなり現れて人物を観察していたが、こちらのことは声をかける前には観察し終えていたようだ。
返事が無いことを不思議そうにしている。
「話す時間もないのか…?」
「じゃあ先にあなたが誰かってことと、心配ないってどういうことか教えてくれるか」
「初対面だったな。久しぶりすぎて自分の気持ちが先に出てしまったような。失礼した。私の名前は、そうだな…。ルウネとでも呼んでくれ」
「ルウネさんか。俺の名前はクーロイ、このスライムは俺の相棒でプルって言うんだ。よろしく」
ここから敵対関係になることは無さそうだと判断して、警戒を解く。友好の印と握手をしようと右手を差し出す。しかし、ルウネは不思議そうに手を見る。
「それは何だ?」
「握手だよ。友好関係を結ぶための挨拶だよ。村ではそうだったけど違うのかな?」
「お~。友好関係を築こうというのだな。そうしよう。よろしく頼むぞ」
ぶんぶんと思いっきり振ってくる。痛くはないが、思ったよりも元気ではあるようだ。
「それで心配ないって話を聞いても良いか?」
「お前も分かっているかと思ったがな。帰るのは半日かからないぞ。クーロイが森の中をさ迷ってあきらめないから霧を出してここに導いたのだ。帰るだけならすぐだ」
「やっぱりそうなんだな。あ~色々納得した」
「何としても辿りつくという気概は中々骨があって良いな。年齢に見合わない。一体どんな育ち方をしたらそうなるんだ?本当に人間か?長命種なのか?」
久しぶりと言っていただけあって、話し出したら止まらなくなりそうだ。先に自分の用事を終わらせるべく、大声で制して要件を伝える。
「俺がここに来た目的は、毒を飲まされて苦しんでいる村の人たちを助けるためだ。世界樹の樹液があれば解毒できるということを聞いた。
現状何の毒かが分からない状態だから、一発逆転を狙って取りに来たんだ。ルウネが管理しているのであればもらいたいんだがどうだろうか」
こちらの状況を伝えると、腕を組んで考える振りをしながら話し出した。
「そ、そうか~。命がかかっているとなると長居はできないな~。し、しかしだな~。
…そうだ。世界樹の樹液は貴重なものなんだ。そう簡単に渡すわけにはいかんのだ。こちらの条件を飲むのであれば譲ってやらなくもないぞ。どうだ?ん?ん?」
完全に今思いついたようなことがバレバレであるが、本人はこれで通ると思っている表情だ。ちょろすぎないですかね。何歳だよとツッコミたい。
だが、相手が完全に条件を握っている。出される条件も何となく予想がつく。一応答え合わせをしておく。
「条件を先に言ってよ。6歳児にとんでもない条件出されても困るからさ」
「ん?条件か。えぇ~~…、そ、それはだな~~」
「言いにくいとかいらないから。早く帰れるなら早く帰りたい状況だから」
「お、お前本当に6歳か?人族の6歳ってもっと可愛いものではなかったか?」
「は、や、く、言、え」
強気で押すと顔を真っ赤にして焦りながら叫んだ。
「村の騒ぎが済んだら、またここに来て私の話し相手になれ!」
「一生とか言わないな?」
「いくら何でもそんなことは言わん。1か月に1回、いや何なら1年に1回でも構わないぞ」
「ん~。俺自身はもしかしたら村から旅に出ることを決めているからいつまでその条件を守れるかは分からないぞ」
「そ、そうなのか。まあそれなら旅に出るまででも構わない」
残念そうにうなだれた。見えるぞ。この世界に転生してから5年以上。こいつには無いはずの獣耳と尻尾が垂れているのが!
「ここに自由に来れるのであれば俺の代わりに来てくれそうな人はいるから。何にせよ、現状を打破したら少なくとも俺は来るよ」
「そ、そうだな!また来てくれるだけでも嬉しいからな」
よほど今まではここに誰も来なかったのだろう。頻度が1年に1回で喜ぶとかハードルが低すぎる。
今まで何年の間、誰も来ないままだったのだろう。少なくとも30年以上は確実か。
「よし!そうと決まれば、すぐに世界樹の樹液を渡そうではないか。何か容れる物はあるか?」
「ああ!ありがとう!どれくらいもらえるか分からなかったから、サイズは色々持ってきているんだ」
「色々?どこにだ?」
何を馬鹿なことを言っているんだ?という表情を浮かべたルウネ。せっかくだから驚かせてやるよ。
「コレクションルーム」
扉が現れた時点で声が出なくなり、中の収蔵品を見て引いた。あ、散々狩ったもの(未解体)が入れっぱなしだった。急いで扉を閉めた。何食わぬ顔で中から桶をいくつか出した。
「どこから聞けば良いのか分からん」
顔はひきつらせて緑色が薄くなったルウネが呟いた。
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