18投げ込まれた波紋
町に買い物に行ってから2か月が経過した。カレー作りはいきなり上手くはいかない。せいぜいカレー炒めが出来たくらいだ。
クーロイが作るよりもクロエミが作った方がおいしいのは悔しい。しかし、香辛料を複数組み合わせるという発想はなかったようで村の中で流行していた。
ただでさえ獣人は嗅覚が鋭い。しかし、味覚は人族と同じだった。今までにない刺激的な味と香りが非常に受けていた。
しかし、作ってしまうと他の家まで香りが広がってしまう。クーロイが試作してから2週間後には香辛料をたっぷり使った料理は日を決めて作られることになった。
曜日感覚を忘れないための工夫と同じだなと思った。5日ごとに作ることになったが、カレーの日の翌日から、あと4日…と呟く者も出てきた。
更においしくなると、パン、ナン、米などの炭水化物の付け合わせを教えた。
ただ、米だけは身近に無かったようで差し当たってパンの需要が飛躍的に高まった。
今まで獣人の村ではあまり見向きをされていなかった農業系のスキル持ちが重要視されるように変化した。
どちらかというと草食動物の獣人は狩猟が出来ずに、少し肩身は狭かったが、村の中で応援される存在になったのだ。
畑を広げることになり大変だが、今までもよりもやりがいを持って取り組めるとわざわざ言いに来てくれたものもいたそうだ。
クーロイは香辛料の材料になる植物の場所を聞いて森へ行っていたのでクロエミから聞いただけだ。
直接言われるのは恥ずかしかった。由来を説明できないのもあるが、前世の研究者全員の成果をかすめ取ったように感じたからだ。
1か月も言われ続けると、次からは名前を伏せることを決めて心に蓋をすることにした。
そんな日に今日も狩りへ向かおうとしたとき、家に駆け込んでくるものがいた。遠くからクロエミを呼ぶ声をしていたので、玄関で迎え入れた。
「クロエミさん!大変だ!!来ててくれ!」
尋常ではない様子にクーロイはクロエミを大声で呼ぶ。家の外で話を聞くことになった。
「バディとレフォの家のやつらがとんでもない熱を出しているんだ!」
バディとレフォは2人とも牛の獣人だ。畑仕事がいそがしくなったと嬉しそうにクーロイに伝えてくれた夫婦でもある。
それを聞いて薬師道具を一式揃え、牙丸が荷物のほとんどを持ち、一緒に行こうとしているところに、また別の女がやって来た。
アカヅメと一番仲の良い虎の獣人コウガを連れた母親のスーラだった。スーラ自身も体を重そうにしており、顔も赤くなっているが何とか子どもだけでもと思い連れてきていた。
「牙丸はスーラさんを背負って!村長に集会場を開放するように言って。クーロイは牙丸に付いてコウガくんを!私は先にバディくんの家に行ってくるから!」
真剣な表情に切り替わったクロエミは指示を出して先に走り出していた。状況は掴めずともひとまずは指示通りに動いた。
そのあとに分かったことは、多くの村人が高熱を出して動くのが難しい状態になっていた。
要請通りに開放された集会場に熱を出して動けない人たちを次々と運んで行った。それ自体はすぐに終わり、ほどなく共通点が分かった。
「村の西側に住んでいる人たちばかりじゃないか…?」
誰かが呟いた。集まっていたうちの一人が真っ青な顔になった。
「確かめたいところがある」
と言い出し、3人ほどが村の西側に向かっていった。クーロイはそれを見送り、自分用にため込んでいた薬草が役に立たないか後で見せるように種類別に出して整理しておいた。
こうなると村民は一致団結するのは早かった。東側の住民たちも家畜や農作物の世話は交替で世話にまわった。
村全体で食事も作ることになり、各家から食材を持ち出し炊き出しが始まった。
動ける子どもたちも薪や食器を運んだりとそれぞれが出来ることを行っていた。
そうこうしていると西側に向かった男たちが桶を1つ持って帰ってきた。そして集会場の入り口で1人だけが中に入り、患者の様子を見ていたクロエミを呼びに
持っている桶に黒い靄が見えたクーロイは自然とその集まりの近くに寄っていた。近づくと桶からイヤな感覚が強くなる。
「井戸から汲んできたが、何かいつもの水と違うんだ」
「西側には井戸が1つしかないから原因がこれじゃないかな」
「クロエミさんに見てもらうのが一番じゃないかと思って。ほんの少しだけ持ってきたんだ」
持ってきた桶を覗きもせずに、クロエミは溜め息をついて礼を言った。その後の指示として桶に入った水は元の井戸に戻し、手を石鹸を使って洗い、清浄の魔法をかけてもらうように言った。
他の手の空いている男を集め、汲んできた桶を始め西側で水汲みに使っていたものは全て焼却処分することを話した。
いつのまにか近くに来ていた村長もすぐに動くように指示し、子どもは西側に行かないように厳命した。
クーロイはクロエミを捕まえるタイミングを伺い、隠れて食べようとしていた晩ご飯のときに捕まえた。
「ばーちゃん」
「クーロイ。ダメだよ」
「ダメなんて言葉で止まるわけないでしょ。今動けるやつが動かないと。俺の中身は大人だ。手駒として必要なことを言い付けてくれ」
30秒ほど睨み合いをしたが、クロエミが折れた。
「あなたの察しの通り、井戸の水には毒が入れられているわ」
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