102帰り道
正気に戻ったところで説明タイムだ。ただ、サイラさんには魅了状態でも意識があったそうだ。言われたことに逆らうことも出来ないがある程度の調節は出来ていたらしい。
だから理不尽なことを言われそうになったら従うふりだけして隠れて何とかしていたそうだ。それで誤魔化される方もおかしな話だが。槍男にも確認したところ女性が苦しむことはしてないそうだ。
まあこのまま戻ったら危険だったかもしれないんだろう。もし、何かしてたらこの場で殺してたよって言ったら少しだけ青くなってた。
針をさした槍男が未熟なのか、サイラさんが前衛の割に魔力の扱いが優秀なのか。たぶん両方だろう。そういうわけで詳しい説明はエスロンさんだけ、大まかな全体像と今後については2人ともに話していた。
結局残りの2人も反抗は諦めた。こっちの方が人数も多いし、一人の戦力も高い。これで勝てると思う方が難しい。
おそらく冒険者資格は剥奪の上で何か罰則をかけられることになるだろう。労役かなぁ。ある程度の無茶が利く人材を牢屋の中で腐らせるなんてことはしないだろう。骨の髄まで役立たせるのが筋だと思う。この国の法律なんて知らないけれど。
さて、のこる困った課題は森林虎だ。本来は17階層から下で生きる魔物である。このまま16階層を突っ切るだけでも、何かの影響が出そうだし地上に連れて行くなんてもっとごめんだ。判断が付かない。というわけで、少し離れたところに行く。
「白猫様、もしくは白獅子様~」
「そろそろ呼ばれる頃合いだと思っていたぞ」
「話が早くて非常に助かります。それでダンジョンの秩序としてはどうなんでしょうか?魅了を解くなら俺たちだけにしてからの方が安全ですし、17階層に戻して解放するのが良いんですかね」
思いつく限りの話を伝えるが、白猫様は思案顔だ。一頻り考えた後、こちらを見上げると一言話す。
「そのまま連れて行ってはどうかね?」
「はぁ!?」
選択肢として考えなかったわけではないけれど、まさか提案されるとは思わなかった。
「基本的には弱肉強食が本能の世界だからの。それに逆らって襲う理性のものが圧倒的に多いが、魅了されたことで知性の拡張が出来ているだろう。魅了を解いてもいきなり暴れることの無いよう我もいるので、試してみてはどうかな」
「ちょっと整理させてください」
ダンジョンの管理者が言うことなので、そのままセーフティエリアで行うことにする。十分に離れさせておいて、魅了を解くべく魔力の解除を行う。この時点までは特に問題はない。
次の衝撃を与えることが問題だ。衝撃を与えつつ、かつ迅速に離れて反応を見なくてはいけない。
離れて見ている人たちもなにかあったときに逃げ出す姿勢になっているやつと加勢に出られるように構えているのとに分かれている。面白いのは槍男が加勢に向かえるように構えていることだ。
伏せの状態で横たわっている森林虎に向き直り、闘魔纏身状態になる。
「よし、いくぞ…」
宣言の後、顔面をパーではたく。すぐに目を離さないまま距離を大きく取る。
森林虎は大きな反応も無いまま、しばらくじっとしていたが、ゆっくりと立ち上がる。そのまま待機の方に向かってゆっくりと歩いていく。
戦いもせずに闘魔纏身状態は厳しいので解除した上で、そちらの最前線へと移動する。こういった時に仕事をするのは気配察知だが、特に何も感じることはない。
森林虎が身を隠すことも、攻撃の意思を見せることもなく、ゆっくりと近づいてくる。誰を目標にしているかといえば槍男、いい加減名前で呼ぼうか、オスバの方に向かってきている。
5メートルほど目の前に来る頃には言葉で説明せずとも全員が臨戦態勢を解いていた。
オスバが近づいて頭を撫でようとすると、森林虎は少し頭を下げて撫でやすいようにする。
「言うた通りじゃろう?」
「いや、まあそうなんですけど」
周りに人がいるので話しかけるのはやめていただきたい。泣いて森林虎にしがみついているオスバ以外の面々がめっちゃ見てます。
「そもそも魔物が立ち入れないところに入った時点であの森林虎の在り方が少し変化しておる。そこに状態異常とはいえ命令やら魔力やらが影響してただ襲うような魔物ではなくなったと言ったところか。あとはその人族の男に少しだけ魔物を操るスキルがあることも影響しておるのぅ」
「後から色々出してきますね」
「最初に気づけ。Aクラスの魔物が1つの状態異常だけで完全に支配下に入ることは無い。最初の状況で命を救われた男の感情に森林虎が共鳴してしまったのだろう。殺した相手もずっと付き纏っていたイヤな相手ということもあっただろうが」
魔物でもイヤイヤ組まされることがあるんだなとか、そもそもそのペアにしたのは横の白い獣ではないだろうかとか、考えてしまうがやめておこう。
なんか余計に疲れる事態になりそうだから。
☆ ★ ☆ ★ ☆
もう帰っても大丈夫かなぁと周囲を確認して、16階層を移動することにした。逃げられないように下手人3人は森林虎の上に乗っている。オスバは森林虎が唸るので縄で縛っていない。
エスロンさんとサイラさんは装備はそのままだったので、特に問題無く俺と一緒に走るそうだ。エスロンさんが一番遅いのでそのペースに合わせている。
ただ走るだけは暇なので、察知系と使って、探知に引っかかった魔物にはスキルレベルが上がるように風魔法を始めとして攻撃、ドロップ回収で忙しくさせてもらっている。
白獅子様に怒られるようなことではないはずだ。移動中だから大して量は多くないし、呼び集めることもしていない。
同行者には引かれているが。半分ほど進んだところで休憩を取ることになった。自然と2人と話すことになる。
「D級とは思えないね。僕なんか走るだけで精一杯なのに」
「長距離を移動することが多いので身軽にしてるんですよ。基本ソロなので受けるよりも躱すことに重点置いてますし」
「その年齢でソロで、そこまで動けるのもすごいよ。一応若手の有望株と呼ばれていたんだけど、これを機会に鍛え直さないといけないな」
エスロンさんはやはり凄腕と呼ばれるだけはある人だった。それに爽やかだ。
「D級なのは年齢が原因かい?ジュコトホに住むならパーティ組まないかい?」
「王都住まいなんで、あと数日で帰る予定なんですよ。またすぐにこちらに来ようとは思っているので」
「残念だねぇ。ようやくあたいもパーティを組んでも良いかと思えるやつが出てきたっていうのに」
「女性ばかりのパーティと組むのではなかったんですか?」
「誘われていたけど、なんであんたが知っているんだい?」
ギルドで聞いた事や、二人が普段受けていたクエストを受けたことで違和感があって、ここに繋がっていることなども話す。
「不思議な縁もあるもんだね。人助けをしていたのが自分の命を救うことになるなんて。良ければクーロイ君も一緒に孤児院に顔を出しに行かないかい?クエスト関係なく行きたくなったよ」
「ええ。構いませんよ。ぜひ」
「男二人だけでずるいぞ。あたいも行くぞ!」
「それはエスコートさせて頂かねばなりませんね」
「そ、そんなかしこまらなくていいよ。むずがゆくなるよ!あとできればあたいの贔屓の薬師も紹介するよ。ここでは良い値段で良い薬を売ってくれるからさ!」
俺が王都に帰る前に間に合えば3人で、間に合わなければ2人が先に行くことになった。今回の後片付けが早く済めば良いな。
そんなに変わるわけではないが、善は急げと休憩を終わらせて出口へと向かうことになった。
転送陣に到着して、ダンジョンの入り口に戻るころには深夜だった。
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