転生してハイエルフになりましたが、スローライフは120年で飽きました
人の欲、僕の欲
貿易は国を富ませて発展させるとても有効な手段だが、時に国を亡ぼす刃ともなる。
ミンタールから西へと向かう船団に乗せて貰った僕は、好奇心の赴くままに船内をうろつき、船底の積み荷の山を眺めながら、不意にそんな事を思う。
もちろん船が積み荷を満載してるなんて当たり前の話で、前の船、スインの船だってそうしていたし、今更ではあるのだけれど……。
やはり国が船団を組んで貿易に派遣するような大型の船が、積んでる積み荷の量は尋常じゃない。
しかもこの一隻でなく船団を組む他の船も、護衛の戦艦以外は同じく積み荷を一杯に積んでるのだろうから、もしも全ての船が一斉に荷を下ろせば、一つの港町くらいはミンタールからの荷で埋まってしまうんじゃないだろうか。
なんて、そんな馬鹿な事も考えてしまう。
だが港町が物理的に荷で埋まるのは冗談だとしても、それが経済的な話になれば、あながち冗談では済まないのかもしれない。
僕の目の前にある荷の一部は、東部で生産される茶葉だという。
ここ最近、小国家群やルードリア王国等の中央部諸国では、急速に茶を飲む習慣が広がっているそうだ。
以前は一部の貴族や金持ちの贅沢だったのが、東部から大量の茶葉が運び込まれる事で一般の民衆にも広まったのだとか。
一般の民衆にも広まってるなら、茶葉も一級品という訳ではなくて、それなりに値段も抑えられているのだろうけれど、しかし茶葉は軽くて運び易い。
仮に船団の積み荷が全て茶葉で、それを中央部の港町で全て金に換えたなら?
それこそ、港町を買い取れるだけの金になるかもしれない。
物理的には埋まらずとも、港町の経済が、他国の金に埋まって屈する事は、もしかしたらあるのだ。
ミンタール程の強国が派遣する貿易の為の船団とは、そういう存在であった。
また茶は嗜好品にして刺激物でもあるから、一度飲むのが習慣となれば、需要が尽きる事もないだろう。
つまり船団が派遣されるたびに、それだけの金が中央部からミンタールへと流れていく。
もちろんミンタールも単に金を持ち帰る訳でなく、中央部で生産された品々を仕入れる筈だから、そこまで単純な話ではないけれど……。
中央部の品々が、ミンタールから流れてくる品々の価値に、需要に伍する事ができなければ、やがてミンタールのみが肥え、中央部の諸国がやせ細る未来もあるかもしれない。
当然ながら、逆のパターンもあり得るけれども。
僕が前世に生きた世界でも、貿易の黒字や赤字に大きな騒ぎが起きてた気がする。
そういった意味で、国を富ませて発展させるとても有効な手段だが、時に国を亡ぼす刃ともなるのだ。
コントロールの利かない、欲の刃に。
欲が人を滅ぼすのは、決して珍しい事じゃない世の常だから。
まぁでも、今の僕の欲としては、この荷として積まれてる茶の味が知りたい。
頼んだら、飲ませてくれないだろうか?
茶葉なら金を出せば売ってくれるだろうけれど、茶葉だけでは茶は飲めない。
沸かした湯に、急須やらティーポットなんかの茶器も要る。
カップだってそれ用の物があった方が良いだろう。
それから茶葉に応じた茶の入れ方の知識に、茶請けの菓子なんかもあれば最高だ。
船の上で何を贅沢を言ってるんだって感じではあるけれど、飲みたいと思ってしまったのだから仕方がなかった。
茶に使う水は船の上では限られた物資だが、僕は水なら幾らでも用意できる。
ならば船長に話をすれば、もしかすると茶を淹れてくれるかもしれない。
自分の船が取り扱う商品なのだから、その扱いに関する知識くらいは、船の長なら備えてる筈。
少なくともスインなら、自分の船に積んでる荷に関しての知識は持ってた。
じゃあ一つ、この船の主の器を見に行こう。
自らが扱う商品の知識があるか否か。
僕に美味しい茶を飲ませてくれるかどうかで、船長に対する評価は決まる。
もちろんその評価が低かったとしても、船長には何の不利益もないけれど。
僕の中央部への船旅が楽しいものであるかどうかには、やはり船長の人柄、器はとても関与するところが大きい。
少しばかりの期待を胸に僕は船底を出て、波に揺れる船の中を、船長室に向かって歩く。