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異変

 朝6時。

 ワンルームに鳴る携帯の目覚まし時計が、心地よい眠りから意識を引き上げる。


「ふわぁぁ………………もう朝かぁ……」


 怠惰にもゴロンと布団から転がり出た私は、眠い目をこすってカーテンを開けた。

 差し込んできた明るい日差しがポカポカと暖かい。

 それからカラカラと半分だけ窓を開け、ひんやりした新鮮な空気を吸い込み、いつも通り裸足で台所に立った。


「ふわぁぁ。今日もお天気で良かっ……えっ、あれ? 水が出ない?」


 蛇口を捻ったのに水が出て来ない。

 覗き込んでも水は出ない。

 水道代はきっちり払っているはずなのに、意味がわからん。


「おーい、どうしたー。凍結したか? って、9月に凍結するわけあるかぃ! ……ったく、おっかしいなぁ。断水かなぁ。大家さんのお知らせはなかったと思ったけど」


 ……見落としたのかな。


 私はブツブツ独り言を言いながら、冷蔵庫の牛乳パックを手に取りコップに注いだ。

 そしてぐびっと一気に胃に流す。


「プハッ、んー美味い! やっぱり別海べっかい牛乳は最高! 最高オブ最高!」


 篠崎くらら。

 一人暮らしが長すぎて、家にいる時はいっつもこんな感じ。

 セルフボケツッコミが習慣になってしまった、絶賛彼氏募集中の31歳。


 ここは牛の東京、別海べっかい町。

 北海道の東にあるとてものどかな場所で、私は牛の獣医師をしている。


 人口1万5千人に対し、飼育されている牛の数は11万頭。牛乳の生産量第一位の北海道の中でも、ダントツに牛が多い。

 だから牛の東京と呼んでいる。


 しかも、別海の水の水源は摩周岳ましゅうだけの湧き水だ。


 美味しい空気に美味しい水、豊かな自然。

 ここで育った牛から絞る牛乳が美味しくないわけがない。


 牛乳を飲んで大きく伸びをした私は、いつものルーティンでトイレへ向かい、ドアノブに手をかけてハタと気がつく。


「ん……? 待てよ。水が出ないってことは、トイレも流せないんじゃない⁉︎」


 予想通り、トイレのレバーをひねっても水は出なかった。

 カラカラと虚しい音が個室に響く。


「うおぉぉ、まじかぁぁ! なんでこんな時間に断水なんかしてるんだよぉぉ! って言うか、なんで牛乳飲んじゃったんだよぉぉ!」


 トイレの中で地団駄を踏んでいると、牛乳で刺激されたお腹が悲鳴をあげ始める。


「ちっ、まずい」


 私は壁の時計を見た。

 ここから一番近いトイレは会社のトイレだ。

 通勤時間は約10分か……。


「帰ってきてブツが残っているのは、嫌だ。篠崎。お前は大学の時、授業中にトイレに行くのが恥ずかしくて45分も耐えたことがあるな。10分なら余裕のよっちゃん。即刻出勤するべし」


 自分に司令を出した私はここで声色を変える。


「……よっしゃぁ、ガッテン承知ぃぃ!」


 残像が残る速さでハンガーから洗濯物をもぎ取り出勤の準備を整えると、武術の達人のごとく頭の位置を動かさないよう 3階分の階段を降りた。


「……車に乗り込めばこっちのものだ。後は会社までシットダウン!」


 お腹を押さえながら車に乗り込み、荷物を助手席に投げ込むと、肛門に力を込めてアクセルを踏む。道は2、3台の対向車がいるくらいで、スムーズに進んだ。

 しかし、マンホールを乗り越えるたびに、はねる車体、ぐるぐる鳴るお腹。


 そしてすぐに感じる異変。


「あれ? 信号機、消えてる……? 故障かな。こっちは緊急時だと言うのに、徐行しなくてはならないじゃないか。くぅぅ」


 家を出てすぐの信号機がついていない。

 いつもついてる信号が消えただけで、のどかな景色なのに人間の文明が終わったゾンビ映画のように見えてくるから不思議だ。


 お腹の緊張感が高まる中、キョロキョロ安全を確認してから通り過ぎる。


 しかし、訪れた異変はこれだけではなかった。


「あれ……ここもだ。ここの信号も消えてる。なんで⁉︎」


 家と会社の間にある、全ての信号機が活動を停止していた。

 私はこの時初めて、町全体が停電しているのだと気がついた。

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