2 そしてやっぱりふられた
島津さんの口から、どんな言葉がとびだすかと心臓をバクバクとさせていると、彼女はおもむろに立ち上がって、その指輪をぽいっと、机に乗る程度の大きさの機械の中に入れた。
「え?」
何をやってるんだろうと思っているうちに、島津さんは機械に繋がっているパソコンをカチャカチャと操作して、スタートボタンを押す。
「ええ! ちょっと待ってよ! 何してんですか⁉︎ 溶けたり爆発したりしないの⁉︎」
僕は、電子レンジに金属を入れてしまったときのスパークを思い浮かべながら、大慌てで言った。機械の蓋? 扉? は、完全にロックされていて、当然開かないし、中も見えない。
「大丈夫よ。非破壊分析だから」
「ひはかいぶんせき……? いや、そもそも、大丈夫とかって話じゃなくてですね!」
一応、渾身のプロポーズだったんですけど! 無視ですか⁉︎
そんなことをしている間に、装置は止まったようだ。パソコンには、あまり馴染みのない形をしたグラフが表示されている。縦軸と横軸が何かはよくわからないけど、下の方で横ばいになっている線をベースに、低かったり高かったりする針のように鋭い山がいくつか描き出されていた。一番高い山の付近にはAgと書いてある。
「うーん、プラチナリングを用意できないお子様には興味ないなぁ?」
島津さんがニコニコとしながら、僕の心をえぐる一言を放つ。
岩城さんが無遠慮にパソコンの画面を覗きにきた。
「シルバーでもいいじゃないですか。親のカネ使ってプラチナ買ってくるより、好感もてないっすか?」
──つまりこういうことだ。
島津さんのいる、この寒いくらいに涼しい部屋、このチームは分析を担う部署だ。自社の研究開発や不良品の解析、製品が有害物質を含んでいないかを調べたりやら、なんちゃらかんちゃら……。
ここに置いてある大小様々な機械は全て分析装置。それぞれの装置が何を分析しているのか、インターネット検索をしてみたって僕にはさっぱりわからないけど。
正しい分析結果を出すためには、その室温を保たなければいけないのが、この部屋だけいつも涼しい秘密の正体だ。
ちなみに、僕がまず足を踏み入れた部屋のほうは、まるで学校の理科室みたいなところだ。棚の中には、ビーカーやフラスコといった理科の実験で見たことがあったりなかったりするガラス器具が置いてあって、鍵がかかっている棚の中には色々な化学薬品が入っている。こちらの部屋では、分析したいモノを装置に入れる前の、前処理とやらをしたりするらしい。
島津さんが指輪を入れた装置は、蛍光X線分析装置といって、この装置に入れたモノが何で出来てるか、などが分かる。例えばアクセサリーなら、純金製なのか、金メッキなのか、一目瞭然に分析できてしまう。
そういうわけで、僕の指輪はシルバー製であることがわざわざ分析によって暴かれて、そんな安物しか買えないガキは願い下げだと振られたわけだ。
──ふられたわけだ……。
岩城さんの解説を聞きながら、僕はがっくしと肩を落とした。
「まあ、問題は指輪の素材じゃなくて、物事の順序じゃない? “結婚してください”の前に“付き合ってください”だろ?」
「だって、女の子はアクセサリーをプレゼントすればイチコロで、告白はまわりくどいことしないほうがいいって……」
「ドコ情報だ? それ?」
岩城さんは声を出して大笑いして、他のメンバーは完全に、おじさんおばさんが甥っ子を見るような、ほほえましいといった目だ。島津さんも控えめにだけど、ひとごとのように笑っている。
僕は恥ずかしさに小さくなるしかない。
島津さんは無傷の指輪を小箱に戻すと、僕に差し出した。
「滝崎くん、気持ちはありがとうね。でも、これはもらえない。ごめんね」
これを受け取っちゃったら、失恋を受け入れないといけないと思うと、手が伸びなかった。僕が子供だからダメだというなら、あと何年か後なら受け入れてくれるんだろうか。大人って、どうすればなれる?
僕がなかなか小箱を受け取らないのをみかねて、島津さんは僕の手をとって、小箱を無理やり握らせた。手を取られて僕はドキドキしてるけど、彼女はきっと、なぁんとも思ってないんだろうな。
「ところで、岩城さん」
と、島津さんのこの一言で、この告白劇は完全に終了する。
「うちの排水分析の結果、また良くないんだよね。pHとか金属イオンとか、あとここらへんは全部大丈夫だけど、ノルマルヘキサンが今日もアウト。今回は残渣も多いな。ちゃんと綺麗なところ採った?」
島津さんが完全にお仕事モードで、プリントを岩城さんに見せながら僕には理解ができない話をし始めた。
と、いうより、就業時間中に仕事の邪魔をしたのは僕だ。すごすごとその場を離れて、フリースペースになっているデスクに宿題を広げた




