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1 そしていきなりのプロポーズ

 暑い、あつい!


 上は太陽の熱線、下はジリジリと焼けつく鉄板の様なアスファルト。ふわりとたまに吹く風はヘアドライヤーの温風か?

 白いY(ワイ)シャツは汗でべっとりと身体(からだ)にまとわりつき、制服の黒いズボンは全ての熱を吸収して、下半身はサウナ状態。

 一刻(いっこく)もはやく涼しいところにたどりつきたくて、僕は足早に歩く。

 この足早っていうのも加減が難しいんだ。あまり早いと身体が火照(ほて)るし、遅いと灼熱地獄(しゃくねつじごく)から、なかなか(のが)れられない。


 最寄(もよ)(えき)からようやく工場の門にたどり着いても、ここからも結構長い。無駄(むだ)に広い敷地(しきち)には玄関の役割をするキレイで立派(りっぱ)な建物や、生産ラインのある(とう)がいくつか、研究棟(けんきゅうとう)、行ったことがないからよくわからない建物など、広さは様々な背が低めの建物が、とにかくいっぱいあった。

 その中で、僕がわきめもふらずに目指(めざ)しているのは研究棟だ。理由は二つある。



 研究棟に入るには、ICカードになっている社員証を、入口でピッとやる機械にかざさないといけない。工場の門でもそのピッはやったけど、もちろんセキュリティのためだ。僕は、首から下げたカードで(なん)なくその難関(なんかん)をクリアして建物の中にはいる。

 ここまでくれば、さっきまでの暑さとはおさらばだと思うだろうけど、そうはいかない。地球温暖化だとか二酸化炭素排出量だとかクールビズだとかエコだとか節電だとかで、廊下にはエアコンがまったく()いていないのだ。

 日差しがなくなっただけマシな程度の()()しした暗い廊下を、いくつかのドアには目もくれずに歩く。──あ、廊下が暗いのもエコのためらしい。

 途中、誰かがドアをあけて廊下に出てくるタイミングで、さらっと冷気が顔を()でるが、その出てきた誰かも汗だくだ。「室温キープ28℃運動」のせいだ。


 ある扉を僕はノックと同時にあけた。涼しい空気が全身を撫でて、汗に()れたシャツが一瞬で冷える。

「はぁああ」と思わず声をもらしながら、この幸せな瞬間を存分に堪能(たんのう)した。

 そう、これが研究棟を目指す一つ目の理由。研究棟にあるこの部屋だけは、エコなど関係なく確実に涼しいのだ。


「坊ちゃん! ドアはやく閉めてね! 室温あがっちゃうから!」


 中にいた男性社員に言われて、僕は慌ててドアを閉め、一拍(いっぱく)遅れて「こんにちはー!」と部屋全体にむかって挨拶(あいさつ)した。何人かいる白衣を着た社員たちが、すこし作業の手を止めて、挨拶を返してくれる。

 僕はキョロキョロと部屋をみわたして、研究棟に来た二つ目の理由を探した。


島津(しまづ)さんなら、隣の部屋だよ」


 さっき僕のことを坊ちゃんなどと呼ばわった彼が、僕にこそっと伝えた。隣の部屋といっても、簡易な仕切りのような壁で区切られているだけの部屋だ。


「ありがとう。でも、坊ちゃんはやめてくれないかなぁ」


「だって、この滝崎(たきざき)工業の社長の孫で、いずれは社長になる御曹司(おんぞうし)のお坊ちゃんでしょ?」


 男性社員がからかうように言う


「そう、だけど……“僕”じゃなくて立場だけで(あつか)われてる気がして、なんか嫌だ」


「その“立場”を最大限に利用して、中学生のくせに企業の研究棟に自由に出入りしちゃってる人が言うせりふじゃないね」


 それを言われると、ぐうの音も出ない。


 ボサボサ頭、長い前髪で目がほとんど隠れた彼、岩城(いわき)さんは、高卒で入社二年目。この中では、比較的に歳が近いこともあって仲良くなった。



 隣の部屋をのぞくと、島津さんは大小様々な機械に囲まれたデスクで、可愛い顔を(ゆが)ませて、ひとり何やらパソコンとにらめっこしていた。大卒、入社三年目でありながら、チームのサブリーダーをしている女性だ。


 そう、ひとり! いきなりチャンスが(めぐ)ってきた。


 僕は襟首(えりくび)を正して、だらしなく()れていたシャツの(すそ)をズボンにしまい、背筋を伸ばした。そして、カバンの中から、小綺麗な小箱を取り出す。


「島津さん!」


 僕が(うわ)ずる声で呼ぶと、島津さんは眉間(みけん)にシワを寄せたまま顔をあげた。


「僕と、結婚してください!」


 そう言って僕は腰を直角に曲げて小箱を差し出す。ドキドキしながら床を見ていると、手からその小箱がするっと離れた。


 がばと顔を上げると、島津さんはポカンとした顔で小箱の中身を見てくれていた。取り出された中身は指輪。僕の、精一杯の気持ちだ!


 隣の部屋からこちらを(のぞ)いていたらしい数人の社員から「ひゅ〜」やら「よ! 未来の社長夫人!」といった茶々が入り、急に恥ずかしくなって自分でも自覚できるくらいに顔が火照(ほて)る。

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