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悪役令嬢とか聖女とか

断罪される令嬢は何を思うのか

作者: 蜂丸

乙女ゲームの悪役令嬢が書いてみたくなりまして。

煌びやかな広間。

王宮の財と職人が技を尽くした精微な模様をかたどったシャンデリアが光をキラキラと反射して室内に降り注ぐ。

由緒正しき貴族に名を連ねる者が通うにふさわしい学園の中央にあるこの場所では、今日3年に及ぶ学生生活を終えた者たちの門出を祝うパーティーが行われる予定だった。


しかし、開演の音楽は未だ鳴らない。


それも、その筈。

広間の中央にいる令嬢と、広間を見渡せる大階段の上には、その令嬢の婚約者である王太子、そして、その腕に年頃に見合わぬ胸を押し付けるようにしてしがみついている令嬢がいて、不穏な空気を醸し出している。

初めは各々ダンスを披露するために広間に散らばるように貴族たちも配置していたが、徐々にこの状況を悟ったものから壁際に寄り集まい、結果として、令嬢を取り囲むような形となっている。



「エカテリーナ・ド・ザクセン」



決して大きくはない声だったが、静まり返った広間にその声はよく響き渡った。

名前を家名を付けて呼び捨てられた令嬢は、趣向を凝らしたと一目でわかる扇で口元を隠しつつ、名を呼んだ王太子を訝しむように見上げた。


「あら、いくら婚約者である殿下とはいえ、私の名に敬称もつけず、物理的に上から見下ろしてくるなんて品を損ねる所業でございますわよ」


「はは、これは手厳しい事を言う。

皆も、折角の祝いの場に水を差すような形をとってすまないが、すぐに済むゆえ、暫くこの場に留まって見届けてもらいたい」


令嬢の言葉に微かに疲れたような笑みをこぼした王太子は、次いで広間にいる全員へ向けて、今度は声を張り上げた。


――――どうやら、何か大事なことが始まるらしい


王太子からの要請に広間に集まった貴族の面々は居住まいを正して、広間に残る令嬢と階段上の王太子、その横にいる令嬢を仰ぎ見る。


「なんですの、この茶番劇は」


残された令嬢が心底がっかりしたというような声音で王太子に言い放つ。

が、その声に返答したのは王太子ではなく、その隣にいた令嬢だった。


「わ、私を、いえ、私の学園生活を滅茶苦茶にした貴女に謝罪してもらうために、アルフリード様が場を作ってくださったのよ!」


王太子にひしとしがみ付きながら声を上げる令嬢を、凍えた目でエカテリーナは見つめ、そして名を呼ばせた婚約者にも同様の視線を送った。


()()()()()()()?」


エカテリーナの声に確かめるように呼ばれたアルフリードは、疲れをにじませた笑みを浮かべてエカテリーナを見つめ返した。

この状況に見届け人とされた貴族の面々からもざわめきが起こる。


なぜなら、婚約者である令嬢が殿下と敬称で呼んだにも関わらず、王太子の名を呼んだ令嬢は、平民の母をもつ下級貴族の中でも末席に位置するような者だったからだ。




自分の言葉に、婚約者を睥睨する()()()()に、王太子の腕に取りすがるように、殊更たわわな胸を押し付けて怯える仕草をとる令嬢の内心は歓喜の声をあげていた。

広間のざわめきが聞こえてくる度に、自分の味方が増えていくような感覚になる。


――――3年間、耐えに耐えてきた我慢はここで実を結ぶのよっ


周りに人がいなければガッツポーズをとってしまいたいくらいの気持ちで、王太子の腕を抱き込んだ令嬢――リザベルはあの運命の入学式の日に思いを馳せた。

代表挨拶として皆の前に出てきたアルフリードの姿を見たときに、リザベルはこの世界が乙女ゲームの世界であることを思い出した。

攻略対象は隠しキャラも合わせて全部で5人いるが、リザベルは腹黒な面を持つ宰相の息子も、熱血にあふれている騎士団長の息子も、根暗で気弱な一面をのぞかせる魔術師長の息子も、隠しキャラである目の前にいる悪役令嬢エカテリーナの兄にも全然興味がなかった。


彼女は優しく温和な性格で、国の重責に挫けることなく自分を高めることに必死な王太子だけを好んでいた。

前世では王太子のルートだけを何度も何度も繰り返しやりつくし、バッドもグッドもトゥルーエンドも見飽きるほどに行った。ストーリーの一言一句諳んじることができるほどだ。


あの時は画面の向こう側にいた王太子が、今は生きて目の前にいる。

前世がどのように死んだかはわからないが、これは神様からのご褒美だと思った。


そして、()()()()()()()王太子に近づいて、()()()()()()()()()エカテリーナからの嫌がらせに耐え続けた。すべてはこの卒業パーティーの一幕のために。




広間の中央と階段上でしばし見つめあっていたが、アルフリードが特に何の動きも見せようとしないことを感じ取ったエカテリーナは、口元を隠していた扇をパチンと音を立てて閉じ、持っている手とは逆の手のひらの上に軽くたたくような仕草をとると、改めて婚約者の隣にいる令嬢に目を向けた。


「仕方ありませんわね。皆様の貴重な時間を無為につぶすのは私の本意ではありませんし、発言を許していないにも関わらず何事かわめいていらっしゃった品のない方の無礼にも目を瞑りましょう。どうせこの一夜限りのことですから。」


――その一夜の行いで、あなたは退場することになるのよエカテリーナ


宿敵とも言える相手が、小一時間もしないうちに隣にいる王太子から婚約破棄を言い渡され、国外へ追放されるその瞬間はきっと胸がすくような気持ちになるだろう。

笑ってしまいそうになる表情を必死に哀れな庇護欲をそそるように見えるようにと気を付けながら、リザベルは物語を進めるために声を張り上げた。


「わめくとか、品のないとか、酷いこと言わないでくださいっ!! 学園で私をいじめてきた貴女の方がよっぽど品がないと思います!! 私、すごく傷ついてるんです!謝ってください!!」


「…シャロン男爵のご令嬢でしたかしら?」


「リザベルです! あんな酷いことしてきたのに名前も知らなかったんですか!??」


「なぜ私が、貴女のような下賤な者の名を覚えておかなければなりませんの?」


特に声を張り上げずとも聞こえるにも関わらず、リザベルはエカテリーナの呆れ返るような言葉に逐一大きな声を出した。泣き出す一歩手前のようなその声は、聞く者の同情を誘うような声にも聞こえる。


(賢しいこと…)


エカテリーナは音にのせずに呟いた。


思えば、今朝、使いの者から会場の準備があるためエスコートはできないと伝えられた時から何か変だとは思ったのだ。

エカテリーナも折角この日のために誂えたドレスを一番に披露することはかなわなかったが、卒業してからは家族とも気安く触れ合えるような立場ではなくなる自身のために、殿下が気を使ってくださったのだろうと兄を伴って会場入りしたが、まさか私の代わりにどこの馬の骨ともわからぬ女を連れているとは思いもしなかった。


「エカテリーナ…これは、どういった事かな?」


「お兄様、お気になさらず。―――どうやら、少々手緩かったようですわね」


同様の光景を目の当たりにした兄が口の中で笑いをかみ殺しつつ、一気に剣呑な目つきに変わった私を面白がって見ているのが分かる。

添えていた手を放して扇を広げ口元を隠して進む私に、苦笑しつつも兄は傍を離れた。


あの、三年間、学生という仮の身分を慮ったツケが目の前の状況を生んだに他ならなかった。


どこか勝ち誇ったような表情をにじませた相手(リザベル)を、今度こそ叩きのめさねばなりませんわね。

やっと、面倒な学生生活から解放されると思っていただけに、この事態は心の底からエカテリーナを打ちのめし、そして引き起こした相手を憎々しげに見た。


「下賤だなんて平民生まれの私を馬鹿にしてっ、上に立つ人がそんな選民思想の塊だなんて問題あると思います!!」


「平民生まれを馬鹿にしてなどいませんわ。誰しも父母を選んで生まれてくることなど出来ませんもの。私はリザベル様ご自身の振る舞いを下賤と申しているだけですわ」


きゃんきゃん煩くわめくリザベルに対して、エカテリーナは慈愛を込めた微笑みを返した。


「婚約者のいる相手には節度を保った距離で接する。身分が下の者は上から声を掛けられるまでは発言しない。相手を敬う意味も込めて敬称をつけて呼ぶ。たったこれだけの事すら弁えることが未だにできない貴女を一緒にしたら他の平民の方々からも非難を受けそうだわ」


言葉と表情でエカテリーナは言外にリザベルを「救いようのない愚か者」と罵った。

正論に近いその言葉に周りの貴族からも首肯が返ってきているのを見て、リザベルは顔を赤くしながらも泣く寸前の表情で言い募る。


「だからって私の教科書を破り捨てたり、後ろから突き飛ばして転ばせて手持ちの少ないドレスを汚したり、怪我させたり、お茶会にも参加させないように根回ししたりして、そういう人のこと人でなしっていうんですよ!」


「あらぁ、結構色々な目にあわれたんですのね。きっと、貴女の振る舞いが目についたから、そんな目にあわれたんじゃないんですの?」


「白々しいことを!全部あなたが仕組んだことだって証拠も挙がってるんですから!!」


そう言い放ったリザベルに対して、エカテリーナはつい、と視線を隣にいるアルフリードに移した。

そのエカテリーナの行為を、リザベルは不安からくる衝動的なものだと解釈した。



――――この証拠を表に出してしまえば、後に待っているのは彼女の破滅だけ――――



「殿下も知ってらっしゃるの?」


「…当たり前よ!アルフリード様の協力のもと集めたんだから!!」


いまいち援護射撃がアルフリードから行われないなと思いつつも、彼は己の婚約者の醜い様を目の当たりにしてショックを受けているのだろう。今日もリザベルが話しかける前から何処か憂うような表情で会場にたたずんでいた。

それに…。


階下の様子を見て内心でリザベルはほくそ笑んだ。

アルフリードの協力――その言葉に愕然とした表情の後、信じられないといったように扇でわなないた口元を隠したが、それでも足りなかったのか、うつむいて下を向いたエカテリーナに、リザベルは心の中で「勝った」と歓喜の声を上げた。

きっと、エカテリーナも婚約者のアルフリードが私の味方をしているなんて思っていなかったに違いない。


かわいそうに。

肩を震わせて、今、初めて自分の身に降りかかっている事態(めつぼう)にようやく気付いたんだわ―――


あとは、この証拠を書き留めた書類を皆の前で読み上げて、アルフリードがエカテリーナに婚約破棄を言い渡すだけ。

期待を込めてアルフリードを見上げたリザベルは気づかなかった。


下を向いたエカテリーナが、その表情が耐えきれない――悲壮ではなく、笑いをかみ殺すのが――といったものであり、扇で隠していても折角締め付けたコルセットが意味をなさないくらい、お腹のよじれそうな衝動に思わず涙までにじんできているものだとは思ってもいなかった。


気づかないリザベルは、アルフリードに書類を手渡す。


「アルフリード様、婚約者の非常な振る舞いを伝えるのはお優しい貴方にとって辛いことだとは思いますが、ぜひ公正な判断をお願いし―――」


「ふ、ふふっ、あははっ、だめ、だめよアル。おかしくって笑いが噛み殺せないわっ」


リザベルがアルフリードを気遣わしげにしつつも、彼を支えるように覗き込んでささやいた言葉が言い終わらぬうちに、唐突に、思わずといった形で笑い声を上げたエカテリーナはまっすぐにアルフリードを見ながら声を震わせた。

その愉悦にまみれた声に驚いてエカテリーナを見たリザベルは、こんな状況でも親しげな表情のエカテリーナの視線を追うようにアルフリードの顔を覗き見て、―――戦慄いた。


先ほどまで婚約者が馬鹿な真似をしたことで、心労から()()()()()()()()()()()()のアルフリードが驚きに目を見開いたと思ったら、心の底から嬉しいとわかる満面の笑みをその顔に浮かべているのだ。



(え、どうゆうことなの!???)


アルフリードとエカテリーナ、二人をすごい勢いで見比べているリザベルは、会場にいた貴族の面々が皆一様に自分を哀れに見ていることに今更ながら気づいた。


――なぜ、そんな目で顔で私を見るの――


その目を向けられるのは、この後断罪されるエカテリーナの筈。


言いようのない不安に、傍らの、自分を庇護してくれるはずの人物に縋りつくように身を寄せようとして、


「――あぁもう本当に、最後の最後でやられてしまいましたわ」


さっきまでの貴族然とした佇まいから、明るい闊達な少女のような雰囲気に変貌を遂げたエカテリーナの声にびくりと肩を震わせた。


「ふふ、僕の勝ちだね。カチューシア」


リザベルにつかまれていた腕を遠慮なく引き抜くと、アルフリードは階段を下りながらエカテリーナの愛称を嬉しそうに呼んだ。


「あ、あるふ、りーど様?」


急にぬくもりが消え去って、ひとり置いて行かれた形になったリザベルは、階下に降りていくアルフリードに追いすがるように手を伸ばす。

その顔は信じられないといった顔つきでいっぱいだ。


降りてくるアルフリードの後ろで、目を大きく見開いている哀れで愚かなリザベルをエカテリーナも内心ではかわいそうにと思ったけれど、仕方ない。これは彼女もわかっていて引き起こした事態でもあるのだから。



わかっていなかったのは、彼女の信じたはずのアルフリードが―――



「せっかく自分から罠にかかりたいっていう馬鹿な子が居たから、これは早々に決着がつけれるのかなって思ったのにまさか最後の卒業パーティーまで引っ張ることになるとは思わなかったよ。おかげで貴女をエスコートする権利まで不意にしてしまった」



―――こんな性格をしていると知らなかったことだろうか。



今までの疲れ切った顔はどこへいったと言わんばかりに、エカテリーナを見る目は愛しいものを愛でるように、そして階段上に取り残してきたリザベルには蔑むような心底憎らしい顔を向けたアルフリード。

一生に一度の機会を譲ることになったのが心底悔しいようだ。


「え、まって、なんでっ。 アルフリード様もおっしゃったじゃないですか。身分をかさに着て虐げるのは良くないって」


「アルフリード、アルフリードってさっきから名前を連呼しているけど、僕は一度だって君にそう呼んでいいと許した覚えはないよ」


アルフリードの冷たい視線に射竦められて、リザベルは追いかけようとした姿勢のまま動けない。


「あら、そうだったんですの? 先ほど私が確認するように問いかけたときも何も言わなかったから、てっきり…」


「あれは、君がちょっと怒って表情を崩さないかなって思っただけで――」


リザベルに対しては冷たく、エカテリーナに対しては拗ねたように言うアルフリードに、周りの貴族たちはいち早く状況を察した。



あ、これ、盛大な痴話喧嘩に巻き込まれてる、と。



「そんな、アルフリード様…、あんなにエカテリーナ様に対して可愛げがないとか冷たいやつなんだって私を慰めるときに仰ってたじゃないですかっ」


支えを失ったかのように、その場にへたり込んだリザベルは気づかない。

今、この瞬間、王族を下に見下ろしている己がどれだけ無礼な振る舞いをしているのか。


未だにアルフリードと呼んでくるリザベルに苦言を呈すのか、それともリザベル相手に愚痴っていたことをばらされ、冷え切った空気を醸し出し始めたエカテリーナを慰めるのが先か、アルフリードは迷って、どちらもやめた。


どれだけ忠告されても直らないリザベルの頭の悪さを利用しようと思ったのは自分なのだし、慰めるのも言い訳するのも後でもできる。


「そ、それに、平民をいじめるような女性は王妃にはふさわしくないって」


「それは、まぁ、ただの平民を苛めるような人が上に立つのはどうかと思うけど、君、ただの平民じゃないよね」


え?


本気で気づいていないように呆けた顔をしたリザベルに、ここまで馬鹿な子だったとは――と、アルフリードは人選を間違ったかなと思い始めた。


アルフリードが若干の後悔を滲ませつつ見上げているのに気付いたエカテリーナが後を引き継ぐように、リザベルに言い放つ。


「王太子の婚約者である私に対してあからさまな態度で宣戦布告をした貴女がただの平民、下級貴族に連なるわけないでしょう? 将来王妃になる資質を問われるのですから、そのあとに起こることすべてを自分の持てるすべてで対処する。当たり前のことですわ」


リザベルが上がってきた土俵は、将来国を背負うという覚悟がいるものだ。

まさか、そんな事もわかっていなかったとは―――


「だとしても! その非道な振る舞いが書かれたその証拠を読めばアルフリード様だって貴女のことを考え直すに違いないわ!」


悲鳴のような声で、階下の王太子が持つ書類を指さしたリザベルに、周囲の貴族たちから抑え切れなかったざわめきが大きく起こる。



―――あまりにも、不敬。この場で首を切られてもおかしくない所業だ。



「…何度も言うように、僕は君に名を呼ぶ権利を与えたつもりはないし、この手に持っている書類に書かれているのはエカテリーナではなく、リザベル嬢、君の非常識な行いの数々だよ」


アルフリードは中をぱらぱらと見返した後、ちらちらと横目で気にしているエカテリーナに書類を渡した。エカテリーナも興味深く書類を眺めて、手に持つ書類の厚みと、その数の多さにため息をつきたくなった。


「貴女、私の忠告を何一つとして改善するつもりがなかったのね」


「そ、そんなの当り前よっ、どうして苛めてくる人の言うことを素直に聞かなきゃならないの!」


「苛めてくるとうるさくわめいていらっしゃいますけど、一度として私自身が貴女に何かした覚えはありませんわよ」


「知ってるわよ!取り巻きを使ってやっているってアルフリード様も教えてくださったもの!」


「ふふっ、まぁ、私の身を案じた方が貴女に対して少しばかり過激な行いをしたかもしれませんけど、そのことをアルが知っているのは当り前よ。だって、私がアルに相談して貴女に対してどこまでするのか決めたんですもの」


今度こそリザベルは絶句した。


「王太子の妃の座を狙って、侯爵とか伯爵の身分の方が来るかと思ったら、まさか一番乗りが下級貴族も下の下の貴女だったから流石に驚いて、最初のうちはマナーに疎いのかそうでないのかの判別もつかなかったから苦労しましたわ。それに―――」


泣き出す寸前のリザベルが肩を震わせるたびに、揺れる。

崩れ落ちるのを耐えるように付いている手を支えにしているためか、押し付けられて歪んだ形が猶更に存在を主張している。


肉感にあふれたその様を舌なめずりするように見ているものもいるのでは、と視線を滑らし、アルフリードにも失礼にならない程度に視界の端で機微を確認する。


「―――貴族令嬢とのお付き合いにまんねりを感じた殿方が毛色の変わった令嬢に手を出すといったお話も聞いたものですから真意を確かめるついでも兼ねてアルにご相談しましたの。

それに、貴女の噛みつき方がとんでもない直情的で、かつ、あまりに私と身分が違いすぎるから、ちょっとしたことでもすぐに手打ちになりそうだったんですもの」



今度こそ面白そうに笑いを含んだ視線を寄越されてリザベルは自分の顔が怒りと恥ずかしさで赤くなるのが分かった。

何か言ってやりたいのに、何も言えない。


リザベルは頭の中で、何がいけなかったのか必死で考えるが混乱している頭では全く分からなかった。

ついさっきまで幸福が目の前にあると信じていただけに、――弄ばれていただけ――とわかった、絶望感で手も足も動かない。



周りの貴族たちからも、ざわめきが大きくなるにつれて少しずつ小さな忍び笑いが漏れ始める。


その声を聞き、思ったよりも時間を割いているこの状況を終わらせるかと、アルフリードは殊更にこやかな表情を張り付けてリザベルを見上げた。


「ところでリザベル嬢」


―――君はいつまでそこから私たちを見下ろすんだい?



少しの親しさも伺わせないその瞳に、ぶるりと体を震わせたリザベルの腕を騎士が引っ掴んで無理やり立たせた。そのまま腕を持ち上げるようにして引っ張って、無理やり階下へ向かって進ませる。

引きずられるように歩かされるリザベルは、下に降りるにつれてざわめきが少しずつ意味のある言葉であったことに気づいて顔をこわばらせた。


「王族を見下ろして話し続けるなんて流石にそこまで頭が足りていない方だとは思いませんでしたわ」


「もう一度学園に再入学してマナーを振り返るか、平民に戻って身の丈に合った生活を送るのお推奨するよ」


「身の程知らずな方がいらっしゃると思ってましたが、最後まで愚かな方だったんですのね」


「殿下とエカテリーナ様の政略結婚とは思えない相思相愛っぷりは、市井にも広く知れ渡ってると思いましたけど」


「まるで体を売っている者かのような振る舞い。殿下の嫌悪感にまるで気づきもしないとは」


ひそひそと交わされる囁きを耳にして、リザベルは思わずといった風にアルフリードを見遣ったが、騎士に連行されるように進むリザベルを、アルフリードは路傍の石でも見るかのような無機質な瞳で、その隣のエカテリーナからは心底同情するといった憐れんだ表情で同情され、



「い、や。いや、いやよっ。こんな筈じゃ、こんな筈じゃなかったのよーーー!!!」






頭を振って喚き始めたリザベルの、心からの叫びは広間の扉の向こう側へと消えていった。




展開がちょっと早すぎたかも?


もっと、不遜で極悪な令嬢と、女の闘いこえぇって恐れおののく殿下のお話の予定だったのですが、書き進めるうちに二人でマンネリ防止のために一人の女性の人生を破滅させるひでぇ二人が出来ちゃいました。

この後、蛇足になりそうなエピローグまがいの二人の甘い話が続いて終わりの予定です。

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