第7話 異世界国家ドラグレイド4(終)
蒼龍王の来客が終わるまで、生徒達はシエルが案内した別室で、しばしの間待つことになった。
この時にはもうすっかり緊張も解けてきており、待っている間、生徒達は友達同士お喋りしながら、時間を潰していた。
現状、まだまだ謎だらけではあるものの、少なくとも自分達をとりまく状況はそれほど悪いものでもなさそうだ。
里美も千晶、そして久保田未貴、中塚和海といういつものメンバーで、お喋りしながら時間を潰していた。
「紅坂。ちょっと良いか」
「御剣君?」
そこへ御剣が財前と一緒に現れる。
「久保田、中塚。悪いがちょっと席を外してもらえないか?」
御剣にそう言われ、立ち上がる二人。
「私はどうする?」
「鳳には残ってほしい」
「分かった」
どうも様子が穏やかでないように、千晶は感じた。
久保田と中塚が離れたのを確認し、さっそく御剣は切り出した。
「紅坂、もう一度言う。青山は勇者に選ばれなかった。いない人間のことを考えるのはやめくれないか」
「えっ!? 別に考えてないけど……」
「さっき廊下を歩いている時、鳳と話していただろ」
里美は移動中の会話を思い出す。
ああ。そう言えば、確かに。
御剣が指摘するように石田治部の話題から始まり、千晶にちょっかい出されて大声を出したのは事実だ。
「いや、でも、あれは話の流れで」
「それをやめてほしいと言っているんだ」
要は名前すら出すなと言いたいのだろう。
「それはいくらなんでも―――」
「いくら何でも言い過ぎだと思うよ」
里美を遮って、千晶が御剣に反論した。
「確かに青山君はこの場にはいない。その彼の事について、あれこれと議論するのは確かに無駄な行為だと思う。これには私も同意する。でも彼が私達のクラスメイトであることには変わりはない。その存在自体、居なかったものとしろ、いくらなんでも言い過ぎだよ。そんな権利、御剣君達には無いはずだ」
千晶は淡々と言葉を並べる。
「しかし、アイツはクラスで一人だけ勇者に選ばれなかった。他のみんなが選ばれているにも関わらず、だ」
「それはさっきも聞いたよ。でも、それは青山君のせいじゃないはずだ」
「いいや、俺はそうは思わない」
御剣は語気を強めて、千晶を否定する。
「だって、理由が付かないだろ!」
「じゃあ、その理由を教えてもらえるかな?」
「それこそ、さっき言ったはずだ。神様は見ているんだ、と。青山の普段の姿を見て、勇者に選ぶと思うか。俺なら選ばない」
「大分、御剣君の私怨が入っているように私は思うけど」
「私怨? 俺は事実を言っているんだ。見ていれば、いつも寝ているし、予習や復習もちゃんとやってこない。学校が終われば、すぐ家に帰ってしまう。親しく話しているのも、紅坂や君くらいで、俺達男子には話しかけてもこない」
御剣は先程と同じ指摘を繰り返す。
「それ、さっきも聞いた。でも、その『俺達男子には話しかけてもこない』という点については、青山君の立場も少しは察してあげるべきじゃないかな? 男子のリーダーである御剣君なら尚更ね」
「青山の立場?」
「高校生活のスタートで上手く人間関係を築けず、そのまま青山君のような状態で卒業まで行ってしまう学生は日本でも結構多い。一度、彼らの立場に立って考えてみなよ」
「俺は青山の様には絶対にならない」
「それはそれで結構。でも、私は考えるよ。幸い、私は里美や未貴、和海に仲良くしてもらって、毎日楽しく高校生活を送らせてもらっている。でも、もしそうじゃなくて、スタート時に上手に人間関係を築けなかったら、間違いなくずっと一人ぼっちのままだったろうね」
「鳳なら、大丈夫だ。そんなことねぇよ」
財前が千晶を擁護する。
しかし、千晶は財前の擁護など求めていない。
「ありがとう。でも、私が言いたい事は出来上がった人間関係の中に新しく入って行く行為は相当な勇気が要るだよっていう話だ」
「そんなのは、ただの甘えだろ!」
「じゃあ、御剣君達ならどうするの? 青山君と同じ状況だったら、一人で解決できるの?」
「ああ、当たり前だ」
「どうやって?」
「それこそ、努力しかないだろ。俺がもし青山なら、まずはクラス全員の前で土下座をして、今までの自分の過ちを謝罪する。そして、自分を変える決意を述べる。そして、明日から変わろうと努力するぞ」
「尊の言う通りだ。俺だってそうするな」
財前が御剣の意見に賛同する。
(恋の恨みは恐ろしいとは言うけど、ここまでとは……)
財前はともかく、御剣に関して言えば1年生のうちに何度か里美に告白しては振られている。
多分、御剣の人生において振られるなんて経験はなかったに違いない。
それに追い打ちをかけたのが、青山裕一郎だった。
『……見ていれば、いつも寝ているし、予習や復習もちゃんとやってこない。学校が終われば、すぐ家に帰ってしまう。親しく話しているのも、紅坂や君くらいで、俺達男子には話しかけてもこない』
確かに御剣達の視点から見れば、それは事実だ。しかし、その言葉には続きがある。
『そんなスクールカースト最底辺の奴が、学校を代表する美少女の紅坂里美から好意を向けられているのは、おかしい』
いや『おかしい』よりも『許せない』の方が、御剣の感情を的確に捉えていると千晶は推察する。
ただ、最後まで言わないのは大義名分がないことを分かっているからだろう。
本来、里美が誰を好きになり、誰と付き合おうかなんて、里美の自由であり、他人が口出しする権利などないのだから。
「御剣君、財前君」
ここで里美が口を開いた。
「申し訳ないけど、二人の言うことは聞けない」
里美はキッパリと言い切った。
里美のこのはっきりしたところが千晶は好きだった。
「そもそも、わたしと裕一郎は幼馴染なんだから、存在を忘れろって方が無理だと思わない?」
「紅坂。尊が言いたいのはそこじゃねぇ。これから俺達は魔王と戦争をすることになるんだぞ」
「だから?」
「ん、いや、だからな。青山の事を考えて、戦いに迷いが生じたりすることを俺達は危惧しているんだ」
どっかで聞いたようなベタな返しだな、と千晶は思った。
(逆に財前君は言論まで締め付けることの弊害を考えないのだろうか。いや、考えてないな)
自分もそうだが、所詮は戦争を知らない世代だ。
防衛大学校の学生とかならまだしも、普通科の高校生にそこまでの想像は無理がある話だ。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。わたし、けっこう心臓強いから、そんなことで取り乱したりしないわ」
「そう。そう。そんなに気にしなくても大丈夫だよ。里美は何事にも猪突猛進の全力一本槍で周りが見えなくなるほど凄く集中する子だから。『裕一郎~、裕一郎~』なんて、どっかの漫画のヒロインみたく女々しい可愛げなんて欠片もないから」
「千晶、全然フォローになってないよね。今の……」
里美の背中から、何か禍々しい何かが出ている気もするが、多分、それは千晶の気のせいだ。
―――コン、コンッ!?
別室の扉をノックして、シエルが部屋の中へ入ってきた。
御剣や財前は少し救われた表情に変わる。
「お待たせいたしました。皆様、これより、蒼龍王様のところへご案内致しますので、どうぞこちらへ」
相変わらず気障なエスコートで、シエルは生徒達を廊下へと誘った。
「そういう事だ。里美。一応、これは忠告だ。悪いようには受け取らないでくれ」
最後にそれを伝えて、御剣は廊下へ移動する。
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その後、また城の中を移動して、大きな扉の前までやってきた。
「この扉の奥が玉座の間だ。王の他にも先程会った軍団長を始めとする重臣を始め文武百官、臣下も勢ぞろいで勇者を歓迎しようと待っている。で、中に入る前に、一つボクから忠告したい」
シエルは改まって、ある忠告をした。
それは、決して王への非礼はしないこと。
「作法は別に気にしなくても良いけど、とにかく馬鹿にしたりしないこと。これだけは守ってね。臣下は皆とにかく王に対する忠誠心が強く、その事を誇りに思っているやつもいる。もし、無礼なんてしようものなら」
そう言って、シエルは手にするステッキを剣の様、縦に振った。
「コレだから、ね!」
少年らしい無邪気な笑顔だったが、クラス全体また緊張に包まれてしまった。
そんな事にはお構いなく、シエルは指をパチンと鳴らした。
すると、目の前の扉が音を立てて、開いた。
「異世界より召喚しました勇者の皆さまをお連れしました!」
シエルはそう言ってお辞儀し、中へと入って行く。
同時に拍手喝采が鳴り響いた。
ラッパの演奏も聞こえてくる。
里美達も緊張しながら、その後に続いた。
玉座の間は先程と同じ石造りだが、豪華絢爛な装飾が目に留まり、扉からまっすぐ金の刺繍の施された レッドカーペットが敷かれている。
その上を里美達はまっすぐ歩いて行った。
レッドカーペットの左右に分かれて、生徒達へ拍手をする人達は、ドラグレイドの文官、武官の臣下達だろう。
そこを抜けると、玉座を守るように先程会ったユキムラ達が左右に5人ずつ控えている。
(彼らが軍団長達……)
里美は思った。
純粋に人間族と言えるのはユキムラ唯一人のようだ。
他はオルグの族長であるオークのスペンツァを筆頭に、背中から羽が生えている翼人やずんぐりむっくりなドワーフ、凛々しいエルフの女騎士と言った異世界ファンタジーの代表的な種族の面々が並んでいた。
そして、レッドカーペットの先、一段高いところに設置された玉座のすぐ傍に控える白皙の女性に生徒達は目を惹かれる。
エルフ族特有の長耳を持ち、法衣を纏ったその背中からは大きな白い翼が広がる。
その姿はまるで天使を彷彿とさせるほど、神々しいまでに美しい女性だ。
彼女の手には、三国志の名軍師、諸葛亮孔明が愛用しているイメージの強い羽扇が握られている。
おそらく、彼女がこの国ナンバー2だろう。
そして。
(あの人が蒼龍王……)
里美は玉座に座っている男を見た。
シエルから事前に自分達と同い年だということは教えられていたが、『蒼龍王』というからもっと強そうなイメージだったが、随分と小柄に見える。
「えっ!? 何で……」
里美の口からつい言葉が漏れてしまった。
目の前の衝撃的な事実に。
それは里美だけではない。
千晶も、御剣も、財前も。蛇野や石田他、2年F組全員が目の前の事実に我が目を疑った。
「シエル。この者達か?」
蒼龍王は立ち上がり、ゆっくりと玉座から下りてきた。
自分達と同い年の黒髪黒眼の少年。
彼の容貌によく似た女性を里美は知っている。
いや、それ以上に蒼龍王と瓜二つの少年をクラス全員が知っていた。
漆黒の闇のように深い濃紺の外套を靡かせ、ゆっくりと蒼龍王は里美達の元へ下りてくる。
青色を基調とし、部分的に真紅のアクセントが施された厳かで重厚な鎧。
青と金色で鮮やかに作られた腰の剣は、鞘に収められているにもかかわらず、その刃紋が揺らいで見えそうなほどの存在感を放っていた。
それらを装備しているせいだろうか。
里美の知っている彼よりも、目の前の彼は大きく見える。
表情も凛々しく、まるで別人だ。
(あいつは勇者に選ばれなかった。ここにいるはずがないんだ)
(いや、あり得ない……だって、おかしいだろ!)
(似ているだけの赤の他人だ。絶対そうだ!)
特に御剣や財前、そして蛇野は必死にそう思った。
いや、願った。
しかし、彼らの期待はあっさり裏切られることになる。
それは蒼龍王が発したこの間抜けな一言で。
「えっ!? 里美っ!?」
先程まで纏っていた覇気やオーラの類は消え去り、どこにでもいる高校生の雰囲気に変わる。
お互いに相手の顔や姿がハッキリとする距離になり、改めて驚いた。
「ゆ、裕一郎なのっ!?」
「さ、里美なんだよな? って、何でここに居んだ? お前。それにクラスのみんなもっ?」
この反応がすべてであった、
もはや間違いなくそうである。
2年F組、名簿番号1番。
居ないと思っていたクラスメイト、青山裕一郎がそこに居た。