第6話 異世界国家ドラグレイド3
「おい、見てみろよ! すげぇぞ!」
丁度、お城の渡り廊下に差し掛かった時だ。
野球のユニフォーム姿の男子が大声をあげる。岡部恭祐である。
渡り廊下は柱で屋根を支えているだけの造りであるため、外の景色が一望できる場所だった。
確かに絶景だ。
日本アルプスのような綺麗な山脈地帯が景色の奥に広がり、山の麓から緑豊かな草原地帯が城に向かって広がっている。
ドラグレイドは領土全体を天然の要害と言える険しい山脈地帯に囲まれた盆地の中心部に発展している。
崖下の城下町もよく整備されており、人々の活気のある様子が上から見ていても良く分かる。
クラス全員から感嘆の声が漏れた。
「どう? なかなかでしょう」
シエルは自慢げに言った。
「そうだ。ここで簡単にこの国について紹介するよ」
ドラグレイドは様々な種族が暮らす多種族国家で、総人口は約100万人。
首都である、ここ『竜城』の城下には、約10万人が暮らしているという。
ドラグレイドの総面積20,510㎢。
日本で言えば、北海道には劣るものの、複数の県を合わせるほどの広域的な面積である。
その内、平地面積はその約4分の1にあたる5,583㎢。
そして、残る約4分の3が、要害堅固の山脈地帯というわけだ。
歴史に詳しい千晶や財前はまるで戦国時代の武田信玄の領国や、中国三国時代の蜀漢を連想した。
「山からは豊富な鉱物も採れるんだ。金、銀、銅、鉄、その他、君達の世界にはない特殊な鉱石がたくさん眠っている。鉱山事業はドラグレイドの主要産業の一つだよ」
もちろん掘るだけではなく、その後の製鉄から武器や防具の制作に至るまで、一連の技術がこの世界の最先端にあるという。
「じゃあ、あの色んな場所から出ている白い煙は採掘や製鉄の煙ってわけか?」
恭祐が聞くとシエルは首を振った。
「違う。違う。あれは全部、温泉だよ」
温泉!!??
「ドラグレイドの一大娯楽と言えば、温泉。国内至る所に温泉施設がございますので、ぜひご堪能くださいな」
それを聞いて、女子からは喜びの声が上がった。
やはり現代日本で暮らす年頃の高校生にとって、入浴できる環境は必須だ。
そんな女子生徒達を後目に、シエルは背伸びして、質問した恭祐の耳元で囁いた。
「ちなみに、全部、混浴だよ」
「えっ!?」
驚いて聞き返そうとする恭祐に対し、シエルは人差し指を口元にあて、悪戯っ子のように「しぃー」とやって笑った。
狙ってやったのかは知らないが、恭祐がレベルの高いF組の女子生徒の裸を想像し、下半身が元気になっていたのは、内緒である。
「なるほど。なるほど。他にはどんな産業が発展しているんですかな? シエル氏」
今度は猿川が質問する。
この世界に来てから、水を得た魚の如く活き活きしている。
「うーん。いろいろあるけど、ウチが外部に誇れる産業は他に挙げるとすれば一つは酪農かな。どの村にも牛馬の飼育を義務づけている。どうしても翼竜の餌の需要を賄わないといけないからね」
翼竜ッ!!??
「そうだよ。ドラグレイドはその名のとおり、ドラゴンとの共存においてもっとも成功した事が現状の強国としての地位に押し上げた。竜は飼育が難しい生物の一種で、人間もエサになるからね。あいつ等、肉なら何でも良いっていう感じでさ。一時期、ドラグレイドも人類滅亡寸前なんて事もあったよ。懐かしいなぁ」
その後、翼竜の品種改良を重ね、竜を操る技術が発展させていったという。
それにより編成された竜騎士団は現状、その数、兵の質、騎乗する竜の質、装備や戦術といったあらゆる点において、他国を圧倒していると自信満々にシエルは言った。
どうやら他国を圧倒する航空事業も、ドラグレイドが誇る産業の一つのようだ。
「シエル君。もしかしなくても、ドラグレイドはこの世界では最強の軍事国家なのか?」
御剣が興奮しながら質問した。
「そうだね。一言で言えば、そのとおり。ウチは軍事国家だ。兵は強く、将軍達も海千山千の猛将智将が揃っている。過去の戦争でも引き分けはあっても、未だ敗けたことはない。さっきも言ったとおり、ドラグレイド第一軍団である竜騎士団はこの世界において最強と他国から恐れられている。ほら、あそこ。丁度、飛行訓練をしているね」
シエルが指差す方向から、黒い影が物凄いスピードでこちらに向かってくる。
その数は五十騎。
生徒達のいる城の上空をまるで戦闘機のように突き抜けていった。
抜けていく瞬間、体が吹き飛ばされそうなほどの激しい突風が生徒達を襲う。
シエルは、トレードマークとも言うべきシルクハットが飛んでいかないよう手で押さえながら、翼竜についての解説を続ける。
「今のは5メートル級だな。研究に研究を重ね品種改良したから、ドラゴン種の中ではドラグレイドの翼竜は小柄な部類だけど、飛行のスピードと強力な火炎放射能力は特性として備えている。まぁ、竜騎士用に特化して進化させた感じかな。実際、人間族と共存ができるドラゴンをこれだけ多く抱えているのはウチだけだよ」
まるで戦闘機の飛行訓練を見ているかのように、一糸乱れぬ動きをする竜騎士達。
その圧倒的な空中演武に生徒達は、すっかり魅了されていた。
「ちなみに、あれは2軍ね」
「えっ、あれで2軍なのか?」
「うん。翼竜も1軍の竜騎士達が乗るやつよりもワンランク下だからね」
「あれ以上がまだ……」
御剣はゴクリと唾を飲みこんだ。
「ちなみにですが、勇者の皆様には武将としてドラグレイドの兵を率いていただきたいと考えております」
その言葉に、生徒達は驚いた。
特に男子は。
これだけの精鋭を率いて、指揮官として戦場で采配を振るう。
男子たる者、一度は夢見る大きな野望だ。
特に財前はグッとくるものがあった。
(やってやる。尊を支えて、俺の軍略で魔王軍を蹴散らしてやる)
そう思うのは、クラスではあまり知られていないが、彼が非常に歴史好きだからであった。
歴史好きにもいくつかタイプがあり、財前の場合は歴史上の人物と自分を重ね合わせて楽しむタイプだ。
特に御剣というカリスマ的なリーダータイプが側にいるだけに、それを支える軍師や副将を好んで追っている。
ある意味で、財前もまた厨二病という年頃の病を発症しているのかもしれないが、本人を含め、誰もそうは思っていない。
その時、渡り廊下の反対側から二人の武装した男がやってきた。
「シエル」
「ユキムラ。それにスペンツァ将軍も。お疲れ様です」
どうやらシエルと生徒達の前に現れたのは、ドラグレイドの将軍のようだ。
シエルはさっそく生徒達に二人を紹介する。
「紹介するよ。この赤い鎧を着たお兄さんが、先ほどから話題に出ていたドラグレイド第一軍団長のユキムラ将軍」
シエルが紹介した男性は普通の人間で、背丈は御剣と同じくらいなので、180センチは越えているだろう。年齢は30代のいかにも真面目で実直な印象の武人だった。真紅の甲冑が特に生徒達の目を引いた。
「誰がお兄さんだ」
ユキムラの眉間に皺が寄る。
どうやら、シエルと違い、見た目同様に冗談が通じないタイプのようだ。
「で、こちらがドラグレイドの南部に住まうオルグ族の族長スペンツァ・オルグ将軍」
シエルは普通に紹介したが、生徒達の方はスペンツァの容貌を見て、驚いた。
プレートアーマーで完全武装した人間の倍以上ある大きな巨体。
灰を被ったかのような毛色の剛毛と緑色の巖のような肌。
眼は鋭く赤色を放ち、鼻は大きな豚鼻。
歯は牙のように鋭い。
猿川が叫んだ。
「オークぅぅ! ぅぅぅ!」
ファンタジー作品においては典型的な敵キャラとも言える魔物だ。
「ちょっと、君たちの世界ではオルグ族がどんな扱いかは知っているけどさ。ドラグレイドでは今のところ味方なんだから。失礼だよ。猿川氏」
シエルが猿川の口調を真似て、彼を窘める。
「今のところはないだろう。我らオルグの戦士は蒼龍王様に忠義を誓っておる。けっして裏切ったりはせぬ」
「さぁ、どうだかね。歴代の族長は何だかんだ言って、反乱起こしては蒼龍王に首を刎ねられているからね」
シエルは胡散臭そうにスペンツァを見た。
「シエル。彼らが、ユメリア殿が言っていた勇者の方々か?」
ユキムラがシエルに尋ねる。
「そうだよ。だから、丁重におもてなしをしている。丁度、今、簡単にドラグレイドのことも教えた」
「そうか」
一言そう言って、ユキムラは生徒達に会釈した。
「お初にお目に掛かる。今、ご紹介に預かったドラグレイド第一軍団長ユキムラと申す」
「同じく、第4軍団長でオルグ族のまとめ役を務めるスペンツァ・オルグだ。勇者の皆様、ぜひ我らの故郷にも遊びに来てくだされ。ガハハハ」
スペンツァは豪快に笑う。
見た目はオークだが、悪いオークではなさそうだなっと、生徒達は思った。
「それで、これから、王に謁見させようと思うんだけど……皆さん方はどこへ行くの? 歓迎は?」
それを聞いて、ユキムラが静かに頭を振った。
「ちょうど、今、アルバスから使者が来ている。何でも、大事な案件らしく、我々も外へ出されたのだ。悪いが、勇者の皆様にはしばらくお待ちいただくしかないな」
「ほう、アルバスから……」
シエルは口元に手をやり、何かを思案する仕草をとった。
そして、予定変更とばかりに、シエルは生徒達にこう言った。
「皆様。申し訳ありません。しばし、別室にてお寛ぎください。ご案内致します」