第2話 クラス転移1
異世界クラス転移とは、ライトノベルや漫画などの創作物における一つのテンプレだ。
それら作品の大半は現代日本のとある学校のとある学級が魔王を倒す勇者として、クラス丸ごと異世界へ集団転移するところから物語がスタートする。
皇高校2年F組の生徒達はまさにそのスタートラインに立っていた。
今、彼らが居る場所は360度何処を見渡しても真っ白な不思議な空間だった。
彼らは皆、放課後それぞれの場所からこの空間へ転移している。
なので、この空間内には皇高校の制服姿の者もいれば、すでに帰宅して私服に着替えている生徒もいた。もちろん、恭祐の様に部活動の練習着姿の者もいる。
その空間で、彼らは天女のような羽衣を纏う一人の少女と対峙していた。
「ようこそ。選ばれし勇者の皆様。私の名前はユメリア。皆様を召喚した者です」
彼女はそう言って、お辞儀する。
年齢は高校生である自分達と同い年くらい。
特徴的な亜麻色髪と碧く澄んだ瞳は日本人にはない美しさがあった。
「もしや、あなたは神様ですか?」
ユメリアに対し、クラスの先陣を切って発言したのは、意外にもクラスのリーダー格の生徒ではなかった。
猿川哲嗣。クラスきってのオタクである男子生徒だ。
しかし、猿川の言葉にユメリアは首を振った。
「いえ。私は神という恐れ多い存在ではありません。普通の人間です。あくまで召喚の儀を執り行い、勇者の皆様をお招きする力を神より与えられただけの存在に過ぎません」
その後、ユメリアの話を要約すると、こうだった。
ユメリアは魔王軍から直接侵略を受けている『セントリア王国』の姫であること。
彼女は今『ドラグレイド』という他国に亡命しており、彼らに祖国の救援要請をしているということ。
そして『ドラグレイド』はその救援要請に応じたということ。
しかし、魔王軍の強さからして『ドラグレイド』も多くの犠牲は避けられないだろう。
そのため『ドラグレイド』の王である『蒼龍王』の助けに少しでもなればと、自分にしかできない勇者召喚の儀を執り行ったこと。
その勇者に選ばれたのが、ここにいる2年F組の生徒達であるということ。
「どうか蒼龍王様を助け導き、我が祖国セントリアをお助け下さい」
ユメリアは深々と生徒達に頭を下げた。
どうやら、これが彼らの異世界クラス転移だった。
「つまり、我々は勇者としてあなたの国を救えば良いわけですな」
ユメリアから全てを聞き終えたところで、猿川の眼鏡が光った。
猿川はアニメや漫画、ライトノベルが好きな典型的な二次元オタクであり、特に異世界物を好んで読んでいるだけに、鼻息が荒い。
「はい。大筋は間違いありません」
それを聞いて、再び猿川の眼鏡が光る。
「ってことはありますよね?」
「……へっ?」
ここで初めて、ユメリアの落ち着いた雰囲気が崩れる。
その顔は確かに神と言うよりは、人間らしい自然な反応だった。
「えっと……『ある』とは、いったい何がでしょうか?」
戸惑いながら尋ねるユメリアに対し、猿川は迷わず言った。
「だ・か・ら。チートですよ。チート能力! だって僕達はわざわざ地球から呼ばれた勇者なんですから! 僕達にしか使えない凄い力があるんでしょ! ねぇ! 女神様!」
ユメリアは初めて見るこの新種の存在に、完全に困惑しているようだった。
「え、えーと、そ、そうですね。はい。確かに皆様には我々の世界では希少とされる凄い力を付与されるはずです。恐らく……」
「よっしゃあ!! チート、キタァァァァァッ!!!!!!」
ガッツポーズする猿川にみんなドン引きしていた。
キモっという女子の声が聞こえたが、彼は気にしない。
もっとも、今、日本では異世界物のラノベや漫画がブームであり、自分達が同じ状況に置かれている事に対し、猿川ほど素直に喜びを表現しないだけであって、男子を中心に興奮している生徒は少なくなかった。
ただ、彼らのように単純な生徒ばかりでもない。
「私も一つ質問があります」
一人の女子生徒が手を挙げて歩み出る。
「このことについて、私達に拒否権という物は無いのでしょうか」
女子の学級委員である石田光莉だった。
彼女は切れ長の瞳を鋭くユメリアに向けている。
ユメリアは大変申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。一度、召喚の儀を行い、選ばれてしまった以上、私の力でまた皆様を元の世界へ送り返すことは適いません」
「つまり、それは私達が魔王を倒さない限り、元の世界へは戻れない。今のあなたの言葉をそう解釈してよろしいですか?」
まるで野党政治家のように、石田は厳しく追及した。
健康美で発育が良い彼女は、女子の中でも胸が大きく、Fか、Gか、それともHか、などと男子の中でよく話題になるが、面と向かって本人に聞く者はいない。
何故か。
それだけ彼女が生真面目で、堅い性格をしているからだ。
なまじ顔立ちも美人な方であるだけに、キツい印象を相手に与えてしまう。
ある意味、学級委員とポジションはハマり役かもしれない。
そんな彼女だけに、質問が優しくない。
「魔王を倒せば、確実に戻れると保証できますか?」
「いえ、その、確実と言われると、私にはなんとも……」
そもそも、ユメリアは本人が言っているように神ではないし、彼女の様子からして勇者召還を行えるというだけであって、その原理原則など全てを理解しているわけではないようだ。
「それでは戻れる保証もないのに、私達の命を危険に晒すということですか? それも自分達の都合で」
「そんな事はありません。決して!」
「でも、私達に戦争をさせるつもりですよね」
「それは……大変申し訳ありませんが、確かにそのとおりです」
その点だけは、ユメリア自身、折れるわけにはいかないところだろう。
そして、ユメリアは最後にこう言った。
「ですが皆様が元の世界に戻れる可能性があるとすれば、やはり魔王を倒し、勇者としてのお役目を果たしていただくことかと……」
ふざけている。
声にこそ出さなかったが、石田はそう吐き捨てたかった。
元の世界へ戻ることはできない。
しかも、魔王を倒しても還れる保証もない。
ただ魔王を倒せば可能性という名の希望はある。
なんだ、それ。
「石田。ユメリアさんを責めても仕方ないよ。悪いのは魔王なんだから」
「御剣君……」
石田を制したのは、男子の学級委員である御剣尊だった。
身長180センチ。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と三拍子も、四拍子も揃った完璧超人のような男で、実質、クラスのリーダーとも言える生徒だ。
そんな彼がこの状況でどんな発言をするのか。
クラスの注目が集まった。
「みんな戦おう!」
御剣はそう力強く宣言した。
「このまま何もしなければ、彼女の国は滅んでしまう。そして、多くの人々が苦しむことになる。それを知って見て見ぬ振りが出来るのか! 俺には出来ない!」
御剣の口調にだんだんと熱がこもる。
御剣がクラスの女子の間で人気ナンバーワンの男子であることは言うまでもない。
今も大半の女子生徒が熱い視線を、彼に送っている。
しかし、それはいつもと明らかに違う視線だった。
転移する前の彼の人気は、どちらかと言えば表面的なものだった。
高身長で爽やかなイケメン。
文武両道の優等生。
新体制に切り替わった部活の剣道部では主将に就任しており、その実力は全国レベル。
おまけに実家は地元の大手企業を経営しており、いずれは、その後を継ぐことになる。
本人も常々それを口にし、夢を語るほど意識も高い。
まさに非の打ちどころのない理想像。
故に、女子が向ける視線はアイドルに向ける類のものだ。
しかし、今は違う。
異世界転移という非常事態にあって、リーダーシップを発揮しようとする頼もしさ。
こんな状況下にあっても、人々を救おうと考えられる大きさ。
見かけだけではなく、本当に頼りになる男。
いつもの憧れだけではなく、安心感と尊敬をもって多くの女子生徒は改めて彼にときめきを感じていた。
「俺は戦う。魔王と戦い、彼女の国を守ってやりたいと思う。みんなはどうだ」
御剣はクラス全員に問うた。
「ふっ、仕方ないな、尊」
「遼」
御剣にまず呼応したのは友人であり、御剣と同じ剣道部に所属する財前遼亮だった。
身長は176センチ。剣道の腕に関して言えば、御剣のような全国レベルの猛者というわけではない。
しかし、その一方で、財前はクラスきっての秀才であり、生徒会にも所属しているなど、文の面では御剣を凌駕している。
言うなれば「武の御剣、知の財前」といった感じで、F組男子のトップカーストである御剣グループの頭脳とも言える存在だった。
「お前、一人じゃ心配だからな。俺がいないと何をするか分からん」
財前はクールにそう言った。
他、ラグビー部に所属する胡桃沢海斗を始め、鈴本晃秀といった御剣グループの面々が後に続いた。
御剣達が鼓舞すれば、後は面白いように男子も女子も次々と賛同していく。
「ってか、他に選択肢ねぇんだろ」
「なら、仕方ないよね」
このようにクラス全体が戦う方向でまとまりを見せる中、ユメリアが気にするのは、唯一の反対派とも言える石田の存在だった。
「石田様……本当に申し訳ございません」
ユメリアは再び誠意を持って、頭を下げた。
石田は大きくため息を吐いた。
「仕方ないです。選択肢がない以上、私も覚悟を決めます」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
石田にお礼を言う姿は、本当に国を思うただのお姫様だった。
その後、クラスを代表し、御剣がユメリアに対して勇者として戦う決意を述べた。
「ありがとうございます。それではこれより皆様を、私が亡命している国『ドラグレイド』へ転移させます」
いよいよ異世界へ転移する。
生徒達は、それぞれ期待と不安を胸に目を閉じようとしたその時だった。
「ちょっと、待ってください!」
溌剌とした女子生徒の声が、彼らのいる空間全体に響き渡った。