第14話 クラスメイトが勇者として召喚された件1
俺がハマっている国家運営戦略SLGの世界に、クラスメイトが勇者として召喚された件。
今、俺の目の前に起きている状況を説明するなら、こうなるな。
……あり得ない。
だって、そうだろ。
大多数が一つのVR世界を共有するSACならあり得るが、プレイヤー1人ひとりが個人のVR世界を治め、プレイヤー自身が許可しない限り他のプレイヤーが入国できない仕様であるこのLOTの世界で、現実の人間が入ってきているのである。
しかも、俺が通う学校のクラスメイトに限定して、だ。
これは如何なることか。
(一度、冷静になって考えるか)
まず、この世界に登場する生命体は大きく二つに分類される。
現実世界に生身の身体を持つプレイヤーとこの世界が全てであるNPC。この2つだ。
まず、前者であることはあり得ない。
その理由は先述したとおりである。
つまり、目の前の里美達はNPCということになる。
なら、何故、クラスメイトと瓜二つのようなNPCが登場したか。
これがさっぱり意味が分からん。
だが、突き詰めて考えていくと、俺の中で一つの可能性が浮上した。
それは目の前の里美達は俺の脳内情報をトレースして作ったNPCである、という理由だ。
これなら、多少なりとも理解できる。
ユメリアの勇者召喚というスキルは恐らくだが、プレイヤーの親しい人間をNPCとしてゲーム上に登場させるというものなのではなかろうか。
こうすることでより一層、ゲーム内に感情移入できる効果を狙ったのではないかという理由が立つ。
じゃあ、何故、それが高校のクラスメイトかと言えば、プレイヤーである俺が高校生だからなのだろう。
今、日本は異世界物のラノベや漫画がブームだ。
異世界転移にもいくつかパターンがあり、そのテンプレの一つがクラス転移だ。
公式イベントはランダムに発生させていると運営サイドは言っているが、何だかんだ言って大人の事情で狙い撃ちしているのではないかというのは、プレイヤー間では専らの噂だ。
要は、アルバスのイベント企画チームが昨今の異世界ブームに乗っかり作ったこの公式イベントにおいて、『クラス転移』という観点から、現役高校生である俺の所にそれを発生させたというのが俺の推理だ。
「裕一郎……なの?」
里美そっくりのNPCが俺に近づいてくる。
目線の高さから、声や雰囲気まで、本人と瓜二つ。
ある意味、凄い再現度であった。
ただ一つだけ疑問なのが、里美そっくりのNPCの眼には何故か涙が浮かんでいることだ。
ゲーム上、感情表現の一つとして涙は存在しているので、泣くこと自体は別にあり得なくもないのだが、何で泣いているか疑問であった。
まさか、ここへ連れてくる間にシエルのやついじめたんじゃないだろうな。
いや、でもあの気の強い里美が、いじめられている光景がどうしても想像できんのだが。
そんな事を考えていると、いつの間にか里美そっくりのNPCは俺と目と鼻の先の距離になる。
「本当に裕一郎だよね。間違いないよね?」
里美そっくりのNPCが何故か、念を押すように確認する。
「あ、ああ。そうだな……」
すると、里美そっくりのNPCがいきなり倒れ掛かるように、俺に抱きついて来た。
「えっ?」
いきなりの事で戸惑ってしまった俺を余所に、彼女の両腕が俺の身体を締め付ける。
鎧を着ているのに、なぜか締め付ける力が伝わってきそうな錯覚を得るほど、里美そっくりのNPCはこれでもかと俺にしがみ付いてくる。
「お、おい。里美っ!?」
「良かったぁ! ほんとうに良かったぁ!」
「良かった?」
しかし、里美そっくりのNPCは黙って俺に抱きついたまま離れない。
その様子を後ろで千晶そっくりのNPCがニヤニヤしながら眺めている。
現実世界でも、同じような状況なら、多分、あんな感じの顔をする奴である。
これまた見事なまでに忠実な再現であった。
クラス内の細かな情報が、本当にリアルだ。
まぁ、俺の脳内情報から作っていると考えれば、こうした再現も納得できなくはないか。
「さ、里美。そろそろ、離してくれないか」
「あっ!? ごめん!?」
里美そっくりのNPCはパッと離れ、涙を拭った。
あまりに自然過ぎて、本物としか思えない。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。でも、本当良かったよ。裕一郎だけ元の世界に取り残されたと思っていたからさ」
「そりゃ、心配かけたな……ん!? はて? 一人だけ、元の世界に取り残された?」
どういうこと?
まるで、本当に元の世界から異世界へクラス転移したかのような言い方だ。
「我が君。この勇者の方々をご存じで」
エリスが俺の側へ寄ってきて、尋ねる。
周りを見ると、シエルを除く他の配下全員、なんとも不思議そうな顔でこちらを見ていた。
(そうだった。里美があまりにリアル過ぎて、すっかり今の状況を忘れていた)
ここは今、公的な場だ。配下達もいる。
エリス達はシエルと違い、ゲームの外、すなわち現実世界の存在を知らない。
このLOTの世界こそがすべてなのだ。
だから、下手な説明ができない。
さて、どうしようか。
「ああ。過去に一度、俺はこの者達と会ったことがある」
まず、知り合いであるという点だけはここまでの流れで訂正が利かないだろうから、その点についてはハッキリと認めた。
過去に一度どころか、ほぼ毎日教室で顔合わせているけどな。
さて、この後だ。
クラスメイトにそっくりのNPCを説得する方が早いか。
それとも、配下を説得する方が早いか。
答えは簡単。前者だ。
明らか、奴らにドラグレイドの世界に合わせてにもらい、溶け込ませるほうが早い。
(まずは人払いだな)
俺はシエルを残して、解散命令をかけることにした。
(まずは目の前の里美達に状況やこれからの流れをレクチャーし、この後の歓迎の宴の席で配下と交友を深めてもらい、共闘体制が組めるようにもっていこう)
そう考えていると、その頭で書いたシナリオをさっそくぶっ壊してくれた奴がいる。
他ならぬ里美そっくりのNPCだ。
「はぁ? 何言ってんのよ。わたし達、今日も学校で会ってるじゃない」
そういう現実的なツッコみは、止めてもらいたいな。
だいたい、事務局さんよ。
ブームに乗っかるのは別に構わないけど、ここまで乗っかる必要はないじゃないか。
ってか、どう切り抜けろっていうだ。これ。
試してるのか? 俺のこと、試しているのか?
そう思いたくなるほど、運営サイドは今、俺が今日まで築きあげてきた世界をぶっ壊しかねない爆弾イベントを目の前に起こしやがった。
「なるほど。そういうことか!」
ここで声をあげたのは、猿川……下の名前、哲嗣だったっけ。
入学して以来ほとんど、いや、まったく話した事はないが、異世界系のラノベや漫画が好きなオタクということだけは知っている。
俺が言うのもアレだが、クラスだと教室の隅にいる根暗なイメージがあり、こんなに眼鏡をギラギラと光らせて活き活きと話をするようなヤツには見えなかったが……まぁ、多分、そんくらい俺の中で情報が少ないから、本物とは別人で登場したのだろうな。
「青山氏!」
犯人はお前だと言わんばかりに、俺を指さす猿川そっくりのNPC。
里美とは対照的に酷い再現度だな。
絶対、こんなキャラじゃないはずだ。
「青山氏。そなた『転生』のチート能力を得ているな」
「はっ? 転生?」
なんのこっちゃ?
いきなり指差して、何言い出すんだ、こいつは。
俺の配下も、クラスメイトそっくりのNPC達も、みんな頭の中に「?」が浮かんでるよ。
「何故、青山氏だけ居なかったか? それは青山氏に与えられたチート能力のためだったのだよ」
「裕一郎のチート能力?」
里美そっくりのNPCが猿川そっくりのNPCに聞き返す。
現実世界でも見たことが無い組み合わせである。
「左様。最近読んだ異世界クラス転移のラノベだが『俺の転生先にクラスのいじめっ子達が勇者として召喚された件~さて、どうしてくれようか~』という作品がある」
……長いなぁ。
読んだことは無いけど、タイトルだけで物語のすべてを読んだ気になれそうな素晴らしい作品だな。明日、書店で買ってこようかな。
「主人公である少年はクラス全員から毎日のように酷いイジメを受けていた。そんなある日、異世界の女神によって異世界へクラス転移するイベントが起こる」
猿川そっくりのNPCが作品について語り出す。
ざっくりと説明すると、主人公の少年はチート能力『転生』により、赤ん坊として先に異世界に来ており、自分達が転移した17歳の時までに剣や魔法の腕を磨き、異世界で高い地位を得て、遅れて? やってきたクラスメイト達に復讐マウントを取りつづけるそんな内容である。
「つまり、猿川君が言いたいのは、裕一郎は赤ん坊としてドラグレイドにすでに転移していたってこと?」
「左様。そして、チート能力『転生』の何が一番のチートかと言えば、クラスメイトが召喚される時まで、一足早く異世界で経験を積むことができるということ。すなわち、青山氏は17年間、この世界にドラグレイドの王族としてすでに大きなアドバンテージを得て、我らを迎えているということだ」
凄い想像力だな。
全然、当たってないけど、俺には絶対に辿り着けない答えを導き出した。
ある意味、尊敬する。
(とは言え、猿川のおかげで悪い意味で緊張が解け始めたな)
見ると、御剣や石田治部そっくりのNPC、要はクラスのリーダー格的な奴らの表情が心なしか和らいでいる。
こいつらが発言しだす前、今すぐに配下をこの場から退出させなければ。
そう思った俺は仕切り直して、シエルを残して、全員に解散命令をかけた。
(これで良し。あとはいくらでも質問してこい)
同時に一つだけ、ふと頭に引っ掛かるものがあった。
それはさっき猿川そっくりのNPCが話していた作品『俺の転生先にクラスのいじめっ子達が勇者として召喚された件~さて、どうしてくれようか~』。
俺はこのラノベの存在を今日初めて知った。
俺の脳内にない知識をこいつらはどうやってインプットしたのか。
シエルと同じだとすれば、容量をその分とられてしまうはずなので、戦力としてあまり期待できない話になってくる。
まぁ、良い。
とりあえず、話を進めよう。
「ようこそ、ドラグレイドへ。改めて歓迎するよ」
「お前、本当に青山なんだよな……」
ここでクラスのリーダー、御剣そっくりのNPCが恐る恐るといった感じに俺に尋ねてくる。
そう言えば、御剣とは入学以来、こうして面と向かって話をするのは初めてかもしれない。
現実世界の俺と奴とではクラスのカーストは違うが、別にビビる必要はない。
所詮、目の前のお前は偽物。
何を言っても、ここだけの話で現実世界に何の影響はない。
なら、ドラグレイドの王、蒼龍王として堂々と対峙してやろう。
「ああ。如何にも」
俺は間をおいて、はっきりと名乗ってやった。
「皇高等学校2年F組名簿番号1番、青山裕一郎だ」