第12話 セントリア王国からの救援要請4
「ユメリア殿」
「はい」
まず、前提として。
このイベントのヒロインであろう彼女の設定は、多分、非常に国で愛されているお姫様で間違いないだろう。
国を想う慈愛に満ちた心優しく美しいお姫様。
彼女に政治の駆け引きは一切ない。
国を救いたい。
民を救いたい。
その想い一つで突っ走っている。
(まるで里美のようなお姫様だな……)
俺は幼馴染の顔を思い浮かべる。
アイツも猪突猛進の全力一本槍だからなぁ。
そう考えると、余計に悪戯心が湧いてくる気がした。
「ユメリア殿。俺は別に金を払わなければ助けないとは言わない。あとで国へ帰った折に兄上殿と相談して決めてもらって構わない」
後だしジャンケンに応じても良い。
俺はとりあえず、その事ははっきりと伝えた。
「申し訳ありません。私に決裁権がないばかりに……」
本当に申し訳なさそうな顔をするユメリア。
普通にここで公式イベントを調印して終わるプレイヤーもいるだろう。
聖人君子の道を歩む王道の君主なら尚更だ。
俺のように敢えて時間をかけて楽しもうなんて、悪趣味はしない。
「しかし、あなたも一国の王女であれば、軍を他国へ派遣する意味が分かるはずだ」
「はい、もちろんです。その事については重々承知しております」
ユメリアは凛とした表情で、キッパリと言い切った。
一国の王女という設定は伊達ではないようだ。
肝の座った一面が垣間見えた気がした。
その上で、俺はさらに話を続ける。
「ここまでの話を聞いてもらえれば分かるように、ドラグレイドは慈善事業で軍を派遣するようなことはしないし、今回の事で例外を作る気はない。ならば、この場で要請を受けるか、否かをユメリア殿自身の判断に掛かってくる」
「私自身の判断……」
ここで俺は今頭の中に浮かんでいる最低な打開策を、彼女へ提案する。
「あなた自身の決裁で我々が得られる物を示して欲しい。今、この場でな」
「私自身の決裁で、お渡しできる物……ですか」
「そういうことだ。今、あなたが持つ物全て、あなたに出来ること全てをセントリア王国第一王女から差し出された公の対価とみなします。それを手付金として頂戴し、エリスの言うとおり軍を派遣し、直近の脅威を退け、ユメリア殿を無事セントリアまで送り届けることを約束しよう」
「まっ、誠でございますか!?」
希望を得たとばかりに、ユメリアの顔には喜びの色が浮かんでいる。
俺は配下達に問うた。
「どうだ。これならば、無償で軍を派遣する事にはならない。違うか?」
「確かに。しかし、極端な例を申せば、まさかとは思いますが1ゴールドでも派遣なさるおつもりでしょうか?」
総務大臣のこの発言に場がざわつく。
自分達の国の価値を安く見積もられては、堪らないといった声が聞こえてきた。
「無論。俺もそんな子どものお小遣い程度で国を挙げるつもりは毛頭ない。その点も踏まえ、ユメリア殿にドラグレイドの価値を提示してもらいたい」
彼女は真剣な眼差しを俺に向け、そして、深々とまた頭を下げた。
「蒼龍王様のお心遣い、感謝いたします」
やっぱり感謝しちゃうんだ。この子の性格だと。
「しかし、私は着の身着のまま、この地へやってきました。もちろん、私の持っている物はすべて蒼龍王様に捧げます。しかし、軍を派遣していただく手付金としてはあまりに価値が……」
その心配は無用だ。
彼女の言葉を遮って、俺は言った。
「それは俺が決めることだ。価値があるかどうかは俺が判断する。あくまで俺が見たいのは誠意だ」
「誠意……」
「そう。誠意だ。あなたがどこまで国のことを想っているのか。もし、俺があなたと同じ立場なら所持金からアイテム、その他自分が所持する物を全て差し出し、己が身一つになってでも国のために助けを乞うであろう。どうかな?」
「あっ…………」
ちょっと天然なところもある彼女も、さすがにこれで察しただろう。
俺が何を求めているか。
(なんか、もう俺の方が魔王みたいだな)
直接的には言わないが、俺は今いくつかキーワードを含ませて、彼女と話をしたつもりだ。
ユメリアは真面目な顔で俺の話を聞いていた。
そして、しばしの間、熟考していた。
(さて、どんな反応をしてくれるか)
俺は静かに彼女の言葉を待った。
ややあって、彼女のその艶やかな唇が動かし、俺の望んだとおりの回答が口にした。
「蒼龍王様に全てを捧げます」
ユメリアがハッキリと宣言すると、彼女の目の前に、俺の目の前に今表示されている仮想画面と同様のものが現れる。
彼女は仮想画面に、その綺麗な指を這わせていく。
彼女の指が動く度に、ポーンという効果音が、玉座の間全体に響き渡った。
同時に俺の目の前の仮想画面に表示されている【報酬】の部分に次々と彼女から示される内容が表示される。
内容が表示されるにつれ、彼女の身に着けている物が光とともに消えていく。
シエルが用意したドレスやヒール、飾り物……
そして、ユメリアの身体から下着が消え去ると、ユメリアの目の前に表示されていた仮想画面が消えた。
場がざわつく。
当然だ。
300人ほどが集結しているこの場で、一国の王女が全裸になったのである。
下着はさすがに無いだろうと思ったが、とんでもなかった。
彼女は自分が履いていた下着さえも質に入れ、本当の意味で無一文の状態になったのである。
狙っていたけど、迷わずやったのには驚きだった。
本当に里美のような子だった。
「これが私の、いえ、セントリア王国、第一王女としての誠意です!」
胸や股間は手で隠しているものの、頭の先から足の爪先まで一糸すら纏っていない。
正確には一糸すら全て俺に差し出したというのが正しい。
しかし、彼女からの報酬はそれだけではなかった。
「今、私が持つ全財産を蒼龍王様にお渡ししました。むろん、これで足りるとは思っておりません。ですから―――」
そう言って、ユメリアは胸と股間を隠している両手を体の横へ垂らし、いわゆる『気をつけの姿勢』になった。
当然だが、全裸の彼女がそんな姿勢になれば、あえて言わなくても分かるだろう。
そんな彼女に対し、ユキムラを除く配下の男性陣は食い入るように彼女を見つめ、配下の女性陣の一部は公衆の面前で恥も外聞もない彼女に侮蔑の視線を送っていた。
ユメリアの顔に、俺に対する軽蔑の色を浮かんでいない。
思ったとおり国を救うためなら何でもやる。
そんな性格なのだろう。
ただ先程、シエルに10億吹っかけられた時に見せた感情の豊かさは消え、一国の王女として覚悟を決めた凛とした姿がそこにあった。
それでいて、顔は赤く染まり、恥ずかしさを感じている。
アバターは所詮データの集合体……
分かっているが、目の前の少女の表情は非常に人間らしい。
全裸で直立したままユメリアは言った。
「私自身も対価として、差し出します。私にできることがあれば何でもお申しつけください。当件をお受けいただければ、その瞬間より私の全権を蒼龍王様に差し出します。どのようなご要望でも一切拒否せず、すべてにお応えすることを誓います。これが私からの対価です」
言い終わると、再び跪く。本日、何度目かになる土下座である。
「どうか、私のこの無様な姿に免じ、我が祖国セントリアのために援軍を! 兄上をお助けください。お願いします」
全裸土下座する彼女を玉座から見下ろし、俺はそのまま視線をまだ未決済のまま表示されている仮想画面に落とした。
内容はこのように変っていた。
―――
以下のイベントを引き受けますか?
【イベント名】
魔王討伐
【イベント概要】
ドラグレイドの南より、セントリア王国の第一王女ユメリアが亡命してきた。彼女の要請に応じ、魔王軍と戦うか、否か、果たして蒼龍王の決断は……
【勝利条件】
・魔王の撃破
【敗北条件】
・プレイヤーの死亡
・セントリア王国の滅亡
・期間満了
【期間】
1000日
【報酬】
・933ゴールド
・無地の外套
・短剣
・弓
・セントリア騎士の鎧
・セントリア騎士の戦闘服
・セントリア騎士のブーツ
・セントリア騎士のソックス
・指輪
・ドラグレイド製礼装
・ヒール
・竜玉の飾り
・下着一式
・ユメリアの人権
【備考】
・イベント終了まで、南の国境は使用不可となります。
・セントリア王国入国後、報酬について再交渉。
―――
(くくく。こういう事できるからな。LOTは)
言い訳はしない。
俺も男子である。
ソード・アート・クロニクルでは、こうしたエロい事ができない。
まぁ、まったくできないわけではないが、けっこう難しいようだ。色々と条件がな。
特に俺のように18歳以下の未成年はその時点で条件を満たさない。
何故、難しいかと言えば、あっちは多くのプレイヤーが同一のVR世界を共有する、言わば公共空間であるからだ。
公共空間で破廉恥な行為をすればどうなるかは、言うに及ばず。
条件を満たせば、仮想性疑似体験はできるが、俺が今やったみたいな屈辱的な羞恥プレイを向こうでやろうもんなら、一発で御用であろう。
じゃあ、何故、ロード・オブ・タクティクスは出来るかと言うと、こっちはプレイヤー個人のVR空間だからである。
言わば、プライベート空間というわけだ。
戦争とか、外交時のみオンライン回線で国境を繋いでいるだけで、基本は一人の世界を楽しむゲーム。
その空間内でどんな国を作るかはプレイヤー個人の内面の自由として保証されている。
極端な例を挙げれば、「国内に住む女性(NPC)は全員、全裸で生活しなければならない」という法律を作ることができるのである。
他のプレイヤーで、実際にそういう国は作った奴が何人もいる。
要は戦争とか、国の発展を気にしなければ、いくらでも男の妄想が具現化できるのであった。
それと男性プレイヤーは大なり小なり、ちょっとは国にエロ要素を入れる傾向があるのも事実だ。
かく言う俺も、ドラグレイドの全温泉は混浴としているしな。
そのくらいLOTは本来であれば年齢制限引っ掛かりそうな18禁行為に対しても寛大であった。
(その分、メイルコアの値段が段違いだが……)
この事について、両親には感謝しかない。
個人のVR世界を構築するため、LOT用のメイルコアの方が高額だ。
SAC用のメイルコアが定価20万に対し、LOT用のメイルコアは定価50万。
一応4年間の分割払いだそうだが、これだけ差があるのもプレイヤー人口にちょっとは影響しているのだろう。
実際、学校でもLOTのメイルコアを持っているのは、俺が知る限り、俺と生徒会長の二人だけだ。
さて、ユメリアの件だが。
じゃあ、さっそく仮想性疑似体験でもさせてもらおうか……などとは、絶対に言わない。
というか、これ以上、彼女を辱める気はさらさら無かった。
見るべき物はすべて見た、である。
それにこれ以上やると、俺が今まで作ってきた蒼龍王のイメージを壊してしまう可能性が高い。
特に配下の女性陣に失望を与えかねない。
性欲は仕方がない。
英雄色を好むと言うからな。
でも、目的は見失わない。
それが俺とどこぞのエース様との違いだ。
一番、大事なのはこの公式イベントを楽しむことだ。
実施にヒロインである美少女の裸も見れたし、十分満足。
今なら、公式イベントも引き受けられるだろう。
俺はアイテムボックスから、高価な外套を取出すと、玉座から立ち上がり、頭を地に付けたまま俺の言葉を待っているユメリアの元へ、ゆっくりと降りていく。
そして、眼と鼻の先まで彼女に近づくと、持っている外套を彼女へ掛けた。
「!? 蒼龍王様?」
俺は彼女の眼を真っ直ぐ見て、素直に謝罪する。
「試す様な真似をして、申し訳なかったな。ユメリア殿。そなたの誠意。確かに受け取った」
「ではッ!?」
俺は力強く頷き立ち上がる。
「皆の者。よく聞け。今、この場でユメリア殿はこれだけの対価を払った。俺はこの慈悲深き姫にドラグレイドが国を挙げてはその要請に応じる価値ありと判断する」
ドラグレイドは立憲君主制。
されど、国王は君臨すれども統治せずではない。
決定権は全て俺にある。
「異論は!」
こういう時、元野球部の遺産が活きるな。
腹から声が出るから、格好がつく。
俺は声を張り上げ、配下に問うた。
無論、これ以上の異論など認めないつもりだ。
所詮はデータの集合体。プレイヤーが彼らに気を遣ってビビる必要など、どこにもない。
ここから先は強権発動で行くぞ。
ございません! 我がき―――
「異議あり!」
異議あり?
おい、おい。一番良いところで、水を差しやがって。
せっかく全体が「ございません! 我が君!」で格好よく決まったのに。
俺は少々恨めし気に大臣席に座るシルクハットを見た。
シエルは大臣席から、軽やかに中央のレッドカーペットに下り立つ。
「シエル。一応、聞いてやる。何か問題でもあったか」
「いや、裕一郎も男だし、ユメリア殿のヌードを見たいっていう邪な気持ちも理解できる。で、実際に全裸に剥いちゃったのを、今必死に美談にまとめようとしているけど、そこは敢えて問題にはしないよ」
「なっ!?」
そう言って、俺の横を通り過ぎ、ユメリアの元へ歩み寄る。
「ボクが異議ありなのは、ユメリア殿。あなた、だ。あなたはまだ王に差し出していない物がありますよね。何故、あなたはそれを対価として差し出さないのです」
おい、おい。これ以上何を差し出せと言うんだ。
所持金から服まで何もかも差し出して無一文の全裸になり、人権まで差し出した、この惨めなお姫様に。
その時、シエルのオッドアイの双眸が光った。
「ボクは鑑定スキル所有者だ。ユメリア殿の能力は初めからすべてお見通しですよ」
「シ、シエル殿……」
「ボクも初めて見ましたよ。そんなスキルがあるなんて。『勇者召喚』。ぜひ、そのスキルを報酬として使っていただけませんかね。ユメリア殿」
悪魔のような笑みを浮かべ、シエルはそう提案した。




