第11話 セントリア王国からの救援要請3
(あと気になるのは、報酬が表示されていない点か……)
普通、公式イベントなら「1億ゴールド」とか「○○領有権」とか表示されるはずなのに。
このパターンは初めてだ。
だが、噂には聞いている。
恐らく、これが報酬交渉型の公式シナリオなのだろう。
通常は先述したとおり、報酬がハッキリと示されている。
これに対し、報酬交渉型の公式シナリオは、最初、仮想画面に明確な報酬が示されない。
したがって、プレイヤー側は交渉によってシナリオクリア時の報酬を定める。
どこまで有利な条件を引き出して、この案件を受けられるかは完全にプレイヤーサイドの交渉次第である。
あくまでオンライン上の噂だが、報酬交渉型の公式イベントは通常よりも高い報酬額で案件を引き受けることができるし、他にもレア度の高いスキルやアイテムも手に入ると専らの評判だ。
逆に、買い叩かれたり、交渉がまとまらずイベントそのものがおじゃんになるケースもあるという。
俺はシエルに目配せした。
「ちなみに、成功報酬はいくらですか?」なんて、そんな小さいことを王自ら聞くのは悪手だ。
それに交渉ごとはシエルの十八番。
付き合いが一番長いシエルはもはや阿吽の呼吸で俺の意図を察し、分かりましたよ、しゃあないなぁと言わんばかりに、ニヤっと笑いユメリアに言った。
「して、ユメリア殿」
「はいっ」
「救援の件について、王を始め、ここにおられる皆様方それぞれ皆前向きに考えておられます」
「ありがとうございます。感謝に堪えません」
「されど、我らも当然犠牲を強いられる。その犠牲に対し、セントリア王国から何か対価はいただくことは可能でしょうか。それとも困っている国には手を差し伸べるのが人の道。無償で助けろというお考えでしょうか。ユメリア殿のお考えをお聞きしたい」
すると、彼女の顔に陰鬱の色が浮かぶ。
「い、如何ほどをご希望でしょうか……」
どうやらこちらが決めて良いらしい。
すると、シエルは迷わず言った。
「そうですねぇ。いくら事情が事情とは言え、我が国も戦争となれば将兵の犠牲は避けられない。その対価を考えれば、10億ゴールドが妥当かと」
シエルの言葉を聞いて、俺はビックリした。
お前、スゲェな。
10億ゴールドって、ウチの約1年分の予算並みじゃねぇか。
まぁ、シエルの場合、最初に吹っかけておいて相手の反応を見て、落としどころを探るといういつもの手法だろうけど、ここまで吹っかけたのは初めてだ。
救援イベントはこれまで何回か起きているが、相場は5千万~1億ゴールド。
これは完全なぼったくりである。
「じゅっ!? 10億ゴールドッ!!??」
目が飛び出んばかりに、驚愕するユメリア。
意外と感情豊かな子のようだ。
「そ、そのような大金。とても私の一存では……」
困り顔のユメリアに対し、シエルの顔がさらにいじめっこの様に歪む。
「王女様でしょ。国が亡ぶか分からない現状で民よりも金の心配ですか?」
鬼だな、お前。
もっとも、シエルの種族は悪魔だから、間違いでもないか。
だが、珍しくシエルも値切り交渉に応じる様子を見せない。
「しかし、私には決裁権が……」
そりゃあ、そうだろう。
だって、亡命している設定なのだ。
正式な使者として、この場にいるわけではない。
さすがに、ここでエリスが助け船を出した。
「シエル。さすがにそれは高すぎます。我が君、私は彼女の国との新たな絆こそ、何にも代え難い価値ある物と思います」
エリスは聖君の道を説いた。
だが、これはあくまで建前だ。
世界観に則りそう言っているが、公式イベントは勝利条件が達成すれば、それで終わりでオンラインのプレイヤーの国と違い、その後の末永いお付き合いが得られるわけではない。
過去にイベントで助けた国も報酬と感動的なエンディングムービーを残して、それきりで終わっている。
要は、この公式イベントで登場する国というのは、あくまでイベントのストーリーのためだけに運営が用意した国なのである。
「まずは派兵し、直近の脅威を退けた上でセントリアへ入り、ユメリア殿の兄君、国王へ謁見します。そこで公式的な対価を確約して頂くと言うのは可能でしょうか?」
「はい。それならば。私も兄上に掛け合い、必ずドラグレイドへ相応の対価をご用意いただくように致します」
報酬は後日、要相談か。
初めての演出だが、これはこれで面白い。
いや、面白くなってきた。
なぜなら。
「お待ちください。ドラグレイドはこれまで対価を確約された上で、援軍要請を応じてきました。無償で兵を出すのは前例に反します」
軍務大臣が意見する。
「確かに無償で援兵を送ってはならない法律はありません。しかし、慣習によりドラグレイドが被る損害に対し、公式的に対価を約束した国にしか軍を派遣していない」
法務大臣も慣習的な立場から、この点に意見する。
この二人の言う通りだった。
報酬交渉型の公式イベントは確かに初めてだが、今までは援軍を送る際はずっと事前に報酬を提示してもらい、両者承諾、確約の元で兵を動かしているからだ。
ここで一つ、配下同士で議論が起こる。
俺はそれを面白く見物させてもらうことにする。
これまでドラグレイドは無償で軍を派遣したことがない。
たかが、これだけの事と思う人もいるかもしれない。
エリスの言う通り、とりあえず助けて、後日報酬について交渉するでも良いじゃないか、と。
LOTをプレイする前の俺ならそうだ。
だが、今は違う。
どんな些細なことであれ、君主は前例を破る決断については重く考えなければならない。
この二人の大臣は、アメリカの社会科学者ロバート・キング・マートンが指摘した官僚制の逆機能『前例主義による保守的傾向』がその性格に表れている。
たが、組織の中には、このようなタイプも必要なのだ。
全員が全員、改革、改革、どんどん挑戦してこうぜ! なんてタイプばかりでは、リーダーとしてはむしろ困るのだ。
前例があるということは、実際に過去に実行されたということがあり、それに至る、経緯や考え方が付随されている。それを組織のブレーキとしてしっかりと機能させてくれる、いわゆる『保守派』と呼ばれる存在も大事なのだ。
この二人の大臣が言うとおり、ここで俺が安易に目の前の仮想画面の「YES」の文字に触れて調印してしまえば、無償で軍を動かしたという前例を作ることになる。
このゲームは、本当に現実世界の縮図だ。
過去に俺がおこなった全ての行為がドラグレイドに住まう全てのAIにどんどん蓄積されていく。
それは今後の援軍要請に対し、国に亀裂を生む遠因を産むかもしれない。
『あなたはあの時、無償で軍を動かしましたよね。今回は違うんですか?』
『アクアマリンバからは事前に報酬をせしめるのに、セントリアからは取らないんですか? 何が違うんですか?』
といった具合に。
その時の気分と自分勝手な匙加減で、判断をコロコロ変える君主は信用されない。
国としての考え、基準を守ることは君主の務めだ。
たかが高校生のガキの何を生意気なことを言ってんだって話だが、これは俺がLOTから学んだことの一つだ。
俺は真剣な顔をしていると、隣から優しく涼しげな風が俺の頬を撫でる。
振り向くと、エリスはにこやかに羽扇で風を仰いでくれていた。
「確かにそうです。両大臣がおっしゃることはごもっとも。ですが、前例はあくまで前例。正しく決まりを破る時が必ず出てきます」
このように発言したが、エリス自身は決して革新的な人物ではない。
むしろ、性格は保守派に近いタイプだ。
しかし、完全に保守に染まらず、柔軟に物事を考えられる人物だ。
エリスは俺に向き直った。
宝玉のようなその瞳を真っ直ぐ向け、静かに会釈する。
「それで我が君のお考えは?」
ここで間違ってはいけないのは、出された意見のどれを採用するかという話ではないということだ。
俺が示さなければならないのは、この救援要請に対する国の決断の指針、考え方をハッキリと示すこと。
ドラグレイドは過去にも何度も公式イベントの『救援要請』やオンライン戦争で同盟国や傘下国の救援要請に応じてきた。
それら状況は様々であったが、一つだけ共通する部分は先程から話題になっているように、事前に我が国に対するハッキリとした対価が示されていることだ。
極端な話、1ゴールドだけだって良いんだ。俺の中ではな。
たぶん、シエル他全員許さないから、それは絶対ありえない話だけど、苦しい時に助けた相手は必ず『恩』を感じてくれる。その『恩』だって目に見えない価値ある対価だ。
だが、無償では派遣しない。
後出しジャンケンには応じてやっても構わないが、援軍を出す前に必ずグー、チョキ、パー、何でも良いからとりあえず示せ。
これまでドラグレイドは必ず援軍を送る前に「この件について、これをドラグレイドにお渡しします」と対価をハッキリと示してもらい、確約された上で救援要請に応じている。
無償で助けたことは一度もない。
もし、それをするなら、先にも述べたとおり前例により定められたドラグレイドの救援要請に対する指針を覆す決断になる。
だが、エリスの言うとおり、正しく決まりを破る時がある。
今回、どうしてもこの公式シナリオをやりたいと言う思いがある。
交渉決裂は言語道断な話だ。
ならば、どうするか?
そうやって、いろいろな事を総合的に考えていると、ふと、俺の中に一つの打開策が浮かぶ。
ただ、それは相手にとっては非常に嫌な打開策だった。
しかし、彼女の性格や国同士での話し合いがまだ出来ないという点を考えれば、これしか手が無いように俺は思う。
(上手くいかなければ、ごめんなさいで今回は諦めれば良い)
ちょっと、惜しいが所詮はゲーム。
目の前の亜麻色髪の美少女だって、所詮はデータの集合体。
気を遣ってやる必要はどこにもない。
俺は『現実なら絶対にしない決断』をする時は必ず自分にそう言い聞かせることにしている。
(たまには暗君プレイしたって問題ないだろう)
俺の中で心は決まった。
そして、ドラグレイドの君主として、その打開策を彼女に向けて提案する。




