第10話 セントリア王国からの救援要請2
『ロード・オブ・タクティクス』と『ソード・アート・クロニクル』
この2つのVRゲームを開発した日本のゲーム開発会社アルバスは、ゲーム開発に際し人工知能の開発・研究に関して世界最先端の技術を持つ企業と提携を結んだ。
無論、ゲームに登場するNPCに彼らの作った知能AIを搭載するためだ。
『KEB』
Keep・evolving・brain。
進化し続ける頭脳。
そう名付けられた人工知能がシエルはじめとするLOTのNPCには搭載されている。
彼らはダンジョンに出てくるモンスターとは全然違う。
KEBは俺達人間と同等、いや、下手すると人間以上の知性を有するまでに成長する可能性を秘めており、奴らに反乱を起こされて、国が滅びゲームオーバーになった事例も多数聞く。
彼らはそれぞれあらかじめ設定された『性格』や『能力』がある。
しかし、生み出された段階では、クローンの様にまったく同じプログラミングがしてあっても、その後に受ける影響でまったく違う感情を持ち、能力にも違いが生まれてくるところがKEBを搭載したNPCの大きな特徴である。
『予測不能な科学反応』
KEBの研究者達は皆、口を揃えてそう言う。
まるで子どもが大人へ育つように、その国の教育環境やプレイヤーの育成方針・育成能力が配下、国民に大きな影響を与えるというわけだ。
少なくとも、この予測不能な科学反応を活かすことが、LOTでは大きなカギとなってくるのであった。
幸い、ドラグレイドはこの科学反応が良い方向に向かってくれたこともあり、人材には事欠かない。
今、俺が開催を命じた臨時議会のため、この玉座の間に集結した俺の臣下達は、顔ぶれこそ初期から大分変ってきているが、皆、個性豊かで、能力も高い曲者揃いだ。
臨時議会の招集は宰相、各軍団長、各省大臣そして各軍団および各省に属する文武それぞれ百人、計二百名の文官、武官である。
ちなみに、この文武百官は現実の世界で言えば、国家公務員の部長や課長級の管理職クラスである。
俺を含め、錚々(そうそう)たる面々の視線は、この広い玉座の間の中央に注がれていた。
中央に跪く、一人の少女に。
「お初にお目に掛かります。私はセントリア王国第一王女のユメリアと申します」
ユメリアはそう言って頭を下げる。
見た目は、俺と同い年くらい。
亜麻色髪が特徴的な美少女だった。
「ユメリア殿。面を挙げられよ」
玉座に座る俺の隣に立つ白皙の女性がユメリアに向かってそう告げた。
腰まで届く艶やかな髪から飛び出る長耳はエルフ族の特徴だ。
位の高い魔術師であることを示すかのように、金色の刺繍が施された美しい法衣を纏っている。
この法衣はドラグレイドに住む種族の内、飛行能力有する翼人族、鳥人族、竜人族用に作られたものだ。
着衣した時、衣類から彼らの持つ大きな翼が外へ出るようにデザインされている。
故に彼女もその背からは、大きな白い翼が広がっていた。これも彼女の大きな特徴の一つだ。
その姿は、まさに天使を彷彿とさせる。
そして、手には中国三国時代の名軍師諸葛亮孔明が持っているイメージのある大きな羽扇が握られている。
彼女の名前はエリス。
その羽扇に違わず、彼女は俺の軍師的な存在であり、ドラグレイドにおいては俺に次ぐナンバー2、文武百官を纏め上げる『宰相』の地位にあった。
彼女は雄の聖なる神龍と純潔のエルフ族の女性が交わって生まれた特殊なホーリーエルフ族の女性で、現在LOTの全プレイヤーの配下の中でも、彼女と同じ種族は一人として存在しない唯一無二の存在であった。
運営もこの予測不能な科学反応に、大変注目している。
ただ、竜と人がどうやって交尾したのか、まったくもって想像が出来ないのだが、ゲームなので、そこまで深く追求しないようにしておこう。
話は元に戻し……
エリスの声にユメリアはゆっくりと顔を上げる。
「我が君」
優しく包みこまれる様な声音で、エリスは俺の方を向いた。
彼女へ御言葉をという意味だろう。
俺は玉座へ真っ直ぐ伸びるレッドカーペットの真ん中で、粛々と跪く彼女へ向けて言った。
「ユメリア殿。ようこそ、ドラグレイドへ歓迎しよう」
俺は王としての威厳を意識して、まずは歓迎の言葉を述べる。
「この度はお助けくださり、誠にありがとうございます」
「ドラグレイドの湯は如何かな?」
「はい。とても気持ち良かったです。長旅の疲れが一気に飛びました」
「それはよかった」
俺が学校にいた時間帯に、シエルがユメリアを丁重にもてなしていた。
温泉を案内し、俺との謁見用に礼装を手配するなど、万事抜かりない。
こうした細やかな気遣いは、さすが天職に商人が設定されているだけはある。
その後、俺とユメリアは一言、二言、形式的な言葉を交わし、俺は本題を彼女に切り出した。
「して、まずはその用件を伺おう」
俺の今の言い回し方は、毎週日曜日に欠かさず見ている大河ドラマから学んだものだ。
おかげで上辺だけは威厳ある君主の立ち振る舞いが出来ている……と思われる。たぶんな。
「はい。今、私の祖国セントリアは大陸の西側より迫る魔王の侵略を受けております。魔王軍は強く、今、王国は危機的な状態にあり、私は国王である兄から逃げるように言われました。お前だけは生きて欲しいと。ですが、私は兄や祖国の民を見殺しにはできません。私は兄の言葉に従い他国へ亡命するフリをして、ここまでやってきました」
なるほど。そういうストーリーか。
「蒼龍王様。お世話になっている身で誠に勝手ながら、一つお願いがございます」
「ほう? 申してみよ」
もう、次の彼女のセリフが俺には手に取るように分かった。
「どうか、我が祖国セントリアのために援軍を! 兄上をお助けください。お願いします」
ユメリアは、額を床に擦り付けた。
その瞬間、ピコーンという独特な電子音が俺の耳に入ってきた。
そして、俺の目の前にこの公式イベントの内容が書かれた仮想画面が表示される。
これで仮想画面の『YES』の文字に触れれば、正式に公式イベント引き受けたことになる。
―――
以下のイベントを引き受けますか?
【イベント名】
魔王討伐
【イベント概要】
ドラグレイドの南より、セントリア王国の第一王女ユメリアが亡命してきた。彼女の要請に応じ、魔王軍と戦うか、否か、果たして蒼龍王の決断は……
【勝利条件】
・魔王の撃破
【敗北条件】
・プレイヤーの死亡
・セントリア王国の滅亡
・期間満了
【期間】
1000日
【報酬】
???
【備考】
イベント終了まで、南の国境は使用不可となります。
―――
さすがに臣下が勢ぞろいなので、シエルと二人きりの時のように、感情を表に出さないよう意識しているが、内心では『魔王討伐』という彼女の依頼にガッツポーズしていた。
もちろん、久々の公式イベントなので、俺の中ではもう受けるつもりで心は決まっているが、ウチは立憲君主制。臣下の意見を聞かなければならない。
それにこの仮想画面を見る限り、いろいろとハッキリさせなければならない点もあるしな。
「ユメリア殿の事情はよく分かった。国を想うその優しい御心に敬意を表したい」
「恐れ入ります」
「しかし、俺も一国を治める王として、即決はできぬ。心ではすぐにでも助けてあげたいと思っているが……」
悩むフリをしながら、俺はこの場でひと際目を惹く真紅の鎧で全身を固めた第一軍団長、ユキムラに視線を向ける。
ユキムラも俺に気づいたのか、相変わらず冗談も通じぬ真面目な顔で俺の方へ向き直った。
「どうだ。ユキムラ。この件について、如何に考える」
「救援要請に応じるべきかと存じます」
迷うことなく、ハッキリと言い切った。
その顔には僅かな不安も滲んでいない。
「我が君。魔王など恐れることはございません。我ら最強を誇るドラグレイド竜騎士団の名において、魔王の首を取ってご覧にいれます」
頼もしい奴だ。
まぁ、お前が戦争に反対することはないわな。
百パーセント戦うべきと主張することは分かっているうえで、今、あえて振ったんだ。
ちなみに、このユキムラは初代から数えて3代目にあたる。
初代はそれこそ歴史ガチャで当たった『真田幸村』という偉人NPCから始まった。
もちろん、この真田幸村は歴史の真田幸村をモデルに運営側の独断と偏見で作り上げたNPCであり、性格とかは特徴を捉えていたものの、能力他一切、まったくの別人である。
で、その初代ユキムラこと真田幸村将軍はドラグレイド草創期のウチの前衛のエースであった。
毎週日曜日欠かさず見ている大河ドラマが去年はちょうど『真田幸村』だったのもあってか、やたら能力が高かったのを今でも覚えている。
そして、ドラマに登場する真田幸村率いる赤備えの軍団にちょっと影響された俺は、ドラグレイド第一軍団の竜騎士達も同じように真紅の装備で統一し、幸村に率いさせた。
今、目の前の三代目ユキムラが真紅の鎧で全身を固めているのは、それが理由である。
その幸村将軍はドラグレイドの伝説、かの半年戦争で多くの武功を挙げ、最後は味方を勝利に導く壮絶な戦死を遂げてくれた。
戦争が終わった後、幸村の後を継ぐ第一軍団長を一番能力が高かったモスという将軍に引き継がせようとしたところ、そのモス将軍が「幸村将軍にあやかって、名を『ユキムラ』と改名したい」と申し出た。
以降、モス将軍は『ユキムラ』を名乗り、第一軍団長として赤備えの竜騎士隊を率いることになった。
モス将軍改めユキムラ将軍のその後の活躍も初代に敗けず劣らず目覚ましく、瞬く間にウチのエースとなった。
ここでも『予測不能な科学反応』が起こっているのだ。
いつのまにか、ドラグレイドでは竜騎士を志す者にとって、第一軍団長としてユキムラの名を受け継ぐことと、俺から真紅の鎧を授かることは大変な名誉であるという風潮が知らぬ内に生まれて、浸透していた。
その最大の名誉を授かっているのが、目の前の3代目ユキムラである。
そのせいか、こいつの忠誠心はやたら高い。
俺が自害を命じたら、切腹も平気でやりそうな超真面目な性格をしている。
「他の軍団長達は?」
「ユキムラ将軍に同意します」
他の軍団長の意見やこの場にいる武官達の声もユキムラと同様のようだ。
少なくとも軍団の意見は固まった。
(ここ最近、戦争がないからなぁ)
ドラグレイドは丁度、今、本当に国としては安定期に入っている。
軍も強くなり過ぎて、他のプレイヤーは一切戦争を仕掛けてこなくなったし、俺から仕掛ければ、まともに戦いもせずにすぐ白旗を揚げる。
運営のダンジョン戦は軍勢を動かすこともないし、目の前の公式イベントも完全なランダムである。
もはや完全に眠れる獅子状態。
せっかく手塩に掛けて育てた最強軍団も、それを披露する機会が全くないに等しかった。
そりゃあ、本当に俺が王様だったら、国や民にとって平和な方が良いと考えるけど、ゲームとしてはつまらん。
俺は大臣や文官達の方を向く。
ドラグレイドは日本の省庁名の大半をパクって使っている。
総務省、法務省、外務省、財務省、経済産業省、文科省、農林水産省……
あとは防衛省の代わりに軍務省とか、オリジナルの魔法省など一部はドラグレイドの内情に合う省庁名として設置している。
「シエル。どうだ?」
ドラグレイドの財務大臣兼経済産業大臣兼外務大臣であるシエルに意見を聞く。
「受ける方がドラグレイドにとって利益があるものと存じます」
天職『商人』である彼女は、1ゴールドでも高く利益が見込めることを最大の判断基準に置く。
その視点から、まず判断材料を俺に提供してくれる。
財務、経済産業、外務の三省大臣を兼務させているのは、シエルが独自に利益を算出する特殊な計算式をいくつも持っており、常に俺の決定がドラグレイドに利益があるか、ないかという点をまず判断してくれるからだ。
もちろん、シエルも予測不能な科学反応や他国の動きによっては間違った情報を提供してしまう場合もあるのだが、判断のための材料にはなるので、俺としては助かっている。
そして、この件について、シエルは利益があると言った。良し。
他、軍務省ならびに農林水産省側から、救援時期について今すぐではなく、農繁期が終わり、食料等に一定の目途が付いてからにしていただきたいという意見があがる。
ただ、文官も慎重論こそあれ、今のところ反対派はいない。
どうやら、ここ最近退屈していたのは、俺だけではなかったようだ。




