表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第1話 プロローグ

 米村よねむら洋史ひろし。16歳。

 皇高等学校すめらぎこうとうがっこう(以下、皇高校)に通う高校2年生である。

 校内において、洋史は今もっとも一目置かれる存在だった。


 身長185センチ。

 肩幅が広く、逆三角形に引き締まった理想的なアスリート体型をしている彼は野球部のエースとして、プロからも注目されていた。

 夏の甲子園の前哨戦と呼ばれる春季地区大会で直球ストレートは154キロをマークし、中学時代から磨きあげてきたカーブとスライダーに加え、高校でスプリットを新たに取得。

 それらの球種を投げ分けて、いとも簡単に対戦相手をねじ伏せた。


 結果、洋史が所属する皇高校野球部は、創部以来初となる春季地区大会に優勝した。

 春夏通じて初の甲子園出場に向け、まもなく開幕する夏の選手権大会の地方予選も大いに期待されている。


「キャー! 米村くぅ~ん!」


 おまけに洋史はイケメンでもあった。

 髪の毛も他の部員が坊主である中、スポーツ刈り程度に伸ばすことを許されている。

 この特別扱いも、洋史の凄さを物語っていた。

 高身長で細マッチョ。イケメンでプロが注目する野球部のエース。

 最強である。

 これでモテない方がおかしい。

 おかげで野球部の練習には連日、大勢の女子生徒が駆けつけて、黄色の声援が響き渡っている状況だ。


 ありがとうございましたッ!!


 全体練習が終わると、女子マネージャー達が選手に濡れタオルを配って回る。


「お疲れ様です。米村先輩」


 1年生のマネージャーである柚木ゆずき香純かすみが、洋史に濡れタオルを差し出した。


「サンキュウ!」


 洋史は濡れタオルを受け取り、顔を拭った。


「ふぅ、さっぱり、さっぱり」


「……大人気ですね。米村先輩」


 香純は洋史目的の野次馬達を見て、苦笑いしながらそう言った。

 その眼は、明らかに「おたくら、バカじゃいの」といった感じに冷めている。


「まぁな」


 適当に相槌を打ちながら、洋史は野次馬に気をとられている香純のお尻にそうっと手を伸ばしていき、そして鷲掴んだ。

 ジャージ越しとは言え、香純はビックリして飛び上がる。


「ちょっ、米村先輩っ!? どこ触ってんですかッ!?」


「どうだ? このあと、俺ん家で?」


 洋史は左手の親指と人差し指で輪っかを作り、右手の人差し指をその輪っかに抜き差しした。

 それが何を意味するか。高校生の香純が分からないはずがない。

 本当、クソ野郎だ。


「って!? あそこに群がっている女達の誰かと毎日してるんじゃないんですかッ!?」


 香純は群がる女達を指さし、顔を真っ赤にして抗議する。


「男子高校生の性欲舐めんなよ。だいたいエースの性欲処理はマネージャーの仕事だぞ」


 とんでもない最低発言が飛び出した。

 こんなのがウチのエースだなんて。香純は悲しくなってくる。

 あくまで前哨戦の春季地区大会に優勝しただけで、本番の選手権大会、いわゆる夏の甲子園大会の予選はこれからなのに。

 香純には洋史の鼻が天狗のように伸びて見えていた。

 いや、絶対に伸びているだろ。この人。


(ああ。もう! こんなクソ野郎に憧れていた中学時代の私をぶん殴りたい)


 香純は洋史とは出身中学が違う。

 本来であれば接点がないこの二人が出会ったのは、香純が2年生の時の中体連だ。

 その試合は香純の出身中学にとっては最悪の結果だった。

 5回コールド敗け。且つ打者15人全員三振の完全試合で大敗を喫したのである。

 この時の対戦相手のエースが当時、中三の米村洋史だった。


 香純はたまたま友達の彼氏が野球部におり、一緒に応援に行っただけなのだが、マウンドで投げる洋史の姿に一目惚れした。

 単に見た目が香純の理想とする背が高くて、細マッチョで、イケメンだったからじゃない。


 キャッチャーミット見つめる真剣な眼差し。


 相手に向かっていく溢れんばかりの闘争心。


 ただ目の前の勝負に全力を出すその真っ直ぐな姿。


 どんなアイドルよりも、洋史の方が遥かに格好良かった。


 それからというもの、それまで野球のルールさえ分からなかった香純は、必死に野球を勉強した。

 洋史が皇高校に進学したことを知ると、香純も皇高校を受験。

 そして入学後は迷わず野球部のマネージャーになり、こうして同じ部活で毎日過ごすことができるようになった。

 無論、野球をしている洋史の姿は、中学時代の時と変わらず、今でも格好良い。

 

 しかし、側にいるとなんとやらで、野球をしていない時の姿も目に付いてしまう。

 女子に対して非常にだらしない、女ったらしのクソ野郎の姿が。


 学年を問わず、毎日の様に、にわか女子生徒ファンをとっかえひっかえ。

 猿かッ! と言いたくなる。

 

 実力があるため、監督、主将キャプテン、バッテリーを組んでいる捕手キャッチャー他、部員の誰一人として洋史の素行を注意しない。


 マネージャーも自分を除く全員が、すでに一度はベッドの上のスポーツで洋史と汗を流していた。

 もはやこの野球部で唯一陥落していないのは、皮肉にも香純ただ一人だった。

 甲子園に行くには米村洋史の力が必要なのは、誰の目にも明らかだ。

 香純もそれは否定しない。


 だが、特別扱いは違うだろ。


 普段の素行については、たとえ洋史より実力が無いとしても、誰か注意すべきだ。

 これは洋史のためでもあるのだ。

 洋史のことを思えば、誰か一人でも良いから、注意してあげられる存在は必要なはずだ。

 そして、それは自分マネージャーではなく、同じグラウンドで戦う野球部の仲間だんしの方が良いに決まっている。


(本当に、ヘタレしか揃ってないんだから。ウチの野球部は!)


 みんな良い人達なのだが、その点だけは不満だった。


「香純ちゃん。俺にもタオルをプリーズ!」


 洋史と同じ2年の岡部おかべ恭祐きょうすけが香純は濡れタオルを求めてきた。

 恭祐は洋史と同じくらい体格が良い。

 今はベンチだが、三年生が引退した後のクリーナップ候補として期待されている強打者だ。


(来たな、一番のヘタレ野郎)


 香純はジト目を剥きながらも、恭祐に濡れタオルを渡した。

 香純が見るに、この野球部で洋史と一番仲が良いのは恭祐だ。

 しかし、苦言を呈しているところを見たことがない。


「香純ちゃん。なんか、めっちゃ、オコじゃね。もしかして、あの日?」


「セクハラですよ。岡部先輩」


「お前も真面目だよな。もうちょっと柔らかくなろうぜ。コレをヤってさぁ」


「だから、その手の動きをやめてください!」


 洋史が先程の手の動きを交えてからかうと、香純は面白いようにまた顔を真っ赤にして怒る。

 その様子を「またか(笑)」と他の部員達は微笑ましく眺めていた。

 これが、ここ最近の皇高校野球部の日常である。


「まったく! ヤることしか頭に無いんですかッ、米村先輩は! もし相手の女の子が妊娠とかしたら、どうすんですか! 一発でアウトですよ! そもそも、相手の子に責任取れるんですか!」


「安心しろ。ちゃんとゴムを付けて避妊はしている。その辺は抜かりない」


「そういう問題じゃなーいッ!?」


 見事なボケとツッコみ。

 もはやコンビだなと周りは思った。


「でも、あれだな。洋史にここまで言えるなんて、大したもんだな。まるで紅坂こうさかみたいだな。髪型もそっくりだし」


「えっ!? 紅坂先輩ですかッ!?」


 紅坂こうさか里美さとみとは、恭祐と同じ2年F組の女子生徒で、校内で知らぬ者がいない超美少女だ。背が高くてモデルのようにスタイルが良く、それでいて女優のように綺麗な面立ちと雰囲気があった。

 校内では生徒会に属しており、次期生徒会長候補筆頭と噂されているほどだ。

 そんな憧れに近い彼女に似ていると言われ、香純も嫌な気はしない。

 むしろ、ニヤケてくる。

 しかし、洋史はそれを否定した。


「いや、いや。アイツに香純ちゃんのような可愛げはねぇよ。男に本気でグーパンチするような暴力女だぞ。あんなゴリラを嫁に欲しい奴はよっぽどのマゾだな」


「それ言っちゃったら、皇高校ウチの男子の大半はマゾってことなっちゃいますけど……ちなみに、紅坂先輩とは、その……ヤッたんですか?」


「ねぇよ! 天地がひっくり返って、明日地球が滅亡するって分かっても、里美アイツだけは100パーねぇ!」


「そこまで言いますかッ!?」


 あまりの拒否宣言に香純は呆れつつも、内心、ほっとした。


(良かった。紅坂先輩まで、米村先輩に股を開いていたら、ウチの高校はもう終わりだと思ったけど、あの人は別格だ。やはり、あそこに群がるビッチ達とは違う)


 もっとも、洋史と紅坂里美が小学校からの幼馴染の間柄だという事は香純の知らない話である。


「うーん。やっぱ、なんか里美って感じじゃなんだよな。どっちかと言うと、裕一郎の方じゃね? なんか、こうツンデレっぽいところが」


 今度は恭祐がそれを否定した。


「いや、洋史。アイツが俺にデレたとこなんて見たことないぞ。ってか、そもそもアイツのツンだって、香純ちゃんのように可愛くないどころか、嫌らしいほどネチネチっていうか……」


「あのう……裕一郎って? 誰ですか?」


 香純は初めて聞く名前だった。

 違う学校の生徒だろうか。


「そうか。香純ちゃんは知らんわな。洋史の中学時代の恋女房だ」


 野球で『恋女房』とは、捕手キャッチャーの隠語だ。

 中学時代の恋女房ということは、香純が見たあの完全試合の時の相手の捕手ということになるが、洋史にしか眼が行っていなかった香純は、あまり覚えていない。


「本名、青山あおやま裕一郎ゆういちろう。俺や紅坂と同じクラスで、洋史とは幼馴染なんだ。小年野球の時からバッテリー組んでんだろ?」


「まぁな。本当、昔から滅茶苦茶ウザかったからな。中学時代なんて副キャプテンの癖にキャプテンの俺に文句ばっかり。毎日、喧嘩ばっかりしてたぞ」


「なんとッ!?」


 洋史と恭祐の話を聞いて、香純は驚いた。

 無論、洋史は面白おかしく聞かせるために多少盛って話していたが、香純はそんなことはどうでもよかった。

 世の中に、このクソ野郎の手綱をちゃんと握っていた人間がいたとは。

 

 しかも、こんな身近に。


「そんな神みたいな人がいたんですんねッ!?」


「神って、お前。大袈裟(笑)」


 会ったことはないが、このクソ野郎に注意や喧嘩ができる時点で、香純の中では神様レベルの尊敬だった。


「青山先輩ってどんな人なんですか?」


「あっ!? 俺、去年の文化祭の写真持ってるぞ。見るか?」


「ああ。アレか(笑)」


「ぜひ!」


 恭祐の言葉に香純は飛びつく。

 香純からしたら、ぜひそのご尊顔を拝見したいといったところだろう。

 しかし、何故か、洋史は笑っていた。

 恭祐は自分のスマホで撮った写真を見せる。


「この紅坂とツーショットで写っている奴が青山だ」


「ほう、ほう」


 香純は恭祐のスマホの画面を覗きこんだ。

 そこに写っていたのは二人の女子生徒だった。


 一人はジャージ姿の紅坂里美。


 文化祭を楽しんでいる様子が伝わってくるほど、飛び切りの笑顔でピースしている。


 対照的にもう一人、制服姿の女子生徒の方は、どこか笑顔がぎこちない。

 しかし、顔立ちは整っていた。

 背丈も里美より少し高い。

 里美と同系統である黒髪黒眼の綺麗系の美少女で、クラスに居たら普通にモテるだろうなぁと香純は思った。


「……ってッ!? 女の子じゃないですか!?」


 どう見ても恭祐の言う青山先輩は女子生徒ではないか。


「バァーカ。裕一郎なんて名前の女はこの世にいねぇよ。これは去年の文化祭の女装コンテストに参加して優勝記念に撮った写真だってよ」


「えっ、こんなに細くて捕手って大丈夫なんですか? 沖田先輩みたいにガッチリしてなくて」


 香純の中で捕手は、今、洋史とバッテリーを組んでいる3年の沖田先輩のように太っていたり、体が大きい人のポジションというイメージだった。

 実際、どの高校の捕手を見ても、みんな体が大きい。

 しかし、写真の青山裕一郎の体型は明らかに細い。

 それも女子生徒の制服が着られるレベルで。


「まぁ、捕手は体型だけじゃ務まらんからな。一番はここよ」


 恭祐は自分の頭を指さす。


「お前が言っても、何の説得力もねぇよ。第一、試合でやったことねぇだろ、捕手。それより、これ。本当に最高傑作だよな。なかなか良い仕事するじゃねぇか。里美のやつ」


 洋史は携帯の写真を見ながらしみじみと言う。


「本当だよな。ウィッグとメイクでここまで化けるんだからな。あっ!? ちなみに、コイツが着ている制服は紅坂のやつな」


「へ、へぇ……そうなんですね……」


 恭祐はどうでも良い裏話を暴露した。


「今年も里美のやつ参加させんのかな?」


「やるなら、やっぱメイドが良いよな。あっ、でも浴衣も捨てがたい」


「いや、いや。やるならもっと攻めろよ。やっぱ水着だろ。里美に言っとけ。思い切って、ビキニを用意しろってな?」


「言うなら、お前が言えよ」


「なんでだよ。俺、今、クラス違うんだから、無理に決まってんだろ」


 洋史はG組で三人とはクラスが違う。


「安心しろ。恭祐。骨は拾ってやるからよ」


「嫌だー。まだ死にたくねぇよ!」


 このバカ二人のやりとりを香純は呆れた顔で眺めていた。


(でも……ちゃんと言ってくれる人がいるじゃないですか。米村先輩)


 その事に香純は安心した。


 一方で、何故、青山裕一郎は野球部に入らなかったのだろうか。

 香純はちょっと疑問に思った。


 中学時代、野球部の副キャプテンで、捕手。


 チームのかなめではないか。

 それも米村洋史という問題児キャプテンに言う事を聞かせながら、その役割ポジションを全うしている。


 野球の知識が無かった中学時代の香純ならともかく、今の彼女はそれがどれだけ凄い事なのか、分かる。


(まぁ、多分、このクソ野郎に愛想を尽かしたんでしょうけど……)


 香純は心底、そう思った。


「よぉーし、じゃあ、着替えて帰るか。香純ちゃん、一緒に帰ろうぜ!」


「どうせ、コレがヤリたいだけでしょ……」


 洋史の手の動きを真似する香純。

 入部して、2ヶ月足らずのはずだが、すっかり洋史への耐性が出来上がっていることに感心する恭祐だった。


「ちげぇよ。ラーメン食って帰ろうぜ」


「えっ、ラーメンですか?」


「毎日ヤってちゃ腰がもたねぇからな。今日は休みだ。奢ってやっから、一緒に食って帰ろうぜ」


 たまにこういう事するから、嫌いになれない。


「まぁ、そういうことでしたら……じゃあ、ありがたくゴチになります。米村先輩」


 香純は素直にお礼を言った。


「俺も一緒に行っていいか?」


「来ても良いけどよ、恭祐。さっきから気になってたんだが、お前の足元のそれ。なんだよ?」


「ん? 足元……」


 恭祐は自分の足下へ視線を下ろす。

 その視線の先―――彼の足下には、不思議な光を放つ円環と幾何学模様でかたどられた、俗に言う魔法陣らしき物が現れていた。


「えっ、な、なんだ?」


「こ、これって……」


 刹那、魔法陣は爆発したかのように強い光を放つ。


「岡部先パイッ!」


 香純の声が恭祐に届いたかどうかは分からない。

 ただ、激しい光に反射的に眼を瞑った洋史と香純が、次に眼を開いた時、目の前に居た岡部恭祐の姿はどこにもなかった。


――――――


 恭祐の消失現象は、彼らの地元の至るところで、目撃された。

 そして、消えた人間にはある共通点が存在する。

 それは皇高校の2年F組に籍を置く生徒であるということ。

 この事件は明日以降『皇高校2年F組集団神隠し事件』として世間を大いに騒がせることになるのだが、それはまた別の話である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ