7.完全治癒
瞬き1回、時間にして約100ミリ秒。その僅かな間で、光景は一変していた。周囲の木々は消え失せ、その代わりに豪華な装飾の施された部屋へと変わっていた。失礼だが空気が少し、ほんの少しだけ、濁った気がする。
驚愕の余り口を開いたまま茫然自失していた俺の隣で彼女はこれが日常だと言わんばかりに着ていたコートを近くの椅子に掛けると、くるりとこちらに振り向いた。
「じゃ、私は治癒師さんとか呼んでくるから、座って待ってて」
ソファーを軽く叩きながらそう言って部屋から出ようとした彼女は、はっと何かを思い出したかのようにこちらに振り返るとこちらを睨みながら呟いた。
「……部屋から出ないでね?」
出たらどうするつもりだろう、そんな愚かな考えが一瞬頭を掠めたが、そもそもそんなことができる状態でもないので素直に頷いておく。
それを確認すると彼女は満足したようで、駆け足で部屋を出て行った。
俺ははぁと溜息をつくと指示された通りにソファーに腰掛け、大人しくすることにした。
暇つぶしに改めて部屋を一望するが、本当に豪華だ。ただ、豪華といっても全て金で出来ていたり、宝石が埋め込まれているというわけではない。家具1つ1つが一目で高品質だとわかるような見た目なのだ。机や椅子には明るい色合いの木材ーーーおそらくメープル材ーーーが使われ、白や赤、紺を基調とした色で模様が描かれている。ベッドはとにかく大きかった。キングサイズくらいあるのではないだろうか(見たことはないが……)。敷かれている純白のシーツには皺ひとつなく、布団は干したてのようにふっくらとしており、どちらも綺麗に整理されていた。高い天井にはシャンデリアが下げられており、暖かな光を部屋全体に行き渡らせていた。テラスに通じている窓は天井に届くほどの大きさだ。
この部屋だけで一体幾らかかったのだろう、と考えていたところで再び扉が開き、あの白髪の少女ともう1人、白衣を着たいかにも無理矢理連れてこられました感を醸し出す女性が入ってきた。
「……へぇ、君が森にいたって言う子かぁ。私はここで治癒師をしてるリラって言うもんだよ。まぁ、見ての通り命令されて嫌々連れてこられたんだけど……」
開幕の挨拶を非常に面倒くさそうな口調でしたリラはこちらに近づいてくると、俺の怪我をじーっと見つめた。
「うわぁ……。こりぁ随分派手にやられたねぇ。奇襲食らった上に更に追撃も食らったって感じかな」
ご名答である。
「どうですか?治せます?」
「楽勝楽勝、こんくらいならすぐ治るよ」
リラは俺の真ん前に立って、腰を下ろして手のひらを俺に向けて伸ばすとボソリと何かを呟いた。
先程からこの2人がこの瞬間何を言っているのか非常に気になっていた俺は必死でそれを聞き取ろうとした。
ーーーひか…う リペ…い…ん…
だめだった。聞き取れたのはこの僅かな単語のみだった。しかし言い終わると同時に白髪の少女が使ったものより遥かに上回る量と大きさの光の粒が現れ凄まじい速度で傷口に入り込み、内から治していった。少しずつ感覚が戻ってきているのがわかる。
「……はい、これでおしまい。3日間は激しい運動は控えるように、以上!じゃ、私は帰って寝るから。あとよろしく!」
「えっ、ちょ……!」
お礼をいう間も無くそう言い残し、嵐のように出ていった彼女を俺たちは無言で見つめていた。
「あの人いつもこんな感じなの?」
「うん。するなとはいってるんだけどね」
もう慣れたよ、と彼女は諦め顔で付け足した。しかし、次の瞬間、彼女の表情は険しいものに変わっていた。再度命の危機を感じ、後ろに下がろうとしたが、彼女の方が圧倒的に早かった。
「ごめんね。時期と場所が悪かったってのもあるんだけどそもそもこうゆう決まりなんだ」
俺の喉元にはいつ抜かれたのか、つい先程まで彼女の腰に下げられていた刃渡り1メートルほどの剣が添えられていた。
「今からあなたの尋問を始めます。……大丈夫、嘘ついたりしなかったら殺しはしないから」
俺の頬をすぅー、と1粒の汗が流れた。焦りと同時に俺は思った。
こういうのって怪我治す前にするんじゃないの……と。