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色なし勇者の戦い方  作者: Momiji.FS
第1章
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5.出会い

 木々の隙間を掻い潜り、ただひたすら走り続ける。木の根で躓かないようにしながら持てる力の全てを足に集中させる。これが体力テストなら余裕で自己ベストが取れるだろうなぁ、とそんなことを頭の片隅で考えられる程度に落ち着いたところで一度立ち止まってみる。かなりの距離を走ったのだろう。もうあの恐ろしい咆哮は届いてこなかった。


「もう……大丈夫かな」


 安心と同時にどっと疲れが押し寄せて近くの木にもたれかかり、へなへなと力なく座り込む。荒くなった呼吸を整え、澄んだ空気を肺いっぱいに送り込む。落ち着いた後も、大きな深呼吸を数回繰り返す。一息ついたのちに、ゆっくり立ち上がる。日はまだ高い位置にあるものの、この森がどこまで続いているのかわからない以上、移動できるうちに動いておこう、という判断からだった。


「早くここから出ないと」


 贅沢を言うならば、今日中、できれば日が沈む前にこの森を抜けたい。まぁ、望み薄だとは思うが。その場で軽く足を動かし、歩みを進めた。


 一歩進む、それとほぼ同時に正面から強い風が吹き、右肩に強い痛みが襲いかかる。


「いっ……つ!」


 何が起きたのか理解できず、左手で肩を押さえ、一先ずそこから離脱を図ったがそれは叶わなかった。


「ぐはっ……!」


 次は腹部、先程とは比べ物にならないほどの激痛。そして、俺は数メートル先まで軽々ぶっ飛ばされ、木にぶつかり停止する。背中を強打し、喉元まで上がってきたものを吐き出す。血だ、とても鮮やかな赤色の血。


 まずい……。


 ここに来て、遂に強運が切れた。その上、致命傷を負うという大打撃。


 薄れる視界の中で俺の腹を殴った犯人と思われる生物を捉えた。熊だ。ニュースでよく見るヒグマのような姿をしていた。しかし、大きさが違う。5メートルはあるのではないだろうか。その上、2本足で立っていた。いや、2本足で歩いていたと言った方が正しいだろう。


 そいつはゆっくりと、しかし、着実に俺に近づいてきた。這ってでも逃げようとするものの、背骨が折れているのかほんの僅かに動くだけで痺れるような痛みが来る。俺が身動きを取れないで慌てているうちに、奴は俺の目と鼻の先まで来ていた。両手を地に着き、顔を近づける。匂いを嗅いでいるのか荒い鼻息が鼓膜に響く。すると頭の上に何やら生臭いベトベトしたものが降ってきた。それを涎だと悟った時点で俺はもう死を覚悟した。生暖かい息が体に当たる。口を開いたようだった。


 クソッ、ただで食われてたまるか……!


 ポケットに入っていたシャープペンシルに手を伸ばす。上手く目に刺すことができれば、逃げるだけの隙を作れるかもしれない。熊を睨みながらその時を待っていると、不意に熊が顔を上げ、後ろを向いた。そして両手を広げた。威嚇行動を取ろうとしたようだった。しかし、それよりも奴の首が落とされる方が圧倒的に早かった。右斜め上から綺麗に切断されたそれはずるりと滑り、落下した。巨体が膝をつき、倒れる。もうピクリとも動かなかった。


 衝撃的な出来事に呆気にとられていると、熊の亡骸、俺から見て正面から誰かが近づいてくる。足音からして人だろう。


 助かった、と薄っすら目を開くとそこには、白髪の可憐な少女が立っていた。それは、こんな状況にも関わらず見惚れてしまうほどのレベルであった。


 彼女は俺を視界に捉えると、驚いたような表情をし、その後、不審な人を見るような目で俺を見た。


「あなた……どうしてこんな所にいるの?」


 一言目がそれだった。

 しかし、俺はもう口を動かすことすら出来なかった。


「あっ、それより先に治療……」


 駆け足でよってきた彼女は、俺に向けて手を伸ばすと、ポソリと何かを呟いた。すると、その手から柔らかな光の粒が現れ、俺の体に吸い込まれていった。不思議なことに、その数が増えていくとともに痛みが少しずつ引いていった。5分ほどで口が動かせるようになり、10分で痛みはほとんどなくなった。


「……ありがとう」


「どういたしまして。でもあくまで応急処置だから痛み止めくらいの効果しかないんだけどね」


 感謝の意を伝えると、彼女はにっこりと微笑んで言った。死の危機から救ってもらったのだ。土下座してもいいくらいだが、まだ体は上手く動かせないためこの感謝法は保留にしておく。


「ところで……」


 どこから取り出したのか、包帯で俺の腕を巻いていると、彼女が真剣な眼差しで話しかけてきた。


「あなた……どうしてこんな所にいるの?」


「……わからない。気がついたらここで倒れてたんだ」


 隠す必要もないので正直に伝えておく。すると、その返しが意外だったのか、はたまたおかしかったのか、彼女は一瞬戸惑ったような表情をして質問を続けた。


「じゃあ、どこから来たの?」


「日本の千……」


「えっ!?ニホン!?」


「千葉県から」と言い終わる前に彼女の声に遮られた。「日本」という固有名詞を聞いた途端、彼女は大きく反応した。そんなにおかしなことを言っただろうか……。


「……本当に?」


「え……?本当だけど?」


 俺の解答を聞いて、彼女はますます戸惑ったようだった。そして、少し考え込んだ。


「もうすこし詳しい話聞きたいから、場所移そっか」


 彼女の言葉に、俺は頷くことしかできなかった。



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