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色なし勇者の戦い方  作者: Momiji.FS
第1章
35/43

35.智風悠真、剣技を習う

「それじゃあ、始めようか!」


 朝から元気いっぱいのレオナが訓練場で叫んだ。


 今この場にいるのは、俺と智風、レオナの3人だ。それぞれが戦闘用の服に着替え、腰に木刀をさしている。俺は新しい純白の騎士隊コート。階級は一応2級兵という扱いになっている。一方の智風は紺色の魔法隊ローブを羽織っている。こちらは3級兵。どちらも新品のため、生き生きとした輝きを生地が放っているように見える。


 階級は上から、騎士団長、副騎士団長、1級兵、2級兵、3級兵、4級兵(新兵など)となっている。内訳としては、騎士団長が両隊に1人づつ、副団長が両隊4人づつ、1級兵が全体の約5%、2級兵が約15%、3級兵が約半数、残りが4級兵となっている。


「「よろしくお願いします!」」


 俺と智風は、ほとんど同時に挨拶を返した。


「じゃあ〜、早速だけど……模擬戦してみよっか〜」 


「え、えぇっ!?いっ、いきなりですか!?」


 レオナのいきなり過ぎる発言に智風は明らかに動揺していた。「模擬戦をする」ということは、「俺と智風が戦う」ということを意味する。この世界に来てから、俺はレイアとクロス以外との対人戦の経験はほとんどない。街中でレイアに絡んだチンピラを軽くしばいたくらいである。あくまでこの世界では、だが。


 レオナはそんな智風の反応をある程度予想していたようで、俺とレオナの顔を交互に見ながら不安そうな表現をしている智風を宥めるように話し出した。


「まぁ、そうなる気持ちもわかるけどね〜。対人戦闘に置いてシュウくん以外の適任はいないと思うんだよね〜」


「まぁ、クロスさんだと下手したら殺しかねないし、レイアやレオナさんだと魔力量が違いすぎますからね」


 力の差が少ない、かつ加減が出来ることを見込まれて俺が選ばれたということだろう。


「僕……対人戦なんて出来ますかね……?」


 智風は自身なさげに呟く。


 俺が知っている限り、智風の対人訓練はこれが初めてのはずだ。対モンスター戦闘は何度か経験があるはずなので、そこまでの抵抗はないはずだ。しかし、相手が人間となってくると話は難しくなってくる。大半の人は、他人を攻撃する、つまりは傷つけることに関して抵抗を示す。剣道や柔道など、相手を傷つける可能性の高い競技をしている人でさえ、「ある程度の加減」をして相手を傷つけないようにしている場合が多い。俺も真剣をやっているが、「相手を傷つけずに勝つ」方法、いわゆる「峰打ち」を師匠から教わっている。


 だが、こちらの世界ではそんな生温いことでは生きていくことは出来ない。


 襲いかかってくる人間のほとんどは俺たちを殺す気で来る。そんな時のために自分を守るための防衛手段を常に持っておく必要がある。今の智風にはそれが無い。


「智風、ここは地球(向こう)とは違うんだ。最低限の対人戦技術を持ち合わせてないと、下手したら死ぬぞ」


「わかってはいるけど……」


 少し脅しをかけて言ってみたた。しかし、それでも智風にはまだ「人を傷つける」ことへの抵抗が拭いきれないようだった。まぁ、智風の性格上、難しいのはわかっていたが。


 どう言ったからいいだろうか、と俺が頭を抱えたくなっていると、レオナが俺に代わって言葉を繋いだ。


「智風くん。君の世界ではどうなのか私は知らないけど、この世界では自分の身は自分で守らなきゃいけないの。子どもや老人でもない限り周りは助けてくれないよ?」


 智風は俯いて黙り込んでしまう。彼もそれは理解しているはずだ。この世界では、最悪「殺す」という手段を取らなければならないということを。理解していても納得が出来ない、というのが今の智風の状態だろう。


「君も友達を助けたいんでしょ?だったら尚更対人戦闘技術を磨いた方がいいよ。……自分の身も守れないようじゃ、他人を守れるわけないからね」


「あ……」


 レオナの厳しい言葉が智風に刺さる。実際、彼女が言っていることは何一つ間違っていない。俺もそう思うし、そう教えられた。


 ゆらゆらと不安な表情だった智風の顔がきゅっと引き締り、腹を括った表情に変わった。


「レオナさん、神城くん。……ご指導お願いします!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふっ!!」


「ひぇっ!!」


 俺が縦方向に振り下ろした木刀を智風が情けない声を上げながら避ける。そんなに早く振り下ろしたわけでもないが、彼は目をつぶって握った木刀を盾によろよろと逃げ回っていた。


「………」


 当然、隙だらけである。


 その場から動かずとも彼の木刀を弾き飛ばすことなど容易なことだった。


「はい!そこまで!」


 俺が木刀を智風に突きつけたところでレオナが静止をかけた。この短時間で一体何度目だろうか。智風は驚くほどに剣術が下手だった。運動神経は悪くはない、どちらかといえばいい部類に入るはずなのだが……。


「智風……お前そんな運動出来なかったっけ?」


 尻餅をついてしまった彼の手を引っ張りながら訊ねる。


「いつ剣を振ればいいのかが、まだいまいちわからなくて……」


「相手の太刀筋をよく見るんだ。それを受け止めるようにして剣を構えればいい。智風は魔法メインの戦いになるだろし、まずは受けの練習からしよう」


「わかった。やってみるよ」


 まだ熱意を失っていない彼の目を見て、俺はますます教え甲斐があるがあるなぁとやる気を出すのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 右下からの切り上げに対して、左下から合わせてくる。


 縦方向の振り下ろしに対して、垂直に受け止めてくる。


 軽いフェイントをかけるとバックステップで距離をとる。


 この3日間の近接戦トレーニングによって、智風は驚くほどの成長を遂げていた。やはり、ポテンシャルは高いようだった。教えることをまるでスポンジのように吸収していく。日に日に試合時間は長くなり、隙もだいぶ少なくなってきた。もう3日前の彼とは比べものにならない。


 だが……。


 ーーー六葉流剣術 二式……


 完全に受けにまわっている智風の木刀に向けて下方向から急速に切り上げる。


 空に駆け昇る龍のごとく。


 ーーー昇龍(のぼりりゅう)!!


 パァァァアンッ!!という大きな音とともに、智風の手から離れた木刀が空高く舞い上がり、数メートル離れたところに落下する。


 智風はその場から動けずに硬直している。六葉流剣術の二式、『昇龍』。防御に徹している相手から武器を奪うと同時に、強い力によって筋肉を麻痺させる技だ。本来はここから他の技へと連携を繋げていく。


「はいっ!そこまで!」


 この数日間で下手すると100回以上聞いたレオナの静止で、俺は木刀を下ろす。


「だいぶ良くなったね〜。守りが固くなってるよ」


「そうですね。これだけ出来れば、並のチンピラくらいじゃ相手にならないと思います」


 俺とレオナからの褒め言葉を受けて、嬉しそうに智風が笑みを浮かべる。


 この短期間で本当によくここまで伸びたと思う。少なくとも防御面ではかなりの向上があった。ここまで来れば、次のレベルに上げても大丈夫だろう。


「……次は魔法を使いながらの訓練だね」


 レオナも全く同じことを考えていたようだった。智風は魔法メインの勇者だ。剣技はあくまでも魔法の補助に過ぎない。彼のような魔法使いは近距離戦に持ち込まれると何もできない場合が多い。そのため、自衛手段として防御中心の剣技を教えただけだ。


「智風、明日からは4割でいくからな」


「4割」というのは俺がどれくらい本気を出しているか、という目安のことである。今日までは大体3割くらいしか出していない。


「……5割」


 俺の宣言を聞いてから少し考え込んでいた智風がぼそりと呟いた。


「5割でお願い、神城くん」


 本当に……こいつは……。


 ぼろぼろの顔が夕焼けに照らされてはっきりと写る。何事にも熱中し、決して手を抜かない。だからこそ、これまでの彼があり、今の彼がある。


「わかった。明日からは5割でいく」


 そう言うと、智風は嬉しそうに頬を緩ませた。


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