3.始まり
「なぁ、教室の床ってこんな傷入ってたか?」
誰かが誰かに尋ねたこの話は、あっという間にクラス全体へと広がった。それは例の夢の話をしていた俺たちのもとにもすぐに届いた。
床が一体どうしたというのだろうか?
目線を下へと向けると、飛び込んできたのは年月が経ち、一部が茶色く変色した規則正しい直線の入った木製のそれではなく、全体に黒いペンキのようなもので何かが描かれているそれであった。手を伸ばして触れてみるが、傷特有の凹凸は見られない。少し強めに擦ってみても、皮膚が黒くなることもない。かと言って、木目だというには無理がある。そもそもこんな目立つようなものにどうして今まで誰も気付かなかったのだろうか?いや、それ以前に俺が教室に入ったときにあっただろうか?
「……シュウ、俺が朝来た時こんなんなかったぞ」
同じ結論に達したのか、表情から察したのか、大地が耳元で囁いた。
「まじ?」
「まじ。今日一番で教室入った時はいつも通りだった」
「……そうか」
ーーーなんで朝弱いお前が一番なんだよ……。
と、内心ぼやきつつ、もう一度それに触れようとした。その時、ほんの一瞬だが、その部分が淡く光ったような気がした。見間違い、もしくは気のせいか?と思ったが……。
「なんか光ってるぞ!?」
「なんだこれ?」
どうやらそうではないらしい。クラス内がざわめき始めた。
「なんの騒ぎだお前ら!どうした!?」
騒ぎを聞きつけてか担任の轟先生が勢いよく教室の扉を開いて飛び込んで来た。
「なんだこれは……!?」
彼の目には、ぼんやりと不気味に輝いている教室の床と混乱状態の生徒たちが映っていた。中には恐怖のあまり泣き出してしまった者もいる。その光景はまさに地獄というのに相応しかった。
「教室から出る」という冷静な判断ができた者が1人でもいれば、彼らを迎えた結果は変わっていたのかもしれない。だが、この状況でそんなことができる者など1人として存在しなかった。
悲鳴や泣き声が入り混じった中、光は沈静化することを知らず、徐々に輝きを増していった。それに応じて混乱も増す。しかし俺は、そんな中であるものを見た。光っているのはあの黒い部分のみ、だがその中に旧態依然の部分があった。
よく見ると、ところどころに同じような場所がある。まるで一部電気が切れたお店の蛍光灯のように……。
どういうことだ?こ……
思考を巡らせるより早く、光は目を開かないほどに輝き、直後に身体に襲いかかる一瞬の浮遊感、水中をゆっくりと沈んでゆくような、そんな感じ。言葉に出来ないような心地よさを感じ、抵抗するなど頭の隅でも考えられず、俺は意識を手放した。