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色なし勇者の戦い方  作者: Momiji.FS
第1章
27/43

27.水玉の加護

 少しずつ竜が近づいてくる。周りを闊歩するのに飽きたらしい。死のカウントダウンが大きな振動と共に忍び寄って来ている。


 俺はぼろぼろの身体に鞭を打って、何とか立ち上がるが、もう奴に対して有効的な攻撃手段は持ち合わせていない。構えた剣はあちこちにひびが入り、衝撃を軽減する魔法がかけられたコートは既に破れ、効果を発揮していない。


 どうするーーー!?


 武器なし、魔力なし、道具もぼろぼろ。仕舞いには打つ手もない。竜はそんな俺たちを嘲笑うかのように、紅の夜空に向かって咆哮を上げる。どうやら、慈悲もないようだ。


 隣でレイアが必死に魔法を組み上げようと奮闘しているが、薄らとした小さな魔法陣が生まれては消滅し、生まれてはまた消滅を繰り返している。彼女の表情に珍しく焦りが見えた。


「レイア……転移魔法は組めないのか?」


 竜の目をしっかりと捉えながら、レイアに訊ねると、彼女は申し訳なそうに答えた。


「残りの魔力全部使えば、1人分は……何とか……」


「そうか……よかった」


 それを聞いた彼女がえ?と俺を見上げるのを背中で感じる。


「レイア……それ使って逃げろ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私は、彼が、シュウが言ったことをすぐには理解出来なかった。感情が一瞬凍りついたが、怒りですぐに溶け出し、一気に噴き上がった。


「そんなこと……」


 一緒に過ごした一月の記憶が脳裏を駆け抜ける。彼が護衛としての責務を果たそうとしているのは、旅を始めてすぐから嫌ほど伝わってきていた。決して強くはないのに、必死で私を守ろうとしていた。私としてはそんな堅苦しい関係ではなく、もっと親密な関係でいたいと心から思っていた。


 だから、私は怒りを込めて叫んだ。


「……そんなこと、言わないでよ!!」


 涙が眼から溢れ出し、滴る。


 シュウはそんな私をちらりと横目で見つめたが、再び前を向き、辛そうな表情で眼をぎゅっと閉じた。


「君が援護を連れてくるまでの時間稼ぎをするだけだよ……。じゃ……行ってくる」


 そう小さく呟くと、彼は雄叫びを上げながら、ぼろぼろの身体で竜へと駆け出した。


 やめてーーー。


 彼と同じように、私を庇って敵わない相手に立ち向かっていく人を、過去にも見たことがあった。その姿が、彼と重なった。


「やめてぇーーーっ!!」


 抑えられない涙を流しながら、私は叫んでいた。あの人と同じ結末を迎えることは、絶対に嫌だ。妨害されながらも無理矢理魔法を組み上げ、彼の後を追う。素早さのステータス値は私の方が圧倒的に上だ。すぐに追いつき、彼の背中に優しく触れる。


 全魔力を込めて作り上げた、想いのこもった魔法陣は彼の背中にすっと吸い込まれていった。


 これでいいーーー。


『力があるのなら、奪うためじゃなくて、守るために使いなさい』


 これで……いいんだよねーーー。


 ゆっくりと目を閉じると、「あの人」の言葉が脳内で響き渡る。幼い私に、ずっと言い聞かせていた言葉。優しくて思いやりがあり、そして勇気を持ち合わせた、私の目標。


 約束、ちゃんと守ったよーーー。


 そして、再び目を開いたとき、そこに彼はいなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うっ……!?」


 突然誰かに背中に触れられたと思うと、一瞬で視界が変わった。目の前にいた恐ろしい竜は消え、黒い夜空には赤青黄の星々が浮かんでいる。


「まさか……!?」


 周りを見渡すが、竜の姿も、レイアの姿も見当たらない。しかし、遥か遠くの空が赤黒く染まり、漆黒の稲妻が走っているのは、ここからでも確認出来た。


「レイア……」


 そこで俺はレイアが俺に転移魔法を使ったのだとようやく悟った。そして、同時に彼女の魔力が尽きたこともーーー。


 魔力が空になると、身体機能が著しく低下し、言い表せないほど辛い倦怠感に襲われる。


 彼女は今、竜の目の前でーーー。


 そう思うと背筋が凍った。同時に自分への怒りで頭が一杯になった。


「嘘だろ……!?」


 握り締めた拳を思いっきり地面に叩きつける。冷たく、少し緩んだ土が衝撃を吸収し、俺の拳を汚した。


「なんで……どうして……」


 手元の泥をぎゅっと握り締め、離れたところにいる、既に殺されているかもしれないレイアに届くはずもない言葉を投げかける。


「どうして俺を逃したっ!!」


 そして、その手で自分の髪を千切れそうなほど強く握り締め、自分自身にも怒りの矛先を向ける。


 どうして……俺は……好きな子一人守れないんだよ……!!


 どうしようもない怒りの感情を、叫びにして夜空に向けて放つ。


 誰かに恋心を抱いたことなど、もう何年もなかった。そんな中でレイアに出会い、助けられ、一緒に過ごし、彼女の笑顔や優しさ、謙虚さに惹かれ、気がついたときには友情を飛び越えて愛情が芽吹き始めていた。


「もっと……強ければ……」


 助けられたかもしれない、その言葉を口にしようとしたとき、自分の胸元が淡いスカイブルーの光を発していることに気付いた。慌てて胸元を探ると、指先に小さな球体が触れる。摘んで取り出すと、それはこの世界に来たときに制服のポケットに入っていた、海を閉じ込めたかのように見える綺麗な石であった。しばらくレイアに預けていたが、結局何なのか分からず仕舞いとなり、お守りとしてネックレスに加工していた。


 突然の出来事に呆然として、ただながめていると、その光は次第に弱わっていき、元どおりの海の宝玉に戻っていた。


「何だったんだ……?」


 驚き半分、焦り半分でそう呟くと、俺はゆっくりと立ち上がり、変わり果ててしまったコートを腰に巻き、耐久値の限度を今にも迎えてしまいそうな銀剣の柄を握る。そして、レイアが真下にいるであろう赤黒い空を睨みつけながら駆け出したときに、俺はようやく違和感に気付いた。


「あれ?怪我が……」


 身体中を蝕むように広がっていた痛みは嘘のように消え去っていた。ついに痛覚すら感じられなくなったかと不安になったが、手足の傷も綺麗さっぱりなくなっているのを見る限り、そういう訳ではないようだ。


 俺は自身の胸元にぶら下がっているお守りに目を向ける。これのお陰としか思えなかった。


 走りながら右手で優しく包み込むように握る。


「ありがとう」


 ぼそりと呟いた言葉に反応して、指の隙間からほんの僅かに淡い水色の光が漏れ出した。


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