26.奥の手と奥の手
「せっ……あぁっ!」
竜の噛みつきをぎりぎりで躱し、甲殻に覆われていない顎に左下斜めからのカウンターの切り上げを行う。そして、すぐその場を離れる。それとほぼ同時に先ほどまで俺がいた位置に竜の強靭な後脚が勢いよく地面に叩きつけられ、地面が大きく震えた。
「くそっ……!」
振動で硬調を受けることだけは避けたい。《桜花爛漫》は常に動き続ける技。動きを止められてしまうとそこで技は終わってしまい、身体と肺を酷使した反動を受けることになってしまう。俺は後方へ小さく飛び、その振動を避ける。
戦闘が始まってから既に数分が経過している。時々レイアの方へと目をやると、彼女の周りには明るい黄金色の光を放つ球体が幾つも浮かんでいる。準備が終わるまでもうそこまで時間はかからないだろう。
「かっ……」
まただ、また血を吐いてしまった。本来この技は長くても1分程度で使用することを前提に作られた技だ。それを無理して延ばしているのだ。身体、特に肺に掛かる負担は尋常じゃないだろう。回復魔法をかけてもらったとはいえ、怪我もそれに追い討ちを与えていた。
これ以上……動くのは……!
危ない、そう分かっていても動きを止める訳にはいかない。今止まってしまえば、俺もレイアも生きては帰れない。
レイア……早く!!
喉の奥から上ってくるものをぐっと堪え、とっくに再生を終えている竜に向かって走り出そうとしたその時、背後からレイアの頼もしい声が響いてきた。
「シュウ!いつでもいけるよ!!!」
よし、と俺は頷いて最後の攻撃へと行動を移す。確実に彼女の攻撃を奴の目に当てる、その為に。
ーーー六葉流剣術 奥義
狙いは強靭な後脚、人間のアキレス腱にあたる部分。そこを切り裂けば、再生時間を含めて数秒は時間が稼げる……筈。
赤黒く染まった刃先をちらりと見る。この一撃が決まれば恐らく、この剣は使い物にならなくなるだろう。こちらに来てからずっと使っていただけあって、愛着が湧き始めていたものだ。心の中でありがとうと伝え、剣を後ろに下げ、最後の力を振り絞って走り出す。
「う……おおぉぉおーーーっ!!」
身体の節々の痛みを雄叫びを放って打ち消す。
地面を強く蹴り飛ばし竜へと立ち向かう。
呼吸、構え、そして走ることによって生まれる推進力。これら全てを活かした渾身の横回転の斬撃。
初代六葉流師範が生み出した、奥義の一つ。
ーーー画竜点睛!!!
赤く染まった銀剣の刃が白銀の軌跡を描きながら竜へと伸びる。
そして、俺の渾身の一撃は竜の両後脚を半ばから呆気なく切断した。
これには流石にこの竜も堪らなかったのか、耳を塞ぎたくなるほどの大声で鳴いた。そして、バランスを崩し、そのまま地面へと倒れ込む。
それと同時に頭部に向かってレイアが駆け出す。抜刀姿勢をとっているようだが、なぜか彼女は剣を差していない左側に手へと手を伸ばしている。
酸欠で滲んだ視界でその光景を眺めていた俺は、竜の脚から吹き出す鮮血を浴びながら、彼女を見守った。
すると、彼女の周りを漂っていた光球たちが次第にその形を変えながら彼女の腰へと集まり始めたのだ。光が少しづつ落ち着き始めるとそれが何なのか、すぐに分かった。
剣だ。とてもこの世のものとは思えないほど美しく、神々しい雰囲気を放つ剣。彼女のシルバーブロンドの長く美しい髪をその光が覆い、さらにその魅力を引き立てている。
「綺麗だなぁ……」
こんな状況なのに思わずそう呟いてしまう。それほどまでに、今の彼女は美しかった。
そして、彼女はぽつりと呟いた。
「聖剣魔法……光の聖剣……」
完全に実体化した剣が、先程とは比べものにならないほどの黄金色の輝きを放つ。そこだけ別の世界に入り込んだかのような神々しい光景に俺は見惚れていた。その光が目を開いていられないほどになった瞬間ーーー。
「ディバイン……ストォーーームッ!!!」
彼女が叫んだ。
流星を彷彿とさせる斬撃が、眩い軌跡を描いて竜の頭部、眼球に向かって撃ち出された。
光が頭部と激突した瞬間、眩い閃光の爆発が視界を覆う。
突然太陽が目の前に現れたかのような感覚に陥り、俺は思わず目を細める。だが、決して閉じはしなかった。この戦いを最後まで見届ける為に。
徐々に光が収まり、夜の闇が再び空に広がると、月光と星の光がそれに代わって弱々しく俺たちを照らした。
次に俺が目にしたのは、剣先から光の粒のなって消え始めている聖剣を持った少女と、下半身の一部のみが黒い物体と姿を変えて残っている竜の亡骸だった。
ーーーすごい……!!
想像以上の威力に目を見開いて固まっていると、不意に彼女の身体がふらりと揺れ、その場に倒れ込んだ。
「レイア……!?」
慌てて立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。ぼろぼろになった愛剣を杖代わりに、何度も転びそうになりながら彼女のもとへ急ぐ。
「レイア……しっかり……」
ぐったりとした彼女のすらりとした流麗な身体を優しく抱き上げる。魔力の使い過ぎで疲弊しているはずなのに、彼女は目をうっすらと開きながら小さく笑顔を浮かべた。
「あはは……ちょっと……力加減間違えちゃたなぁ」
「はは……そうだな。でもーーー」
俺も今出せる精一杯の笑みを浮かべる。
「でも……なに?」
「すごくかっこよかった……」
そう言うと、レイアはほんのり頬を赤く染めて、少し照れたような表情を浮かべた。
「さぁ、早く……治療しないと……」
「そうだね……」
俺が促すと、レイアは俺に身を委ねたまま、魔法を組み始める。久しく見ていなかったライトイエローの光を放つ紋様が周りに現れ、俺たちを明るく照らした。
「魔力……足りるのか?」
あれほどまでの戦闘を繰り広げたばかりにも関わらず、消費魔力が少ないとは言えない転移の魔法を組んでいる彼女に尋ねる。
「うん、1回分だけなら……どうにか」
それを聞いて俺はようやく一安心することが出来た。緊張の糸がぷつりと音を立てて切れたように感じた。その瞬間、俺も最後の力を出し尽くしてしまい、身を預けていたレイア共々地面に倒れ込んでしまった。全身が悲鳴を上げている、もう1歩も動けそうになかった。レイアはそんな俺を一目見て、お疲れと耳元で呟いた。
そして、光の紋様が輝きを増し、いよいよ発動、と言う時に俺たちは信じられないものを目にした。
突如夜空が赤黒い閃光を放ったと思うと、レイアが組んでいた完成間近の魔法がぴしっとひび割れる音を立て、端から黒く変色し、腐食しているかのように消滅してしまったのだ。
「そんな……」
レイアが小さく悲鳴を上げる。
妨害されたーーー!?
すぐに周りを見渡すが、ここには俺たちを意外見当たらないし、気配も感じない。竜もその体のほとんどを失ってーーー。
そう思いながら竜の亡骸へと視線を向けると、竜は焼き焦げた肉片を新しい肉片が押し出すようにして、次第にその体を取り戻し始めているのだ。ぷしゅっ、ぶちっときみが悪い音を立てながら再生するその姿に、俺は蛇に睨まれた兎のような絶望的な恐怖心を抱いた。その上、気配も魔力も全く感じない。
これは……生き物なのかーーー!?
夜空は紅の雷が走り、辺りは竜から溢れ出たであろう重量感のある魔力が漆黒の瘴気となって、地面を覆い尽くしている。
そして、1分もしないうちに俺が切断した脚も、レイアが吹き飛ばした上半身すらも完全に再生していた。血走ったその両目はしっかりと俺たちを捉え、明確な殺意を向けている。顎にしかなかったはずの甲殻も、全身に広がり、鋭い刺がいたるところに生えていた。
「まじか……冗談だろ……?」
自分の喉から絞り出される掠れた声を、俺は遥か遠い場所で聞いているかのような気分で聞いた。目の前で起こっていることを理解するのを脳が拒んでいる。
逃げないとーーー!
わかっているのに身体が言うことを聞かない。レイアも同様なのか、空色の瞳孔を震わせながらその場て固まっていた。
竜はそんな俺たちを見てご満悦なのか、ゆっくりとした動きで俺たちの周囲を闊歩し始めた。間違いなく、魔法を妨害したのはこいつだろう。先程感じた違和感はこれだったのだ。
これが……こいつの奥の手かーーー!?
俺たちの脳裏に「死」の文字が浮かび上がった。




