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色なし勇者の戦い方  作者: Momiji.FS
第1章
25/43

25.竜の奇襲

「もう日が沈むな」


 昼食を取ってから四時間ほど歩き続けたころに大小2つの太陽が沈み始めていた。


 運良く道中モンスターに出会すことがなかったので、ほぼノンストップでここまで来ることが出来た。このペースなら明日のお昼過ぎには到着出来るかも知れない。食料問題もこの距離ならどうにかなりそうだ。


「この辺でテント張れそうなところ探そっか」


 レイアも同意見のようであたりを見渡してテントが張れそうな平地を探し始めた。さらに運良く1分も歩かないうちに丁度いい平地を見つけられたのですぐに準備を始めた。


「とんとん拍子に進むねぇ」


 薪を集めていたレイアがテントを張り終えて、ひと息吐いていた俺に話しかけてた。


「はは、そうだな。ここまで運が良いと何か起こりそうで逆に怖いよなぁ」


 本来、この道はモンスターがうようよ出てくることで有名なはずなのだが、今日はそれが嘘かのように静かだ。風に靡いた草花同士が擦れ合う音がやけにうるさく聞こえる。


「……やっぱり、なんかおかしいよ」


「……なにが?」


 夕食の支度を始めてすぐに彼女が呟いた。その表情は真剣そのもので俺もきゅっと気を引く締めて聞き返した。


 レイアは集めた薪の前にしゃがみ込み指先をそこに向ける。


「夜はモンスターが活発になるはずなのに……」


 夕日が徐々にその明かりを弱めていき、空が暗闇に覆われ始める。


「ここに来るまで鳴き声ひとつ聞こえないなんて、そんなことあるのかな……」


 完全に日が沈むと同時に彼女の指先から小さな炎が現れ、そこにふっと息を吐いて薪に移す。パチパチと乾いた音を立てながら薪から別の薪へと炎は燃え移り、彼女の顔を茜色に照らす。


 俺は周囲を見渡し、同時に少し探知系の魔法を使ってみる。


 まぁ、分かってはいたがやはり何もいない。


 モンスターは勿論、


 鳥も、


 果ては虫まで。


 全ての生き物は必ず魔力を有している。探査系の魔法はその魔力反応を拾うことによって敵の位置を探る、というものだ。本来、この魔法は虫など極めて保有魔力量の極端に少ない生物を探知しないように調整しなければならないのだが、今はその必要もない。


「何かいるのか?」


 重い顔をしたレイアに問うが、彼女は首を横に振る。彼女のとんでもない探知範囲でも感知出来ないのならしばらくは心配要らないだろう。


「重く考えても現状何も分からないし、今は出来るだけ身体を休めた方がいいんじゃないか?」


「……そうだね。ずっと考えても解決する問題じゃなさそうだしね」


 レイアは「よっ」と小さな声と共に立ち上がると漂う不穏なオーラを振り払おうとしてか、精一杯の笑顔を浮かべて俺に、


「ご飯にしよ!」


 と、言うのだった。しかし、その顔からはまだまだ不安な感情が読み取れるのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 簡単な夕食を済ませると、俺たちは明日に備えてすぐに就寝した。勿論、テントは別である。何かあれば、レイアが知らせてくれるので、俺はその時すぐに応戦出来るよう武器を抱えるようにして眠りについた。


 ほんと、俺って必要なのだろうか?


 俺の探知範囲は彼女の3分の1にも満たない。戦闘能力では近接戦ならまだしも、距離を取られてしまうと勝ち目はまずない。


「俺が護衛でいいのかなぁ……」


 もっとふさわしい人がいたはずなのになぁ。


 あまりそんなことは考えたくなかったが、力不足の今はそう思わざるを得ない。もやもやとした気持ちを抑えながら俺は眠りについた。


 何も起こらないことを願いながら。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 しばらくして、俺は突然目を覚ました。


 何か来る……!?


 これまで磨かれた感が俺に最上級の危機を告げていた。


 急いで武器を取り、コートを羽織って外に飛び出すと、ほぼ同じタイミングでレイアもテントから飛び出して来る。


 レイアの探知範囲でも気づけない!?いや、移動が早過ぎるのか!?


 彼女の慌てたような、また、申し訳なさそうな表情に「大丈夫」と少しだけ笑顔を浮かべて見せると少し落ち着いたようだった。そして、すぐに顔を深刻な顔つきをして前を向く。


「……来るよ!!」


 正面か!?空か!?それとも地面からか!?


 警戒心と集中力を全力にして敵からの攻撃に備える。抜刀姿勢をとり、大きく深呼吸する。


 少しづつ小さな揺れが近づいてくる。


 そして、揺れは徐々に大きくなり目の前でぴたりと止まった。


「飛べ!!!」


 近距離の戦闘においては俺の方が有利、いち早く危機に感づいた俺は大声で叫んだ。


 俺とレイアがその場を離れると同時に地面から巨大な竜が飛び出して来た。


 でかい!?


 まず驚いたのはその大きさだ。土煙のせいでまだはっきりとは見えないがうっすらとその巨体の影が見える。


「こいつは……どうしたら……」


 落下しながらそう呟いた。体格に驚いたせいで集中が僅かに乱れてしまった。




 これが愚かだった。


 土煙の中から太く長い尻尾がもの凄い勢いで落下する俺に向かって、まるで鞭のように叩きつけられた。


「が……はっ……!」


 しまった、と思ったが時すでに遅し、防御も間に合わずに俺は吹き飛ばされ、木を何本もへし折ってようやく止まった。


「シュウ!!!」


 レイアの悲鳴にも似た声が遠くから聞こえる。


「げほっ……」


 どこから出ているのか分からないほどの大量の血を吐きだす。アドレナリンが出まくっているためか痛みは感じないが骨が何本も折れている筈だ、長くは動けない。しかし、手足は無事だったようでまだ動かせる。


 あんにゃろう……!!


 バランスを崩しそうになりながらもなんとか立ち上がる。


 レイアは……!?


 やや薄れた視界で彼女が魔法を何発も放ちながら必死で竜を俺から逸らそうとしている。


 せめて……せめて……レイアだけでも……!


 弱くても……護衛としての責務を果たす!!


「……助ける!!」


 ーーー六葉流抜刀術 十八式 雷の構え


 再び抜刀姿勢をとる。狙いは竜の首元。


 一撃で……決める!!!


 ーーー雷竜【紫電】!!


 大地を蹴り飛ばすように駆け出し、数十メートル離れた距離を一瞬で詰める。


 レイアの驚いた表情を横目に勢いよく剣を抜く、竜はまだ俺に気づいていないのかその剣先は吸い込まれるように竜の首元へ。


 そして……特に強い抵抗もなく刈り取った。


 俺は上手く止まれず竜から数メートル離れたところで転がって停止した。


 ……どうだ!?


 少しづつ出てきた痛みを我慢しながら顔を上げる。竜の首元の切り口からは夥しい量の血が噴水のように吹き出していた。レイアに気が向いていたこともあってかなり深いところまで切り裂けた。後は回避に専念するだけでも大量出血で長くないうちに死ぬだろう。


 だが、俺の考えは甘かった。


 切り裂いた首元から肉片が飛び出てきたかと思うと瞬く間に再生してしまったのだ。さらに、首周りには見るからに固そうな甲殻で覆われてしまっている。


 再生スキル、それもかなり高位のものを持っているようだ。どこまでの性能なのかは分からないが、再生スキルは最上級のものになると回復するたびにその攻撃に対して耐性を得ていくらしい。目の前の巨竜はかなりのものを持っているようだ。


「シュウ!!大丈夫!?」


 俺の攻撃直後に少し距離を取っていたレイアが俺のすぐ側まで駆け寄って来る。彼女は俺の怪我、恐らく服に付着した大量の血を見て少し怖気付いた様子だった。


「ごめんね……!すぐ治すから……!」


 彼女が両手を向けると淡い黄金色の光が俺を薄っすらと覆うように漂い始めた。


「光魔法……クロノライトヒール」


 これは、確か持続性の回復魔法だった筈だ。


「ありがとうレイア……少し……楽になった」


 俺のお礼に彼女は小さく頷いて完全に再生を終えた敵を睨む。俺も剣を握り直し、竜と正面から対峙する。


「目を……潰そう。再生には少なからず時間がかかる筈だから……そこを狙って逃げよう」


 荒れた呼吸を整えながら咄嗟に思いついた、だが最善と思われる作戦をレイアに伝える。


「わかった……」


「俺が気を引くから……隙を狙って……魔法で決めてくれ」


 俺たちを完全に敵と判断したのか、殺意の篭った視線を俺たちに向けながら威嚇を続ける竜から目を逸らさないようにしながら会話を交わす。


「……いくぞ」


 同じ手は通じない……それなら……


 ーーー六葉流剣術 十八式 連の構え


 無理に攻撃しなくていい……気を引く……それだけなら!!


 ーーー桜花爛漫!!


 竜の目と鼻の先まで一瞬で近づくき、剣を振りかぶる。竜もまさか正面から突っ込んで来るとは思っていなかったのか、遥か上にある小さな目からは驚愕の感情が読み取れたが、それも一瞬で殺意に塗り替えられる。俺に齧り付こうと口を大きく開くが、その前には俺はいない。大顎が空を切る音を小さいーーーと言っても俺の身体の二倍近いーーー前脚の真下で拾う。


 六葉流の剣技、《桜花爛漫》。舞い散る桜の如く、予測不能な動きで相手を翻弄し、隙につけ込んでその時、場所に応じた攻撃に展開する。先程使った《雷竜【紫電】》に比べると一撃の威力には欠けるため、この竜に対しては余り有効的な攻撃手段とは言えないが、今は無理して攻撃する必要はない。目に入る位置をうろちょろしていれば嫌でも気を引けるだろう。


「はっ……ふぅ……くっぅ……」


 《桜花爛漫》は身体の動きと呼吸のタイミングを合わせることで効果を最大限に発揮する技だ。精度を落とさないためには、多少無理をしてでも呼吸を維持しなくてはならない。肺が悲鳴を上げる、という表現はこういう時に使うのだろう。無理のせいか再び吐血してしまう。顔や服に鮮やかな赤がへばりつくのを感じるが、止まるわけにはいかない。


 噛みつきや長い尻尾を振り回す攻撃を避けながら極力竜の視界内に留まるように動く。


 速いし威力もとんでもないけど、動きは単純で読みやすい……!!


 次第に回避直後の隙に反撃を加えられるほどになってきた。背後ではレイアが魔力を高めているのを感じる。純度の高く、そして最高まで鋭く研ぎ澄まされた魔力。間違いなく、俺が見た彼女の魔法の中で最強のものだ。練りこまれた魔力の質が段違いだ。


 だが、それはこの竜も気付いている筈。俺への攻撃にも何処か違和感を感じる。攻撃が当たらなくなれば普通はフェイントを挟んだり、別の攻撃手段を試したりする。しかし、こいつにはそんな様子が一切ない。同じような攻撃を適当に繰り出しているようにしか見えないのだ。


 どうして……どうして……こんなに余裕なんだ……!?


 俺には、この竜が俺たちに対して手を抜いているとしか思えなかった。


 再生以外の強スキルの存在を漂わせている……そんな気がした。


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