23.ギルドの中で
宿を出た後、俺たちは嵐で飛ばされたり、壊されたりした瓦礫を避けながらこの街のギルドに向かっていた。
ギルドと言うのは簡単に言ってしまえば、職業「冒険者」の人々をまとめる施設の総称である。3人に1人は冒険者になると言われるほど身近な職業のため、サービスもきっちりしている。自身の実力やギルドへの貢献度を示すギルドランクが上がれば一部サービスの無償化などの恩恵が受けられ、より難易度の高いクエストへの挑戦許可が降りる。当然、難易度が高いほど報酬も良いものになるため、人生の一発逆転を狙って多くの人が冒険者になるのだ。
俺もレイアもお忍びで王都を出るということもあり、自身の身分を問わない職業である冒険者という扱いになっている。
冒険者となると「ギルド手帳」というものが配られる。これが非常に便利なのだ。この世界ではこの手帳ひとつでほぼ全ての生活に必要なサービスを受けられる。
今はあまり仲が良いとは言えない国家間の関係だが、それでも言語とお金とこのギルド手帳のシステムだけは統一されている。なんでも大昔に大陸全土を占領した王がこれらによって引き起こされる問題を防ぐために半生を捧げて統一した名残だそうだ。それによってこの数百年間で小さな小競り合いこそあれど戦争などは全く起こらなかった。
平和を願ってそうした制度を作っただろうに...…。
と、その王が現状を見たら大変残念がるだろうと思う。
「どうしたの?」
俺が少し険しい表情をしていることに気づいたレイアが俺の顔を覗き込んできた。
なんでもない、と返して他愛のない話をしつつギルドに向かって進んだ。
「やっぱりでかいなぁ」
「そうだねぇ」
と、こんな感じの会話をするのももう何度目だろうか。
ギルドには必須施設というものがあり、それらを備えていないとギルドと認定されないのだ。そして、それらを全て備えようとすると、最小規模でも非常に巨大な施設が出来上がってしまうのである。この街のギルドも例に漏れず巨大なのだが、これでも王都の半分ほどの規模だ。
魔力嵐の対策で固くて軽いミスリルで作られた俺の身長より遥かに大きい扉を開いて中に入ると、多くの冒険者やギルド職員が慌ただしく働いていて、俺たちには誰一人として目もくれなかった。
「...…この様子じゃあ無理かなぁ」
騒がしいギルド内の音に掻き消されないよう少し大きな声でレイアが呟いた。
ちなみに彼女は面倒ごとを避けるためにフードを深くかぶって顔を隠している。王都から離れているが、「超がつくほどの美少女かつ王女」ということで彼女の知名度はとてつもなく高いのである。国王よりも高いのでは、と噂されるほどだ。
このギルドにはラディアへの定期報告の手紙を送るために訪れたのだが、この様子では手続きだけでもどれだけかかることか...…。
「そうだな...…」
俺たちに諦めムードが漂い始めていたその時。
「どうかなさいましたか?」
重そうな書類を抱えた職員に声をかけられた。
「え?あっ、えーと.…..、手紙の配達を頼みたいですけど」
声をかけられるとは思いもよらず、レイアは少しあたふたしながらバッグの中の手紙を取り出した。
「はい。では、こちらで手続きをさせていただきます。1番の窓口でお待ち下さい」
そう言うと彼女は職員専用口に消え、すぐに窓口から顔を出した。そして、俺たちに身分証の提示を求めてきた。
俺とレイアが渡した身分証を受け取った職員は表紙の裏側に記載されている個人情報を確認し始めた。ギルドでこのようなことを求められるのにももう慣れたが、それでも通常とは違う方法で発行したものなので、何か問題がないかと度々不安になる。
「……はい。確認しました」
無事確認が終わり小さくため息を吐く。本当に何の問題もないようなので一安心だ。
「手紙の配達ですよね?どちらまででしょうか?」
「ここです」
職員が取り出した地図上の王城を指してそう答えると、彼女は明らかに動揺した様子で不信感を募らせながら俺たちを見つめてきた。まぁ、あんな自然災害の直後に王室関係の人が来るなんて思わないよなぁ。
「……頼める?」
「……いいよ」
俺の後ろに隠れるように身を潜めていたレイアに前に出てもらう。俺は彼女の顔が周りから見えない位置に移り、周囲を見て、誰もこちらに注目していないのを確認してから頷いた。そして、それを確認したレイアが受付嬢のみに顔が見えるようにフードを上げた。
「これでいいですか?」
受付嬢は一瞬疑問符を浮かべたようだったが、すぐに誰と話をしていたかを理解したらしく、みるみるうちに顔が真っ青になっていった。
「たっ、大変申し訳ございませんでしたっ!」
そして大声で謝罪した。そう……大声で。
あ……やべ……。
そう思った時には時既に遅し、突然の大声にあんなに騒がしかったギルド内がシーンと静まり返り、何事かと言わんばかりに視線が向けられていた。
レイアは慌てて、お忍びできてますから!と人差し指を口に当てて軽くパニックになっている受付嬢を宥め、俺は野次馬の中に不審者がいないか目を光らせながらも、頭の中ではあちゃー、と額に手を当て天井を仰いでいたのであった。




