22.嵐の後で
何ヶ月ぶりだろぅ...
(まいったな……昨日からとっくに精神力が限界なんだが……)
明かりを消して真っ暗になった部屋の中、俺は心臓をばくばく鳴らして未だに寝付けずにいた。
それもそのはず、俺のすぐ後ろでは可憐な少女が小さな寝息を吐いて寝ているのだ。初めは恥ずかしそうにしていたレイアであったがすぐに慣れたらしく今ではもうぐっすりだ。
一方俺はと言うと妹との添い寝の経験はあるものの、それも今は昔の話、まだ中学に入学して間もないころが最後であったと記憶している。そんな訳なので俺がこんな状況で冷静でいられる筈もなく、こうして寝付いてから2時間近く経過した今でも目がぱっちりとしているのである。
(ヤバイ、ネレナイドウシヨウ)
体は睡眠を求めている筈なのに脳がそれを良しとしない。
俺がこうして寝ることに悪戦苦闘していると彼女はさらに追い討ちをかけてきた。
「……んぅ……」
「…………」
寝言である。
たかが寝言、されど寝言である。その破壊力は凄まじいものであった。身体が硬直し表情が固まるのを感じる。出来の悪い男などでなくてもすぐ側でそんなことを言われたら精神が持たないだろう。恐ろしい娘である。
勿論俺は彼女を襲ったりはしない。城を出るときにラディアに散々釘を刺されたということもあるが、そういうことをすることにまだ抵抗があるからである。そう言う性格ゆえに、大地にヘタレめ、と言われたりするのだが。俺はすぅーっと大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
(さて、どうしたものか……)
そう考えている間にも時間は着実に進んでいくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うん……?」
再び目を開いた時には、すでに日は登っていて、窓についた水滴を通して明るい日差しが差し込んでいた。嵐の影は全くなく、雲ひとつない晴天である。避難所に逃げていた人々が互いの無事を喜び合い、飛ばされた木の枝や瓦礫の撤去をしている姿が目に入った。
寝過ぎたか……。
どうやらかなり遅い起床のようだ。実際に隣で寝ていたレイアはすでに起きているのか、部屋にはいない。
とりあえず着替えておくか……。
レイアはが戻ってくる前に着替えてしまおう、そう思って俺はバッグの中を探り始めた。
俺が着替えを含めた準備が終わるのと、レイアが戻ってくるのはほぼ同時刻だった。話を聞くとまだ眠っていた俺を起こさぬようひっそりと部屋を出た彼女は俺が起きたらすぐ朝食が食べられるようにと、2人分の朝食を取りに行ってくれていたそうだ。
本来なら護衛(笑)である俺がしなければならないことなのだが、レイアは「普段誰かに世話を焼くことないから」とむしろ嬉しそうであった。
ちなみに朝食は、見た目はクロワッサン、食感はフランスパンの手のひらサイズのパンが二つと、なぜか黄色い苺ジャム、そしてベーコンエッグとコーヒーだった。レイアはコーヒーが苦手なのでオレンジジュースだ。控えに言ってとても美味しかった。
食後のコーヒーをゆっくりと飲みながら俺たちは朝のひと時を過ごしていた。街の門が壊れているらしく、街の外にはまだ出られないためそこまで急ぐ必要がないのだ。
「そういえば、今日起きるの遅かったね」
オレンジジュースを飲み終えたコップを優雅な仕草でテーブルに置いたレイアが口を開いた。
「昨晩なかなか寝付けなくて……」
主にあなたのせいで。
「そうなの?私は案外すぐ寝れたけど」
「何でそんなに早く寝れるんだよ……」
ここ1ヶ月、一緒に過ごしてきて、レイアが同年代の男と関わる機会がほとんど無いということは明確である。こちらの世界では、15歳で結婚できるため、王族である彼女も何度か見合いをしたことぐらいはあるはず。当然、異性との接し方も学んでいるはずなのだが。
「……レイア、今まで何回お見合いしたって言ってたっけ?」
「え?突然だね……。えー……っと……5回かな?全員断ったけどね」
それを聞いて一安心する。そうか、それなら俺にもチャンスが、って違う、そうじゃない。
「その時にさ、男性との接し方とか教えられなかったの?」
「……多少?」
気まずそうな苦笑いを浮かべならそう言う彼女を見て俺は大きくため息をついた。ある程度予想はしていた回答ではあったが……。
「レイア、年頃の男女が一緒に寝るのは一般的じゃない。これくらいはわかるよな?」
「バカにしてる?それくらいわかるよ」
それならよかったと一息つこうとすると、レイアが続けて口を開いた。
「でも冒険者とか商人とか、普通に年頃でも一緒に寝る人結構いるよ?」
「状況が違うだろ……。あとお前は王女だからな」
「魔力嵐にあって逃げてきて、ほかに部屋がないし、ベッドも1つしかないから一緒に寝た。あと、今私は一冒険者扱いなので」
どうだ、とこちらを見つめるレイア。あぁ、そうだった。面倒ごとを避けるために彼女は現在原則冒険者扱いになっているのだ。勿論、それは俺も例外ではない。冒険者手帳を持っているだけで関所も一瞬で抜けられるし、いざという時の身分証明書にもなる。便利なものだ。
だが、こう考えると彼女が言っていることもあながち間違いではないのではないかと思えてきてしまう。実際仕方のない状況ではあったし、その上、年頃の男の子には嬉しいことであった。
しかし、だからと言って説得を諦めるわけにはいかない。これがこの先ずっと続くと思うと俺の精神が持ちそうにない。せめて、せめて人並みのくらいの恥じらいは持ってもらわなくては。
出来ればこんなやり方は避けたいが……。
「……じゃあさ、俺がもしレイアを襲ったらどうするんだ?」
これならさすがに意識するだろうと思ってレイアの方を見ると、彼女は「ほぉ」と顎に手を添え、不敵な笑みを浮かべていた。
「私にそんなことするおつもりで?」
「え、いや……。もし仮にって言う話で……」
「へぇ……。そんなことが出来るとお思いで」
……思ってた反応と違う。
「ちなみにどういう風にするつもりだったの?」
「どうって、普通に……」
余裕の表情を全く崩すことなく訪ねてくる。すっかり勢いを削がれてしまった俺はおどおどしつつも答えようとしたが、そこでふとある結論に至ってしまった。
「あ、無理か……」
そもそもステータス値でも俺とレイアの間には、約300の差がある。そんなに差があれば基本的に力で押さえようとしたところで返り討ちに遭うのは明らかだし、無属性しか使えない俺では、全属性を使える彼女に圧倒的に手数に劣る。
「やっとわかった?」
レイアは初めからこうなるとわかっていたようで、物覚えの悪い生徒を指導する教師のような雰囲気を醸し出していた。
敵いそうにないなぁ……。
苦笑いを浮かべながら改めて俺はそう思った。




