19.嵐の前触れ
その後夕食を食べて無事宿まで戻ったものの、その間俺たちは一切会話を交わさなかった。
自室に戻り、再びベッドに倒れ込む。やはり返ってくるのは柔らかな感触である。
「やっぱり謝ったほうがいいかなぁ……」
そう悩んでいるといつのまにか俺の意識は夢の世界へと旅立っていた。
バァンッ!!!
「なにごと!?」
心地よく眠っていると突然部屋のドアが勢いよく開かれ壁に衝突して大きな音を響かせた。
咄嗟にそばに置いてあった愛剣を手に取り瞬時に抜刀して戦闘態勢を取る。
「うわっ!ちょ、待って!」
しかし、開いたドアの向こうから聞こえていたのは護衛対象であるレイアの声であった。彼女は両手を上げて何もない、とアピールする。
「なんだ……レイアか。何かあった?」
警戒心を解いて剣を鞘に納めレイアに尋ねる。部屋の窓から見える空はまだ暗く、夜明けにはまだ程遠い事を訴えていた。こんな時間に何のようだろうか?
「あとで説明するから!すぐに出発準備して!」
レイアは随分慌てた様子で俺にそう伝えると再度バァアンッ!!と大きな音を立ててドアを閉じ、部屋へと戻っていった。
「何があった……?」
何が起こっているのか全くもって理解出来ていない俺は一先ず彼女の指示通り準備を始めた。少なくとも昨夜のことはあまり気にしていない様子だったので一安心出来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「魔力嵐?」
身体強化を使用しながら次の街目指して走っている。俺は隣で同じように走っているレイアに朝の台詞の訳を訪ねた結果、返ってきた言葉がそれであった。
「うん。この時期に発生する魔力を纏った台風、って言ったらシュウには分かり易いかな」
「で、それが接近してると?」
「そういう事」
本で一応このことについては読んだことはある。ただ書いてあったのは「非常に危険」「死者多数」「〇〇村壊滅」というような物騒な言葉であり、解説というより被害報告のようなものであった。
「じゃあなんで街を出たのさ?嵐が過ぎるまで篭ってやり過ごせばよかったんじゃ……?」
まだ朝の9時ごろだというのに空は分厚い雲に覆われ、陽の光を遮っていた。辺りは薄暗く、あと数時間もすれば雨が降りそうな雰囲気を漂わせている。そんな天候の中わざわざ移動する必要を俺は解せなかった。
「魔力嵐が危険って言われてる理由って知ってる?」
「え?魔力で強化された暴風と豪雨じゃないの?」
「それもあるんだけどね。その程度で済むなら魔力嵐はそこまで危険視されないよ」
確かに、レイアの説明には納得できる。暴風や豪雨程度ならモンスターや魔力の多い人間でも引き起こすことが出来る。
「魔力嵐に含まれてる魔力は人を殺すの」
レイアのその一言を聞いて思わず背筋が凍るような感覚に襲われる。
「正確に言ったらステータス適合率の低い人、なんだけどね」
ステータス適合率とは自分自身のステータスをどのくらいまで使用出来るのかを割合で示したものである。例えば攻撃の値が100で適合率が50%なら扱える攻撃のステータスの最大値は50、ということになる。適合率は年を得るにつれ上昇していき、15、6才ほどで9割以上になるのが一般的だ。ステータス上昇による身体への負担を減らすためにあるんだそうだ。
「なるほどね……」
俺はようやくレイアが早朝から大慌てしていたのか理解することが出来た。
「わかった?」
「あぁ、俺とレイアの適合率だと嵐と鉢合わせするのは危険ってことか」
「そ、シュウ、適合率いくつ?」
「22%、レイアは?」
「34%。かなりまずいね」
そう、一部例外がいるのだ。俺やレイアのような存在がその証拠だ。
俺は転移のせいだが、レイアは生まれ持った体質だそうだ。ステータスが生まれつき高い代わりに適合率の上昇速度が遅くなるらしい。
「でも魔力嵐って範囲広いんだろ?避けられるのか?」
いくら俺とレイアの身体能力が高いといっても相手は自然の脅威だ。敵うはずがない。走って逃れられるのなら危険とは言われないだろう。
「テンペスには魔力嵐対策の避難所があるの。そこに入れば少なくとも魔力の影響は受けなくて済む」
テンペスとは次の街の名である。
俺たちはステータスをさらに強化するとそこ目指して全力で駆け出した。