12.国王との取り引き
「ってことは……俺たちは戦力として呼び出されたってことですか?」
ラディアから言われたことを脳内でまとめて、出してしまった結論を喉の奥から絞り出した掠れた声で発する。
「……そういうことだ」
「まじか……」
絶望に染まっている俺の横でレイアも巻き込んだことを申し訳なく思っているのか、表情が暗い。
重苦しい空気が辺りを漂う。
出来ることなら今すぐにでもここを飛び出して大地やその他の友人を探しに行きたい思いだった。
「俺たちは……帰れるんですか?」
せめてもの希望を求めてラディアに尋ねる。すると彼の表情が少しだけ緩んだものになった。
「その点は問題ない。この国にある魔法陣を使えば瞬時に帰還が可能だ」
「よかった……」
首の皮1枚、希望の光が見えた。
しかし、ラディアは右手を挙げてそれを制すると続けて言った。
「ただ、それは一度使うと再使用するのにかなりの時間がかかる」
「どのくらい?」
「大体2年から3年、長いときは5年以上かかる」
つまり、帰還する方法は1つ。全員と合流して戦争が始まる前に帰還する。これが1番安全な方法だろう。
「帝国にいる人はいつ戦いに駆り出されますか?」
これが最も重要な問題だ。すぐ引っ張り出されることはさすがにないだろうが、それでもなるべく早く動きたい。そんな思いでラディアに尋ねる。
「余程の危機にならない限りは出してこないと思うぞ?彼らは奥の手中の奥の手だ、帝国にとっても死なれたり、捕まったりしたら困るだろうからな。それに戦い慣れしていない者を戦場に出すほど奴らも馬鹿ではないだろう」
それを聞いてほっ、とする。まだ時間には余裕があるというわけだ。現実味を帯びてきた話に俺はゆっくりと頬を緩ませた。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「へ?」
「今後の予定のことだ」
「あ、はい。まずは……」
そこで言葉が詰まる。あれ?どうすればいいんだ?と。
俺はこの世界について何も知らないに等しい、言葉は通じるが、文字が読めないという致命的な弱点もある。地理も知らなければば、歴史も知らない、常識も、文化も、服から食べ物に至るまで、俺には知識が欠如していた。
俺が頭を悩ませていると、ラディアがこういうのはどうだろう、と提案してきた。
「しばらくの間この国で君を保護する。衣食住から身の安全に至るまで全てを保障しよう」
随分と魅力的な提案だ。どうだね、と尋ねてくる彼の話はすぐにでも飛びかかりたいものだったが、待て、と自制をかけて踏みとどまる。
確かにこちらにとっては最高の提案だ。しかし、彼らにとってはどうだろう。そこまでして俺を守るメリットはない。戦争からの強力戦力の排除という効果はあるかもしれないが、それも絶対成功するというわけではない上に、それで戦争が終わるというわけでもない。仮に成功したとしても、また召喚を行えばいいだけの話だ。
話を聞いた限り帝国の召喚に必要不可欠なのは莫大な魔力。長いインターバルを必要とするこの国のものとは違い、材料さえ揃えば連続使用が可能ということなのだ。
これらのことから、この国が得られるメリットは大きいとは言えない。
つまり、何か裏がある。俺がこの提案に乗った場合に、この国、または彼らが大きな恩恵を受けられる何かが。
「……何が目的なんですか?」
ラディアの目を見据えながら真剣な表情で話す。彼はそれを面白がっているようにフフ、と短く笑った。
「何だと思う?」
「この国かあなた達にメリットがあることじゃないですか?……例えば」
「例えば?」
「俺が持っている日本の知識や技術……とか?」
俺の発言を聞いたラディアはばれたか、と言わんばかりに頬をかいた。
「そうだ。私が欲しいのは君の持っている知識や技術だ」
「つまりあなたは取り引きがしたいということですね?」
「話が早くて助かるな。そういうことだ」
それなら納得がいく。
ラディアは席を立って俺に歩み寄った。座っているときは分からなかったが、かなりの高身長だ。二十センチ近い差がある。必然的に俺が彼を見上げる形になる。俺の前まできて右手を差し出しすと彼は口を開いた。
「取り引き成立だな」
「そうですね」
俺は左手を差し出して彼のがっちりとした大きな手を握った。
その横で、
「私、ここにいる必要あるかな……」
完全に空気と化していたレイアが小声で呟いた。