11.国家関係
「はい、これ」
レイアが先程の書類と黒い板をラディアに手渡す。
「おぉ、サンキュー」
国王らしからぬ返事でそれを受け取ると、簡単に目を通し、表情を真剣なものに切り替えて俺を見据えてた。
「さて、シュウよ。ここからはお前に話を聞きたい」
「構いませんが……話せることなんてあまりないと思いますよ?」
何を聞かれるのかは検討がつかないが、今こんな状況に陥っている原因すら不明なのだ。話せることなど限られている。
「いや、簡単な質問に答えてくれるだけでいい」
また、質問か。今日はやけに質問されることが多い日だ。
承諾の意を伝えるために小さく頷く。
「ニホン出身のようだが、ここに来たきっかけになったこととか覚えてるか?どんな些細なことでもいいんだ。教えてくれ」
レイアに代筆してもらった書類に書かれていたのか。ラディアは既に俺が日本出身であることを知っているようだった。
「はっきり言って俺にもよくわかりません。朝起きて、学校に行って...…教室の床に黒い線が引かれてることに気づいて……それが光ったと思ったら気がついた時には森の中で寝そべってましたから」
出来る限りわかっていることを伝えたつもりだが、多分情報不足だろう。仕方ないことだとは思うが。
理解してもらえただろうか、とラディアを見ると彼は顎に手を置き熟慮しているようで、時折うーむ、という唸り声が聞こえてきた。隣にいるレイアも父親の発言を待っているのかじっ、と彼を見つめていた。無音の部屋に再び緊張感が走る。
やがて、考えがまとまったのかラディアが口を開いた。
「……順を追って説明した方がいいかもしれんな。シュウ、レイアもだ。少し長くなるが聞きなさい」
何やら重要なことを話し始めようとしているラディアに気圧され、俺とレイアは互いに顔を合わせてから何事かと彼の方へと向き直した。
「この世界は、主に巨大な大陸2つで形成されている。この国があるのは東側の大陸で、他に15もの国がある。そして各国の代表が年に一度、中央都市に集まって会議を行なっている。ここまではレイアは知っているな?」
「はい。勿論です」
ここまでは俺の為に説明してくれている、ということだろう。巨大な大陸2つ、そして東側に位置するこの大陸には15の国あるのか。大陸がどのくらいの大きさなのかわからないが、それでも15という国の数は少ないのではないだろうか。地球には約200あるというのだ、北側の大陸にも同数あるとしても僅か30……その差は歴然だ。
「その会議では自国の経済状況の報告や、貿易交渉、条約の締結などをしている。そんなんだから基本的に国同士の代表がその場で喧嘩する、なんてことは起きないんだ。起きないはずだったんだがなぁ……」
ラディアは悔しそうに、しかしどこか悲しみを感じさせる表情で続けた。
「……だが、去年の会議で突然帝国が他の国に対して宣戦布告をした。例年その会議には帝王が参加してるんだが、その年は病で動けなかったらしくてな、代理人がそこに来てたんだが……こいつが悪かった」
ラディアが放つ覇気が強くなった気がして、俺とレイアは思わず1歩あとさずる。
「帝国が帝王率いる友好派と次期帝王候補率いる過激派で別れているとは聞いていたが、まさか代理人で来た奴が過激派所属だとは思いもしなかった。...…そして、それから1カ月後に奴らは付近の2つの国に攻め込んで征服、3カ月後にもう1カ国、半年後に更にもう1カ国に侵攻、占拠した……」
聞くところ、帝国の過激派は随分と血の気が多いようだ。ラディアはそんな彼らに呆れているのか、渋い表情をしながら続けた。
「残った10カ国は帝国に対抗する為に協力条約を結んで、十カ国聖軍を立ち上げて帝国の侵攻を押さえていたんだ……。さて、ここからがお前さんの関係するところだ」
気を引き締めてラディアの話に耳を傾ける。
「この国にも似たようなものがあるんだが、帝国には聖者召喚の儀というものがある。簡単に言ってしまえば、大量の魔力と引き換えにして異世界から強力な力を持った者を呼び寄せる、というものだ。お前がこの世界に来たのはおそらくそれが原因だろう」
まるで小説の一節のような展開に目を丸くする。そんなことが起こり得るといることに驚きを隠せなかった。
しかし、ふと冷静になって考えてみると帝国に召喚されたのになぜここにいるのか、という疑問が浮かび上がる。その疑問をラディアはすぐに解決してくれた。
「お前がここにいるのは多分召喚に使用した魔法陣に不備があったからだろうな」
そういえば、呼び寄せられる直前一部光っていない箇所があったのを思い出す。あれが不備ということだったのだろうか。
しかしそうなると更に新たな疑問が浮かび上がる。他のクラスメイトはどこに行った、というものだ。完全でない魔法陣で召喚されたのなら、俺のように化け物のうろつく森の中にいたとしても何ら不思議ではない。最悪、もう手遅れという可能性も十分にある。
「ラディアさん……。俺の友達は……無事でしょうか?」
俺の問いにラディアは少し渋ってからこう答えた。
「不備があったとはいえ、大半は帝国に召喚されているだろう。だが……全員が無事である保証は……残念ながらない」
ラディアの言葉が俺の頭の中で何度も何度も木霊した。