10.衝撃発言
この国?世界?の文字が書けない俺の代わりにレイアに必要な書類を代筆してもらい、次の目的地へと向かう為、再びあの長い廊下を歩く。目に入る光景は相変わらずだが、ひとつだけ異なる点があった。
……やっぱり、避けられてるかなぁ。
先程の会話以降、レイアが俺との間に距離を置くようになった。手を伸ばせば届きそうな位置を歩いていたのに、今は自動車一台分にまで広がっている。やはりあの一言は失言だっただろうか。
「……あの」
居心地が悪いこの状況の中、先に口を開いたのは意外にも彼女の方だった。下に向けていた視線を上げると、レイアは手を後ろに回してこちらに振り返りながら歩いていた。
「あ……えっと……何?」
妹がいるため女性との会話にはある程度慣れているつもりだったが、レイアと妹では性格も違えば考え方も違う、しまいには生きてる世界すら違っていた。当然、対妹用の会話のレパートリーが通用する筈もなく、対話能力皆無の返答をしてしまう。コミュ障か、俺は。
「ええと……なんて言ったらいいのかな?」
彼女は自分から話しかけたはいいものの、どのように話を展開するかは考えていなかったようだ。たじたじしながら続く言葉を探していた。
「さっきのことは……なかったことにします!」
要するにお互いに忘れよう、と言いたいのだろう。
「あぁ、そうしよう!」
悩む必要などない、解答は一択だ。
それを聞いてレイアは愁眉を開いたような表情を浮かべる。俺は少しだけ足を早めて彼女との距離を詰めた。もう避けられる心配はないだろう。その行動で更に安堵したのか嬉しそうに頬を緩めて微笑む彼女にまた見惚れそうになってしまう。狙ってやっているのか、はたまたただの天然なのか、おそらく後者だろうが本当に心臓に悪い。しかし、そんなことをしている間に目的地にたどり着いたようだ。
「……ここ?」
「うん、ここ」
「本当に?」
「本当だって」
思わず何度も聞き返してしまう。それも仕方のないことだろう。無限とも思えた廊下が途絶え、代わりに今までのものとは桁違いの大きさの扉が居座っている。白と黄色で鮮やかな模様が入り、 いかにも「この先に偉い人がいますよ」感を醸し出していた。
俺が緊張でガチガチになっているのに対し、レイアはスムーズな動作で何の躊躇いもなく扉を二回ノックした。すると誰だ?、と中から中年男性と思われる声がした。
「レイアです。連れてきました」
「そうか。開いてるぞ」
彼女が扉を押して入室する。勿論その後ろから俺も続く。
直前に礼儀や作法は気にしなくていい、とレイアに言われたものの、それでも俺の手足は蛇に睨まれた兎のように固まっていた。性能の悪いロボットのような動きで彼女の後に続く俺は周りから見ればさぞ滑稽だっただろう。事実レイアも下唇を噛んで笑いを堪えているような動きを先程から何度か見せている。そんなに変か、俺は。
部屋に入るとまず初めに2つの太陽から発せられたであろう光が巨大な窓ガラスから飛び込んできた。左右の壁は本棚で埋め尽くされ、高い天井の最上段の端まで本がぎっしりと詰められていた。そして部屋の中央、巨大窓ガラスの前に置かれた机に腕を乗せた顎髭がよく似合う渋い男性がいた。
その男は俺を睨みつけながら特大の威圧をかけていた。先程までの緊張感は消え失せ、また違った緊張感が走る。気を少しでも抜けばそのまま倒れてしまいそうな程の強さであった。
レイアは大丈夫なのか?、と思いちらりと隣を見てみると、呆れ顔の彼女はこの威圧をものともせずその男に数歩近づいた。
「緊張してるのは分かるけど、その強さの威圧はダメだと思うよ?おとーさん?」
……は!?おとーさん!?
レイアの衝撃発言に警戒心を切らしてしまう。
「い、いや。緊張していた訳じゃなくてな?お前とこの男が仲良さそうだ、と部下から聞いたからな?どんな奴かと思って……ほらお前と仲良くなった同年代の男って今まで居なかったろ?」
「余計なお世話です!一般人なら卒倒しかねないよ?」
「いや、まぁ、すまん」
娘に30秒で論破される父親、なんかシュールだ。
「お前さんも、すまんかったな」
「あっ、イエ。大丈夫デス」
レイアの父親相手に殺す気ですか?、などとは口が裂けても言えない。棒読みになってしまったのはわざとではない。
「簡単に自己紹介といこうか。レイアの父でこの国の国王をしてる、ラディア•フィアレス•ソードライトだ」
「シュウ•カミシロで……ん?国王?」
何やらとんでもないワードが聞こえたような気がしたが……。
「なんだ?レイアから聞いていたのかと思っていたんだがな」
レイアに視線を切り替えると、彼女は気まずそうに頭をかいていた。
「あー……言ってなかったっけ?」
「聞いてないです」
完全に初耳である。
つまり、ラディアが国王でレイアがその娘……ということは……。
レイアは王女様ってことか。
もう既に威圧を受けたことなど頭から抜け落ちていた。
面倒ごとの種が更に芽を出した気がした。