第99話 娘からの手紙
「うーん……すごいねみんな」
「壮観な眺めですねぇ」
「そろそろ僕たちの手を離れてきたようだよ」
「小鳥が巣立つのを見守るようで、なんだか複雑な気分です」
鬱蒼と茂る白蓮の森。
そのあちこちから聞こえる剣戟や魔法が炸裂する轟音。
木々を避け、時には足場に用いて縦横無尽に繰り広げられるプレイヤーとモンスターの熱き戦い。
これは俺たちの育てたプレイヤーが、自主的に低レベル帯の者を率いてレベル上げに勤しんでいる場面だ。
キンさんやツナの缶詰さんが仰る通り、俺の立案した計画はまさしく我々の手から離れて巣立ちの時を迎えたのである。
いやぁ、感慨深いね。
プレイヤーがプレイヤーを育てる循環が根付いたってことだもんな。
これならもう、俺たちがいちいち出しゃばる必要もなくなったんじゃねぇかな。
俺らで最初に面倒を見た4人がリーダー格になってくれたしさ。
こうやって見ると、己の強化に行き詰まり、燻ぶって悶々と鬱屈していたプレイヤーはかなりいたんだろうなぁ。
いくらクエストに行きたくとも、レベル制限だのステータス制限だののめんどくせぇ条件があるもんな……
昔から思ってたけど、ゲームを長く持たせるためにわざとレベルを上げにくくしているのは、MMORPGにおける悪しき風習だよね。
こっちはさっさと強くなって高難易度のイベントやクエストに挑戦したいわけじゃん?
なのに、ヘタすりゃ一日中狩りをしても1レベルすら上がらなかったなんてゲームはゴロゴロある。
これを悪い文明と言わずしてなんとするのか。
一応弁解しておくけど、ゲームを簡単にするのが良いと言ってるのではないぞ。
ある程度の快適さは精神衛生上にも必要だってことね。
「アキ姫さま! ここは我々に任せてください!」
「そうよね。アキ姫さまと師匠は休憩してていいからねー」
「キンの兄貴もアキ姫さまたちと休んでてくださいや!」
「ツナお姉さまもアキ姫さまと共に見守ってて欲しいですぅ~!」
プレイヤー育成チームのリーダー格が次々に声をかけてくる。
上からマーカー、サチ、マチャル、みっきみきの4名だ。
ちょっと待って。
姫さまはやめろって何度もいってるのにそんな大声で連呼しないで!
俺は嫌なんだよ、そんなあだ名は。
とはいえ、無視するのも感じが悪い。
俺は仕方なく、少々引きつった笑みを浮かべてピラピラとちっちゃな手を振って見せた。
それだけで色めき立つ4人のリーダーとプレイヤーたち。
こんなことでやる気を出してくれるのならお安い御用ではある。
中身の男としては情けない限りだが。
檄を飛ばすよりも幼女の微笑みは効果があるってか?
変態しかいないんだなこのゲームは……
なんてことを考えつつ、彼らの戦いを手持ち無沙汰で遠巻きに見守っていた俺たちへ、ちょっとした異変が舞い降りたのはそんな時だった。
ピィィー
甲高い鳴き声に頭上を見上げると、俺たちの遥か上空で一羽の猛禽類と思しき鳥が旋回しているではないか。
猛禽類特有の鋭い視線がこちらへ向いている気がする。
と思った時には、獲物の狙いを定めたものか、一気に急降下してきた。
「って、狙いはわたし!? ちっちゃいから!? ねぇ、ちっちゃいから!?」
まっしぐらに俺目がけて2メートル近くはあろうかという巨鳥が突っ込んでくる。
黄色い瞳、鋭利な嘴、勇猛さの中にも見る者を引きつけてやまない美しさを持った体躯。
鷹だ。
巣へ運び去られて食われると思った俺が、慌ててインベントリからエクスカリバーを引っこ抜こうとした時、それに気付いた。
「アキきゅん下がってください!」
「アキさん、私の後ろへ」
杖を握りしめたヒナと、大盾を構えたツナの缶詰さんが俺の前へ出ようとした。
キンさんは鷹の迫力に圧倒されて声も出ない様子。
あんた男だろ!
いや、俺もだけど。
そんなか弱い幼女を守ろうとする愛しきヒナとツナの缶詰さんを、俺は手で制した。
「二人ともちょっと待って。あの鳥、足になにか掴んでない?」
そう。
俺が気付いたのは、鷹の鋭い鉤爪を持った足に握られた白い筒のようなものであった。
ピィィ
再度鳴き声を上げた鷹は、まるで俺であることを確認するかのように頭上で旋回する。
「……モンスター、とは違うみたいですね……」
「うん。どっちかっていうとテイムされたペットモンスター的な感じ……ぶっ!?」
なんとなくボーッと鷹を見上げながらヒナと話していた俺の顔に、ぺちっと筒が当たった。
どうやら鷹が筒を放したらしい。
ヒリつく鼻を撫でながらそれを拾うと、筒には蜜蝋の封に獅子の刻印が押されていた。
つまりこれは────
「手紙……みたいだね」
「え? じゃあ、あの鳥は伝書鳩だったんです?」
「あんなデカい伝書鳩いる!? まぁ、確かに伝書の役目は果たしてるけど……」
ピィ
鷹は俺の両肩にバッサバッサと跨ってとまり、さっさと読めと言わんばかりに一声鳴いた。
気分はロック鳥に連れ去られたというシンドバッドである。
頼むから俺を掴んだまま飛ばないでくれよ……
そんな見当違いのことを考えつつ、封を割る。
羊皮紙のような紙をパラリと広げると、そこには非常に拙い文字でなにやら記されていた。
「えー、なになに……」
ちちうえへ
もぉどれっどはいま まぁりんとびびあんといっしょにみなみへきています
らんすろっとをみかけたってゆう じょうほうをふぁとすのまちできいたからです
そしたらあやしいやつらが じゃしんをふっかつさせようとたくらんでるみたいです
もぉどれっどたちは これからそいつらをおうところです
かえったら いっぱいちちうえとおはなしがしたいです
それではまた れんらくします
けいあいするちちうえさま
もぉどれっどより
「なにこれ可愛い!」
「めちゃくちゃ可愛いです~~!」
「くっ……これは萌えざるを得ないね……!」
「なんと愛らしいお手紙なのでしょう……」
一生懸命書いてる姿のモードレッドちゃんを想像すれば、自然と優しい笑みがこぼれてしまう。
俺やヒナくらいの年齢設定である彼女が、この幼稚園児みたいな文脈の手紙を書くのはどうかとも思うが、むしろそれもギャップ萌えと言えるだろう。
「だけど、気になることも書いてあるよね。どうする?」
「怪しいヤツら……ですか。確かに気になりますね」
「うーむ、これは捨て置けないと思うよ」
「私もキンさんの意見に同意です。むざむざと邪神を復活させるわけには参りません」
「うん。わたしもそう思ってる。ここはマーカーくんたちに任せて……」
「行きましょう!」
「行こう!」
「参りましょう!」
ピィ!
俺の肩に乗ったまま翼を広げた鷹も、同意の声を上げた。
満場一致でモードレッドちゃんたちの元へ向かうことにする俺たちなのであった。




