第98話 鎧を脱いだ女騎士
9月に入り、憂鬱な新学期が始まってからしばらくの間、俺たちパーティーメンバーはプレイヤーの育成に専念していた。
それに伴い、着々と高レベル帯の冒険者が白蓮の森から巣立って行ったのである。
しかも、俺の考えに賛同してくれたプレイヤーの面々が、自らも後続の育成を買って出てくれたのは僥倖としか言いようがなかった。
どう考えても俺たちだけでは邪神と対抗しうる人数を育てることなど不可能なもんで、その申し出がありがたいのなんの。
更には『翰林院』がその叡智(?)を結集して弾き出した試算によると、邪神アポピス及びその軍勢とまともにかち合うならば、嘘か真か数千人規模の超レイド戦となるかもしれぬ、などと言うふざけた情報も齎されたのだ。
つまり、現況としてはまだまだ戦力不足もいいところなのである。
ま、ハカセたちが危機感を煽るため大袈裟に言ってるだけだとは思うんだが……
とはいえ、戦力は一人でも多い方が良いに決まってるもんな。
それにちょっと嫌な噂も出始めてるんだよね。
なんでかは定かじゃないけど、この大陸でも邪神復活の兆候があちこちで見られるとかなんとかと、主にNPCの間でまことしやかに囁かれているって話さ……
あー、やだやだ。
剣呑剣呑。
同時に2柱の邪神が出現なんてのは勘弁してほしいもんだ。
今のままじゃ対処し切れねぇぞ。
ふたつの大陸に2柱の邪神。
それってこちらも戦力を二分しなきゃならねぇってことだろ?
となると、重要になってくるのは高レベルプレイヤーの人数、個々の資質の見極め、そして編成振り分けか。
……考えることが山積みじゃん……
まぁいいや。
そういう面倒臭いのは頭脳集団に任せよっと。
せっかくの高学歴なんだし、こんな時こそ活かさずどうするってね。
そんなわけでここ最近、平日は夜、土日は昼間も俺たちはプレイヤーを文字通り引っ張っているわけだ。
場所は今日も今日とて白蓮の森。
ユニコーンのニコと出会ったこの森は、首都からも歩いてこれる利便性や経験値の量、そしてドロップアイテムの換金率において、他の狩場よりもかなり優れているのだ。
その換金率が良すぎるせいなのかな。
俺たちの育てたプレイヤーが度々礼金を渡そうとするのが困りものでな。
一応いらないと固辞してるけど、中には山盛りのドロップアイテムをそのまま置いてっちゃうヤツもいるんだよね……
別にこっちも慈善事業でやってるわけじゃないから遠慮なく受け取ってもいいんだが……
ま、キンさんはちょこちょこ貰ってるみたいだ。
彼に言わせれば必要経費ってことらしい。
そのお陰と言っていいのかはわからないが、俺たちの借りてる宿の部屋がグレードアップしたんだよな。
おっと、宿屋で思い出した。
「キンさん。ポーションの補充をしてくるからポタってくれる?」
「あっ、私も行きたいです」
俺に同意しピィンと綺麗な挙手をするヒナ。
ちなみに『ポタる』とは転移魔法を出してほしいの意だ。
「了解。僕も行こうか? 戻りが面倒だろう?」
「んにゃ。キンさんはみんなの監督をしててよ。回復役は残ってたほうがみんなも安心でしょ。先に戻ったツナ姉さんもニコに乗せて回収してくるよ」
「うむ。出来たら僕の分のポーションも持ってきておくれ。【転移魔法】!」
「りょうかーい」
「行ってきまーす」
シュワシュワと音を立てて現れた青白い転移門に飛び込む俺とヒナ。
一瞬の暗転後、俺たちは宿屋の玄関前に佇んでいた。
いつもの定宿をまるで勝手知ったる我が家のように入って行く。
先日まで止まっていた二階を通過、そのまま三階にあるスイートルームへ。
この3部屋続きの豪華な客室こそ、キンさんが受け取った礼金の還元先なのである。
内部は大きな居間と寝室がふたつ。
更にトイレと風呂、キッチンまで完備されているのだが、風呂やキッチンはともかくトイレをVR世界でどうしろというのか。
尿意や便意を催せば現実のほうで叩き起こされるのだから必要ないと思う……
ともかく、内装すら無駄に豪華な部屋には、ひとつだけ便利な機能があった。
それが『金庫』だ。
この金庫は一種のインベントリで、内部には外見と見合わぬほどのアイテム類をたっぷりと詰め込むことができる。
俺とヒナはここに入れておいたポーションを取りに来たのであった。
勿論、事前に安売りしていたポーション類を大量購入した物である。
こうしておけば、わざわざ補充のたびに露店まで買いに行かずとも済むのだ。
「キンさんはSPポーションだよな。100個くらいあればいいかな?」
「ですね。私も100個ほどほしいです」
「あいよ」
ウィンドウを操作し、HP回復ポーションとSP回復ポーションを大量に取り出す。
それらはそのまま俺のインベントリへ移送された。
ぐっ。
これだけ持つと流石に重量制限がかかるか。
白蓮の森に戻ってヒナとキンさんに渡すまではしょうがない、我慢しよう。
「ツナお姉さんはもう森に向かったんですかね?」
「あれ? そういやいないな。まぁ、ニコの足ならすぐに追いつくだろ」
「そうですねぇ、ニコちゃんの速度はヤバいですから」
念のため女子部屋を見ていくか。
ツナ姉さんが寝落ちしてる可能性もあるしな。
疲れて寝てるならそっとしておきたい。
二部屋ある寝室のうち、片方はキンさんが一人で、もう片方は俺とヒナとツナの缶詰さんで使用している。
別に男女で分ける必要もないと思った俺は、キンさんと同室でも構わぬと告げたところ、ヒナとツナの缶詰さんの猛抗議でそう決まったのだ。
俺的は両手に花のヒャッホーな決定事項だった。
話し相手すら取られてしまったキンさんは大いに嘆いていたがね。
「みんな頑張ってますよねー。最初の募集で来てたサチさん、覚えてます?」
「うん。ヒナが育てた魔導士の女性だよな。ヒナを最終的に『師匠』とか呼んでて笑ったよ」
「その話は恥ずかしいからやめてください! それでですね、その彼女も今は率先してプレイヤーの育成にあたってくれてるんですよ」
「へー、そりゃありがたいねぇ」
などと軽い会話を交わしつつ、なんの気なしに女子部屋のドアをガチャリと開けた。
「え……? あっ、きゃあ!!」
「へっ!?」
「えっ!?」
突然の悲鳴に俺もヒナも硬直する。
そこには下着姿で後ろ向きの女性がいて────
フワフワした少しだけ茶色な長い髪の頭部へ、慌てて禍々しくごつい兜を被る瞬間であった。
────豊満な肉体を隠すことなく。
そして俺の視界も一気に失われた。
感触からして、どうやらヒナがすばやく俺の目を両手で塞いだらしい。
見せろよ!
じゃなくて、デカい!
でもなくて、今のは……
「あ、あぁ、驚きました……アキさんとヒナさんでしたか……」
「ツナ姉さんだったの!?」
「ど、どうして脱いでるんですか!?」
「いえ、その、気分だけでもさっぱりしようと思いましてシャワーを浴びたのですが……今度はどの鎧を着ようかと迷っていたところです……」
「迷うほど一杯あるの!?」
鎧がたくさんあることにも驚いたが、その豊かな肉体よりも真っ先に顔を隠したほうに驚愕した。
余程顔を見られたくない理由でもあるのだろうか。
そして視界が塞がれる寸前に垣間見えた、雄大な双丘の間、いわゆる谷間付近の大きめな黒子……
はて?
あれを俺はどこかで……
「ところでヒナさん。なにゆえアキさんの目を押さえているのですか?」
「えっ? えーと、それはですね……(アキきゅんが男だからなんていえないよー!)ほ、ほら、子供にあんな大きいのは目の毒かなと思いまして」
「同じ女性同士ですから、見られたとしても気になどいたしません」
「で、ですよねー! えへへ……(余計に見せられませんよ!)」
バツが悪そうに笑うヒナの手が俺の目から離れた時、ツナの缶詰さんの着替えは既に終わっていた。
しかし俺の心には、惜しいと思う気持ちと共に、複雑な感情が入り乱れるのであった。




