第95話 駄女神さま、健在
「ち~っす。ヴァルキリーさんいるー?」
「はぁ~い……って……へひゃあ!? あらあらあらあらあら!?!? なにゆえアキたちがここにいるのだかしらぁ~!? そもそもいきなり入って来るヤツがおるか! ですぅ~!」
予想通りソファに寝そべって菓子を頬張りつつ雑誌を読んでいた駄女神のヴァルキリーさんだったが、俺たちを見るや凄まじい形相と共にそのソファから転がり落ちた。
以前訪れた時と同じく、部屋は散らかっているし鎧兜も脱ぎっぱなしで周囲に転がり、彼女は薄衣一枚のなんともラフな格好である。
ぷぷっ。
『いるのだかしらぁ~』だって。
だらけモードと戦乙女モードの言葉遣いがごっちゃになってるよ。
びっくりしすぎたんだなきっと。
「と、殿方までいらっしゃるの~~!?」
「あ、どうも初めまして。僕はKINTKと申します」
!?
くそっ!
またもや聞き逃したぁ!
マジ、それなんて発音してんのキンさん!?
毎度ジャミングでもかかってんのかってくらい聞き取れないんですけど!?
しかしまた、随分と鼻の下を伸ばしてるな。
それじゃ狒々親父みたいだぞ。
確かにヴァルキリーさんは黙ってりゃすごい美人だから気持ちはわからんでもないが。
「ひぇ~ん! す、すぐに着替えてきますので少々待っておれ~~!」
変な口調のまま半泣きで鎧兜を引っ掴み、慌てて隣室へ駆け込んでいくヴァルキリーさん。
「あ、コケた。ドジっ子か。そんなに慌てなくてもいいのに」
「あはは……ヴァルキリーさん、泣いてましたね……」
「戦乙女は男性が苦手なのでしょうか……少し可哀想なことをしたのかもしれません」
「そうなのツナ姉さん? あれは照れ隠しかと思ったんだけど……」
「アキきゅんは乙女心をわかってませんねぇ」
「仕方ないじゃん。だって、お……さない、そう、わたしは幼いんだもん!」
危ねぇ。
すんでのところで『男なんだから』って言わずに済んだ。
うーむ。
まだ幼女に徹し切れてないな。
今は幼女……
わたしは幼女、幼女、幼女。
もっと幼女らしく……
プライドなんて捨てちまえ。
こんな姿で中身は野郎だとバレるほうがよっぽど恥ずかしいんだからな。
『やーい! ネカマー!』などと罵られるのは屈辱すぎる!
「アキくん!」
「な、なに?」
「想像以上に美人じゃないか!」
「はぁ?」
「ヴァルキリーさんだよ! ヴァルキリーさん!」
「あ、あぁ、うん、そうだね……」
人が幼女と男の間で苦悶しているというのに、キンさんときたらのん気なものだ。
だが俺の華奢な両肩をガッシと掴み、目を血走らせて鼻息の荒い顔を近付けながら喋るのはやめて欲しい。
現実であれば俺の顔はキンさんの唾まみれに違いない。
ってかそれよりこの絵面はまずいだろ。
どう見ても怯える幼女に迫る変態不審者さんだぞ。
「コホン。失礼」
「あいたたただだだ! 肩が! 肩が脱臼してしまうよツナの缶詰さん! ギブ! ギブアップ! ヘルプミー!」
「大丈夫ですかアキきゅん! よしよし、怖かったでしょう!」
ほれ見ろ。
即座にツナ姉さんが割って入って、キンさんの腕をあっさりと完璧に極めたぞ。
うわ~、関節技からは逃げらんねぇわ。
まるで犯罪者を取り押さえたアメリカンポリスみたいだもん。
ヒナはヒナで魔の手から解放された俺をすぐさま抱きしめてるし。
やはり俺が怯えていたように見えたんかな。
確かにキンさんの女性を追い求める必死さには引いたけど。
せめてNPCに萌えるんじゃなく、現実で努力すべきだと思うよ。
「……うぉっほん。諸君お待たせした! 我こそがオーディンさまよりこの神殿を預かる戦乙女ヴァルキ…………そなたたちはなにをしておるのだ……」
傲然と部屋へ戻り、高らかに名乗りを上げようとしたヴァルキリーさんの声が急激にしぼんでいく。
かたやツナの缶詰さんに取り押さえられたキンさん。
かたや俺を抱きしめ、チュッチュなでなでしまくるヒナ。
こんな状況を見れば誰でも呆れるわな。
ヴァルキリーさん、お疲れ様。
「ふむ。なるほど……邪神、か」
ひと悶着終えた俺たちは、これまでの状況をヴァルキリーさんに伝えたところだ。
意外にも彼女は口を挟むことなく黙って聞いていた。
「ヴァルキリーさん。ぶっちゃけ邪神足り得る存在ってのはいるの?」
話が終わっても口を開かぬヴァルキリーさんに、俺は思い切って核心を突く。
ヴァルキリーさんは、チラリと俺の顔を見つめてからようやく唇を動かした。
「……筆頭に挙げるとするならばヘルであろう」
「うんうん! やっぱりね!」
「そしてロキ、フェンリル、ヨルムンガンド」
「ちょっ」
「他にもスルト、ガルム、ニーズヘッグ……」
「待って待って! そんなに!? 多すぎるよ!」
まさかそれ程の数の邪神がいるとも思えない。
むしろ主神オーディンと敵対していた北欧神話の神々をズラズラと並べ立てているだけではないのか。
「そんだけいたらマジで黄昏ちゃうって! 完全にラグナロク勃発じゃん!」
「フッ、それを止めるのがアキたち冒険者の役目だろう?」
いや、そんな話、聞いたこともないんですけどね。
……待てよ。
もしかしたらそれこそが【OSO】のストーリーなのか?
しまった、俺はオープニングをスキップしちまったからな……あそこでシナリオについて触れていたのかも。
そんなに重要なことなら後からでも見られる仕様にしといてくれよ……
変なとこで不便なんだよなこのゲーム。
ま、いいや。
細かいことは『考察組』の連中にでも聞けばわかるだろ。
……ハカセ以外の人に聞こう……
「アキよ。私からひとつ忠告を授けよう」
「うん。お願いします」
「幼子なのにきちんと頭を下げるとは殊勝な心掛けだな。とても良いぞ」
幼女がペコンとお辞儀をするだけでみんな喜んでくれる。
それがなんとも微笑ましくも羨ましい。
子供ってのは得だねぇ。
ちなみに俺が敢えて敬語を少なめに抑えているのは、その子供らしく振る舞うためだ。
一応そのあたりの躾はきっちりされているので、年上へのタメ口は多少の抵抗感を覚えるが致し方あるまい。
「一柱の邪神が甦ってしまった以上、その連鎖は終わらぬであろう。『世界』は、そう選択され進行したのだ」
「……はい」
「ならば人間たちはそれに抗う力を養わねばならない。くれぐれも精進を怠るでないぞ」
「はい!」
「うむ。非常に良い返事だ」
ヴァルキリーさんの訓示(?)を受けてひとつ思いついたことがある。
やはりここはゲームの世界。
当たり前の話だが、とどのつまりはプレイヤーが最重要のファクターなのだ。
なら、俺に出来ることは……アレだな!
思い付きを実行に移すべく、少ない脳みそをフル回転させる俺なのであった。
ここまでが第五部です!
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