第94話 作戦会議(大嘘)
「ほほぅ。僕たちのいない間にそんなことがあったのかい……それは災難だったね(チイッ、上司を張り倒してでも有休をとるべきだったよ……僕もヴィヴィアンちゃんのあられもない姿を真下から見たかった……デュラハン羨まし!)」
真面目な顔で頷くキンさんだったが、サングラス越しに怪しく光るその瞳は邪な妄想に満ちていた。
「くっ……私がログインしてさえいれば、アキさんやヒナさんをそんな目に遭わせたりともせず済みましたものを……(私ですらちゃんと見せてもらってはいないというのに……エッチなデュラハン許すまじ! です!)」
対して、ツナの缶詰さんは慈しむように俺とヒナを見つめ、怒りの業火を背中に燃え上がらせている。
多分だが、その怒りの矛先はデュラハンだろう。
古城から戻った俺とヒナは、生理現象や食事のために一度解散し、夜を待って再度ログイン。
そしてキンさんとツナの缶詰さんに合流してから昼間の出来事を語って聞かせた。
場所は毎度おなじみ、首都にある例の宿だ。
ほぼ定宿となりつつあるここの女将さんは、俺たちの顔を見るだけで飲み物やお菓子のサービスをしてくれるようになったほどである。
理由は多分、俺が幼女姿だからだと思うが、せっかくの厚意ならば受けるのが筋というものであろう。
実際女将さんも俺が嬉しそうな顔をするだけでめっちゃ喜んでくれるしな。
しかも出してくれるお菓子が結構美味いし、これぞWin-Winな関係ってヤツだ。
「しかし、そのモードレッドさんにも会ってみたかったね。伝説における円卓の騎士の一人と聞けば尚更だよ」
モードレッドちゃんが美少女だったと説明したからか、キンさんは恨めし気に俺を見る。
どこまでも自らの欲望に真っ直ぐなキンさんであった。
「それにしてもアキさんの試みはとても面白いと思います。強きNPCを集めて邪神に抗しようとは、非常に良い考えです」
「でしょー? へへー」
ツナの缶詰さんに称賛され、俺は飛び切りの笑顔になる。
どうやらそれが、意図して狙ったわけでもないのに全員を萌えさせてしまったようだ。
幼女の微笑みは強し。
「あぁん! 私のアキきゅんはとってもチャーミングですね~!」
「ぐふぁっ」
堪らなくなったのか、体当たりするように抱き着くヒナ。
その威力はまるでラグビー選手のタックル並みだ。
現実であれば胃の内容物を全て撒き散らす大惨事となっていたであろう。
それでも剛力を誇るツナの缶詰さんや、男のキンさんに抱きしめられるよりはずっとマシだった。
「(幼女と少女の絡み合い……これはこれで破壊力のあるエロスな眺めだね……しっかり目に焼き付けておこう)それで、アキくん。僕たちはこれからどうするんだい?」
俺とヒナを妙な目付きで見ながらいうキンさん。
短パンを下に穿いているヒナはともかく、最近の俺はなるべくスカートの中を隠すべく意識的に気を付けるようになっていた。
男からのいやらしい視線を敏感に捉える、女子的な感覚が身についてきたとでもいうのだろうか。
なのでキンさんからは鉄壁のガードにて完全に見えていないはず。
ただ────
「ハァハァハァハァ……アキさんにはなにか案が……ハァハァハァハァ……あるのではないかと推察しておりますが……ハァハァハァハァ」
────ツナの缶詰さんからは角度的に丸見えだった!
いや~ん。
わたし、恥ずかしいよぉ~。
とか棒読みしている場合じゃない。
「それなんだけど、まずはヴィヴィアンさんに貰った助言通り、ヴァルキリーさんから話を聞いておこうかなって思うんだよね。この大陸が北欧神話ベースなら、登場人物の一柱であるヴァルキリーさんは邪神のことも知ってるんじゃないかな?」
ヒナの膝の上に抱っこされ、足をブラブラさせる俺。
く、床に足がつかないとは……屈辱。
「おお、噂の戦乙女かい? 僕は初対面だから楽しみだよ! すごい美人さんなんだろう?」
キンさんはムホムホと不気味に笑いながら両手をこすり合わせている。
心は既に、まだ見ぬ美女の元へ飛んで行ったようだ。
本当にブレない人である。
ま、その美女の正体はお菓子好きでだらしない駄女神さまなんだけどね。
あのだらけきった姿を見て幻滅しなきゃいいが。
「ツナ姉さんもそれでいい?」
「ええ、勿論です。アキさんとならどこまでも」
力強く頷くツナの缶詰さん。
彼女が一緒にいるというだけで安心感が違う。
何故かはわからないが、俺にはそれが嬉しかった。
「ヒナは?」
「おっけーでーす!」
俺を抱きしめたまま立ち上がるヒナ。
まさかこのまま連行する気だろうか。
ってか、お人形さんじゃないんだぞ俺は。
まぁいいや、行こう!
「ほんじゃ、しゅっぱーつ!」
「おー!」
「おー! です!」
「アキくん待った!」
いきなり叫ぶキンさんに、思わずコケそうになる俺たち。
意気揚々と出立する瞬間に大声を上げるのは勘弁していただきたい。
「な、なにキンさん? あ、もしかしておしっこ? だったら早くログアウトして行ってきなよ」
「!? 違うんだ! そこ! ヒナさんも『やだー』とか言わないでおくれ!」
「じゃあなんなの?」
「まさか戦乙女の神殿まで歩いて行く気かい?」
「うん!」
「うぐっ! 何の迷いもなくそんなにキラキラした瞳で言うなんて……きみは本当に僕のことを忘れがちだね……イーストエンドから首都へ戻る時はどうしたのか覚えてないのかい?」
そうか。
転移魔法か
そういやそんな便利なもんがあったんだったな。
キンさんの『僕のお陰で楽に首都まで帰れたろう?』的なドヤ顔はちとムカつくが。
「あれ? でも、戦乙女の神殿でポタメモなんてしてたの?」
「ああ、通過する時にこっそりとね。後で絶対にヴァルキリーさんと会いたかったんだ」
へへへ、と照れ臭そうに頭を掻くキンさん。
大の男がモジモジしてもキモいだけなのでやめて欲しい。
それに動機が不純すぎる。
ちなみにポタメモとは、ワープポータル用の術式マーキングだ。
このマーキングを術者が任意の地点に記すと、その座標へ直接転移が可能になるという便利な代物である。
ただしメモは4つまでしかできない。
キンさんの場合だと、首都アランテル、港町イーストエンド、そして戦乙女の神殿の三か所へ飛べるわけだ。
もうひとつは念のため、どこでもメモれるように残してあるのだろう。
「やるじゃんキンさん! んじゃ早速行こう!」
宿屋の室内に展開したポータルへ、次々と飛び込む俺たちなのであった。




