第93話 自由すぎる人々(NPC)と我が娘(?)
「……アキよ……とても残念なお知らせがあるのじゃ……ほれ、さっさと伝えぬかマーリン」
「えぇ!? 私にその役目を押し付けるのですか湖の乙女よ! なんと無体な……こほん、我が王……詳細な魔力感知を行ったところ、誠に遺憾ながら『鞘』は海を越えて新大陸へ到達した模様にございます……」
「新大陸ゥ!? ……マジかよ……はぁ~~~~……」
円卓の周囲に置かれた一脚の椅子に座り、それはもう深々と身体の奥底にたまった澱を吐き出すように溜息をつく俺。
その小さく華奢な背中を慰めるようにポムポムと叩くヒナの手が温かい。
「新大陸まで行っちまったのかあの棒! ひゃー! あたしの力ってすごいなぁー! 父上ー! 褒めて褒めてー!」
一応正座はしているものの、さして反省した様子も見せずにかんらかんらと笑うモードレッドちゃん。
だがその金髪頭には大きなコブが二つ、漫画のように盛り上がっていた。
「こやつめ……ちっとも反省しておらぬようじゃの。アキよどうする? もう一発いっておくかの?」
「愛の鞭が足らなかったのかな……?」
「いっ、いやいや! これは冗談、冗談ですから! 父上も湖の乙女も落ちついてください! このモードレッド、よーく反省してますぅ~! ひぃ~ん!」
ペキポキと指を鳴らしながら立ちはだかる俺とヴィヴィアンさんに、モードレッドちゃんは両手と首を左右に振って命乞いにも似た弁明をする。
「こっ、怖ぇ~……父上マジこえぇぇ……こんなにちっちゃいのになんて迫力だよ……」
「今ちっちゃいって言った?」
「言ってませぇぇん!」
別段脅しをかけているというほどでもないのに、何故か俺に真っ青な顔で怯えまくるモードレッドちゃん。
彼女に刷り込まれた『設定』の中になんらかのトラウマでもあるのだろうか。
それとも『父を敬愛し、尚且つ畏怖せよ』という命令が含まれていたりするのか。
どちらにせよ父には逆らえないようだ。
それはいいとして、この破天荒な行動のほうはどうにかならなかったのかねぇ。
まさかアーサー王伝説における『身内』がこんな蛮行を仕出かすなんて思ってもみなかったぞ。
いや、それをいったらヴィヴィアンさんもだな。
なんで超重要アイテムを投げたがるんだこの人たちは。
なにかの嫌がらせ?
ただのアホ?
そもそも、将来の俺に娘ができたとしたって、こんな風に育つような教育はしないね。
母親がヒナなら余計にこうはならないだろうしさ。
うっ、『娘をあやす大人になった俺とヒナ』的な妄想はなんだか照れ臭いな。
「……とにかく、これで鞘の回収は非常に困難となった、ってことだよなぁ……はぁ、どうしよ」
「後々、新大陸攻略に乗り出す時までのお楽しみにしましょうよアキきゅん」
「ん……気は進まないけどそうするしかないね……」
新大陸といえば思い浮かぶのはあの変態オカマの『ハカセ』だ。
正直あまり関わり合いになりたくはない。
しかし、避けて通れぬとも頭ではわかっている。
だからこそ葛藤するわけだが。
「ま、こうしていても仕方ないし、そろそろ帰ろうか。もう夕方になっちゃう」
「そうですねぇ。アキきゅん、帰りは私が抱っこしてあげますね」
「……うん」
ヒナの甘やかしを文字通り甘んじて受け入れる。
今は傷心中なのだからこれくらいは許されるはずだ。
「モードレッドちゃんはこれからどうするの?」
「ちゃん……(なんだろうこの気持ち……恥ずかしいはずなのに『ちゃん』付けされて喜んでるのかあたし?)おほん、未だ武者修行中の身ゆえに各地を回ろうと思っています。父上」
「足りぬな」
「は?」
横から口を挟んだのはヴィヴィアンさんだった。
「モードレッドよ、お主に鞘を投げた罰として、大陸中の猛者を集める任を与えるのじゃ!」
「はいぃぃぃ!? なんであたしが!?」
「新大陸に邪神が復活したことは知っておるかの?」
「邪神ンン!? なにそれ!? 強いんですか!? すっげぇ面白そう!」
うーわー。
モードレッドちゃんったら、あんなに目をキラキラさせちゃって。
……彼女、微妙に俺と性格が似通ってないか?
ゲーム魂とかさ。
まさか俺の思考データを参照してモードレッドちゃんの性格を形作っている、とかじゃあるまいな?
父娘としての整合性を取る、それだけのためにそこまでするものかねぇ?
……するかもな。
【OSO】の変態開発陣なら充分あり得るのが怖い。
高性能AIへのこだわりようは半端ないもんな。
そういった研究でもしてんのかってくらいに。
「浮かれるなアホ娘。その邪神はこの大陸にもおるという話なのじゃ。そこで強大な邪神に対抗するためにも我々NPCがプレイヤーを助太刀せねばなるまいて」
「えぬぴぃしぃ? ぷれいやぁ?」
「ぬ。こやつも話が通じぬNPCか。まぁ良い。ようは強き者たちを集めて邪神を倒そうという話なのじゃ」
「おー、なるほど! それは熱い展開だぁ!」
いやいや、モードレッドちゃんはいたって普通だし。
ヴィヴィアンさんがおかしいんですよ。
なんであなたはそんなにメタいんですか?
もしかして運営チームの人が肉入りで操作してるの?
それともバグってる?
「じゃあ、あたしは大陸を回りながら強いヤツらを集めればいいんだね!? わかりました! この任務、果たして見せます!」
「そうじゃ。頼むぞモードレッド」
うむうむとしたり顔で頷くヴィヴィアンさんへ、俺からも一言告げておく。
「うんうん。だったらヴィヴィアンさんも大陸を回ってこなきゃね」
「うにゃっ!? わ、わらわが!? なんでじゃアキよ!?」
「おや? モードレッドちゃんに鞘を投げた罰を与えたんでしょ? ならヴィヴィアンさんも同じ罰を受けないと不公平かなって」
「うぐぐぐ!」
「そもそも、事の発端はヴィヴィアンさんが」
「ええい、わかったのじゃ! 皆まで言うな! マーリン! モードレッド! なにをしておる! 出立するのじゃ!」
「え? いえ、我が王に御挨拶がまだ済んで……」
「うるさいのじゃ! 女々しいヤツめ! ほれ、ゆくぞ!」
「ち、父上ー! いつかゆっくりと語らいましょうー! あああああ、湖の乙女! そんなに引っ張らないで! 胸が見えちゃう!」
マーリンさんとモードレッドちゃんを引きずって円卓の間を出て行くヴィヴィアンさん。
最後まで自由すぎる人たちだ。
俺たちも後を追い、城門で見送ることにした。
門を出て行く彼女らの背中に向かってのんびりと声をかける。
「いってらっしゃーい。なにかあったら連絡してねー」
「くれぐれも気を付けてくださーい! あはは……行っちゃった。アキきゅん、いいんですかあれで?」
「NPCを集めるなら同じNPCに交渉させたほうがスムーズなんじゃないかなと思ってさ」
「そうかもしれませんけど、そんなに上手くいきますかね?」
「ま、気休めにはなるだろ」
「うーん……」
「こっちもやることができたし、まずは首都に戻ろうぜ。 ニコ! 出番だぞ!」
(委細承知!)
ボワンと顕現したユニコーンのニコに跨り、俺たちは颯爽と古城を後にするのであった。